第1話 バイトに行くのを見送るのは寂しい
月曜日というのは週の中で最も憂鬱な日だと思う。
休日の次。学校が嫌いなわけじゃないけれど、好きかと問われると『別にぃ……?』と奥歯に物が挟まった物言いになる。
人間、一度怠惰になると際限はなく、今日の朝なんて『このまま休んでもいいんじゃないか?』と、7時を回った時計の針を見て真剣に考えたものだ。脳の半分は眠っていたけど。
実際、鎖錠さんに起こされなければ危うかったかもしれない。一人暮らしのままだったら遅刻かズル休みである。同棲の良い部分を見つけて、なんだかほっこりする
でも、前は登校すらしなかった鎖錠さんに、率先して『学校行くよ』と起こされるのも、不思議な気分だった。
学校が好きになったわけじゃないだろうけど。
心情の変化。その一端に僕が関わっているというのは自信過剰かなと思うけれど、悪い気はしなかった。
そんなこんなで放課後。
怠く億劫な気持ちを抱えたまま、どうにか授業を乗り越えることができた。
やっと帰れる。
そんな開放感に身を包まれるが、今日に限って言えば、放課後だからといって気持ちが上がることはなかった。
荷物をまとめた鎖錠さんが近付いてくる。
両腕を伸ばしてべたーっとしている僕の頭を「だらしない」と言いながら叩く。「うー」と呻くが起き上がらない僕に、鎖錠さんは呆れたような吐息を零す。
同時に、放課後になってもアンニュイなままの理由をさらっと口にする。
「このままバイト行くから」
いつもなら一緒に帰るのだが、今日は違う。
鎖錠さんが喫茶店のバイトに受かってから初めての出勤日。あまり時間はないらしく、『今日は1人で帰って』と朝のうちから言われていた。
それがなんだかどうにも心に重くのしかかっていて、月曜日なのも合わさってなにもする気が起きない。
「あぶばー」
「……バカなこと言ってないで。
リヒトも早く帰ってよ。夕飯には帰るから」
じゃあ、と。
腰の辺りで、小さく手を振ってスタスタと鎖錠さんがいなくなる。
そのあまりにもあっさりとした別れに、なんだか無性に寂しくなって伸ばしていた腕を組んで枕にする。そのまま腕に顔を埋めて「うだあばだー」と自分でもなにを言っているのかよくわらないうめき声を上げた。
早く帰れと言われてもなぁ。
誰もいないとわかっている部屋に率先して帰る気にはなれなかった。
家族が出張でいなくなり、一人暮らしをしていた時はこんな気持ちにはならなかったのに。たかだがバイトで帰りが遅いぐらいで、心が鉛になったように重く沈むなんて。
なんでだろうって、考えるのも面倒くさい。
それは、放課後の教室というのも関係しているかもしれない。
教室内には幾人か残っているが、大半の生徒はいなくなっている。
10月初旬。秋も半ばに至れば日が沈むのも早くなる。
窓から差し込む日差しは茜色に染まり、黄昏に近付く青と赤のグラデーションがかった空を見ると、余計に気分が滅入っていく。
動きたくねー。
組んだ腕の上に頬を乗せていると、不意に日に雲がかかったように暗くなる。ただ、その影は人の形をしており、けれどもどこか荒ぶる鷹にも似ていて――って。
「影がうるさい」
「初めて言われた」
僕も初めて言ったよ。
面倒に思うけど、放っておいたらもっと面倒なことになるのは目に見えている。
なので、頬肉を持ち上げ薄め目になりながら、重たい身体を起こして首を窓側に向ける。
すると、そこではクラスメートの女の子が逆光の中で両腕と片足を上げる変なポーズをして立っていた。
げっそりと、僕は目の端を垂らす。
「……放課後なのに元気ね」
「放課後こそ元気なものじゃん」
楽しいよ? と、笑顔でダブルピースをする級友女子。
まぁ、確かに。
普通ならそういうものなんだろうけどと、バカを見る目を向けながら理解はする。
ただ、それが今の僕に当てはまるかは別なわけだけど。
露骨にお前と関わるのは面倒くさいという態度が出ていたのだろう。
不満そうにぷくーっと頬を膨らませる。
薄く化粧のされた可愛らしい顔だが、どうにもあざとく勘に触る。
これが鎖錠さんであれば可愛いで終わったのだろうけどと思うが、こんな仕草、鎖錠さんはしないなとほっぺたをぷくっとさせた脳内鎖錠さんを雲のように散らす。
「もうっ。なにその態度はー。
久々に話したっていうのに、冷たすぎない?
倦怠期のカップル? それとも、妻に性欲を感じなくなって外に相手を求めだした夫?
私は性欲を持て余す若妻かしらん?」
「止めてくれないその比喩?」
誤解もだけど、身に覚えとかいっっっさいないというのに、居た堪れない気持ちにさせられる。
「この前B組のなっちゃんが友達の話なんだけどって、涙目なのに気丈に笑いながら話してきたの」
「なっちゃん……!」
なんだか泣けてくる。
こんな甘酸っぱくない友達の話がこれまであっただろうか。というか、隣のB組はそんな昼ドラ展開みたいな子がいるの?
「冗談だといいよね?」と首を傾げる級友女子の希望が真実であることを祈るばかりだ。
なっちゃん。強く生きて。
「……久々だって言うのに、そんな話振ってくるなよ」
「いやー。1人じゃ抱えきれなくって」
あははと茶髪の後頭部に手を当てて朗らかに笑う女の子。
こっちは全く笑えず、表情は歪むばかりだ。
でも、確かに。
こうして彼女が話しかけてくるのはしばらくぶりだった。
2学期が始まっても鎖錠さんが登校しなくて心配してくれた時だったか?
あの時も○ックスだか妊娠だか浮気だが、変わらず下ネタ全開トークだったように記憶しているが……ほんとに心配してたっけ?
なんだか記憶の齟齬が起きているけど、気にしないでおく。
思い出はセピア色に染めて綺麗にしておくに限る。
茶髪なのに頭ピンクの野次馬ちゃんの思い出は念入りにセピア染めしておかなければ。
一度記憶を掘り起こすと、関連する記憶も紐づいて芋づる式に引っこ抜かれるわけで。
……あれ? そもそも、最近鎖錠さん以外と会話した記憶がない?






