第2話 放課後の教室で級友女子と2人っきりで告白される(嘘)
家に居る時はもちろんのこと。
学校でも基本鎖錠さんとしか話していないことに、今頃になって気が付いた。
一緒に登校して。
授業は隣同士。
お昼も鎖錠さんからお弁当を貰って、並んで食べている。
プライベートに学校。
日常生活のほぼ全ての時間を鎖錠さんと過ごしていた。
そりゃ、急に居なくなれば寂しくも思うか。なんて、他人事のように考える。
「青春? アオハルなのかな?」
思考が漏れたのかと思ったが、多分、雰囲気で鎖錠さんのことを考えていると察したのだろう。
むふふ、といやらしく口元を隠して笑われる。
こめかみが動く。ジロリ、と級友女子を視界に捕らえる。
「うっさい。
そもそも、もうちょっかいかけないって言ってなかったっけ?」
尖らせた口からついて出たのは、存外棘のこもった声だった。
不機嫌をそのまま向けてしまったようで、自分の声を聞いて少し後ろめたくなる。
鎖錠さんのこともあり、思っていた以上に余裕がなくなっていることに自分自身驚いた。
怒るかな? と自分で言っといて心配したが、目の前の少女は気にした様子もなく快活な笑顔を浮かべたままで、ほっと安堵する。
「いやー。
教室でこれ見よがしに落ち込んでいる構ってちゃんがいるからね?
ここは声をかけるべきなのかなーって」
「誰が構ってちゃんだ」
言ってから、少し考える。「……そんなに?」と問うと「彼女に捨てられたみたい」と返され、羞恥で顔が焼けそうになる。
そんな、見るからに気落ちしてたのか、僕は。
周囲からどう見られていたのかようやく理解して泣きたくなる。比喩ではなく顔から火が出そうだった。部屋に引きこもって一生レトロゲームしていたい。
ただまぁ。
そうは言っても声をかけてきたのは級友女子だけで、気付いたのもこの少女だけかもしれない。
よく見ているというか、なんというか。
ふざけているようでいて、意外と視野が広いのかも。
少しだけ、本当に少しだけ感心していると、へいへーいと肘で肩を突かれる。
「なんだなんだーその顔はー?
言ってみろよー? ほらー。
なに考えてんだー?」
「うぜー」
抱いた感心は10秒と持たず苛立ちに反転してしまったけれど。
ふざけてないと生きていけないのかな、この娘は。
肘でぐりぐりしてくるのを「やめーい」と追い払うと、「おぅ?」と変な声を上げる。オットセイ?
「お? お?
いいのかなそんなことしてー。
日向君は状況がわかっていないみたいだねー」
「……意味わかんないんだけど」
揶揄するような言い回し。
ニヤニヤ顔に辟易していると、ピンッと人差し指を立ててからかい混じりに言う。
「放課後の教室に女の子と2人っきり。
なにも起こらないはずがなく……」
「なにも起きないが?」
いつの間にか教室内に残っている生徒は、僕と彼女だけになっていた。
太陽も更に傾いて、地平線の向こう側に消えようとしている。
夜の帳が降りてきて、どこか寂しく、幻想的な空を背景とする教室は雰囲気がある。
黄昏の教室で、男女の生徒が2人きり。
シチュエーションとしてはベタであるが、最高ではあろう。僕と彼女でなければ、だが。
なにが言いたいんだと胡乱な目を向けていると、彼女がぽっと頬を微かに染める。
両手を後ろで組み、落ち着きなくトントンッとつま先で床を叩く。
ちらりと見てきた瞳は潤み、どこか熱っぽい表情で少女は艶めいた唇を開いた。
「日向君……ううん。リヒト君。
実は私、ずっと前からあなたのことが――」
「そういうのいいから」
放課後の告白シチュエーションをバッサリ斬り捨てる。
「えーなんでだよー」と嬉し恥ずかし甘酸っぱい空気をあっさり霧散させた級友女子にぶーっと文句を言われるが、こっちの方がなんでだよーだ。
「いや普通にキショい」
腕を撫でたら鳥肌でザラザラしていた。
「ひどーいっ。
女の子の告白をなんだと思ってるのよー」
「好きでもないくせに」
「そうだけど」
ケロっとされる。それはそれでムカつくのだけれど。
「まぁ、これで日向君も状況がわかってくれたよね?」
「……はぁ」
気のない声が漏れた。
言いたいことは一切わからない。「で、なに?」とどうでもよさそうに問うと「ふふふ」と彼女は怪しげな笑みを零す。
「放課後の教室で女の子と2人っきりで告白されました――って、お嫁さんに伝える」
「止めてくださいお願いしますッ!?」
情け容赦ない精神攻撃に、即座に全面降伏である。
なんてこと考えるんだこの悪魔。
微妙に真実を混ぜているのがあくどい。
鎖錠さんに告げ口されたところで『……そう』と表面上どうでも良さそうにするし、信じることはないと思う。
ただ、気にするは気にするだろうから、ご飯中、会話もなく微妙な空気になりそうなのが恐ろしい。普段からあんまり会話はないけど、心地良い空気を壊したくはなかった。
「これに懲りたら私に逆らわないことだな!
あっはっはっは!」
「ぐぅ……っ」
女であることを武器にしやがって。
偉そうに張った胸は鎖錠さんと違ってぺったんこの癖によぉ。
そういうのは男の子は本当に弱いから止めてほしい。
たとえこの場限りの冗談であれ、寿命が縮む思いだ。
嘆息する。ついで、一応訂正しておく。
「あと、嫁じゃないから」
「……え?」
ピタリと声を止めて、級友女子の目が点になる。
いや、えっじゃなくて。
「嫁じゃないから」
「……?
またまたー。
照れ隠しは男の株を下げるぞ☆」
やだもー奥さんみたいなノリで手招きされる。
なに冗談言ってるのという雰囲気である。
正直、本気で言っているのかどうかわからないが、嫁だなんだと広められても困るので、ここは根気よく訂正していく。
「嫁じゃないから」
「いやでもだって……えー?」
口元を隠して、困惑するように瞳を泳がせる。
本気の戸惑いに、僕の方が面食らっていると、級友女子がキョロキョロと教室内を見渡す。
誰もいないことを慎重に確認した級友女子が、囁くように頬に手を当てると、小さな声で訊いてきいた。
「……でも、一緒に暮らしてるんでしょ?」
なんで知ってるの。






