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第5話 閉店間際のスーパーでバッタリ出くわす

 昼休みの教室。

 目は死んでいるけど、顔の良い女性が弁当箱を差し出してきた。

「はい」

 鎖錠さじょうさんにお弁当を貰い始めて一週間。

 貰うのに慣れてきたかと言えば、そんなことはなく。

 周囲から刺さる好奇の視線と、ヒソヒソ話。歯ぎしりの伴う嫉妬。

 女性からお弁当を貰うというイベントは、これまで女性と縁のなかった僕には、どれだけ経験を重ねても慣れないものであった。


 二回目からは、断ろうと思ってたんだけどなぁ……。

 申し訳なさばかりが先立ち、これで最後にしようと貰う度に考えている。

 けれども、感慨もなく、事務的に、弁当を渡されるだけの簡潔なやり取りに、

 もう作ってこなくていいんだよ?

 という、やんわりとした拒絶を挟む余地はなかった。言い辛いし。


「毎回届けてもらうのは悪いし、

 せめて、朝貰うよ?」

 本当にせめて、だ。

 少しでも、心にかかる負担を減らしたいという小さな抵抗。

 そうなれば、わざわざお弁当を渡すためだけに足を運ばせているという心苦しさは減る。同時に、好奇の視線に晒されることもなくなるだろう。


 互いにメリットのある提案だと僕は思っていた。

 けど、鎖錠さんは元から暗かった表情に影を足して、より陰鬱な雰囲気を放つ。


「…………朝は、無理」

 カラカラに乾ききった喉を使って、痛みを伴いながら絞り出したような、辛そうな声。


「そうなんだ、それじゃあしょうがないよ」

 カサブタすら出来ていない傷に触れてしまったような感覚に陥り、バツが悪くなる。

 まさか、こんななにかありますという空気で、ただ朝が弱いからとかいう、しょうもない理由なわけもなかろう。それはそれで見てみたい気もするけど。猫のように、寝起きに目を擦る鎖錠さん……いいね。


「それじゃ」

 恩に着せることもなく、踵を返して帰っていくのも変わらない。

 その背から感じられるのは、外界に対する興味のなさ。

 自身がどれだけ普通とは違う特異な行動を起こしても、周囲の評価を気にしないから泰然としている。

 その癖、自分のことにすら無頓着で、心臓が動いているから、生きるために行動しているというだけにも見える。 


 じゃあ、僕の手にある弁当は、彼女にとって生きるために必要なことなのだろうか?

 借りを作りたくないと鎖錠さんは言う。それは、他人と縁を作らないための、彼女なりの防衛本能みたいなものなのだろうか。

 そうであったとしても、貸し借りが等価であるべきというならば、既にこちらの借りが重くなっている。

 一日の雨宿りは、一週間のお弁当とは到底釣り合わない。

 それとも、と。

 彼女にとって、あの日の出来事は、それほどまでに価値があったのだろうか。

 本人ではない僕がいくら考えたところで思考が廻るばかりで答えは出ない。まるで、過去の遺物から当時の人間の考えを読み取ろうとする歴史学者になった気分だ。

 けれど、まぁ。そんななにもわからない僕にも、一つだけ断言できる事実がある。


「ねぇ?

 鎖錠さんとほんっとーに、付き合ってないの?」

「ないよ」

 ないんだよ。



 ■■


 親から送られてくる仕送りの消費を少しでも減らし、お小遣いにする。

 そのために節約をするのは、親元と離れて暮らす学生にはあるあるだろう。

 僕もその例に漏れない。

 閉店間際のスーパーに赴き、値引きシールの貼られたお弁当を買うのはほぼ毎日の日課だった。

 夕食の時間が遅くなるが……半額は強い。


 蛍光灯の光でさんさんと輝く店内は、昼夜の感覚が狂いそうになる。

 店内にお客さんは少ないが、値引きシールを貼っている割烹着の店員さんの後をギラついた目で追うおばさんが何人か集まっていた。あそこだけ、人口密度が高い。


 追加で貼られる値引きにも興味はあるが、夜も遅い。

 これ以上夕食を後にずらすと、それこそ明日の朝起きれなくなってしまう。

 後ろ髪を惹かれながらも、目的地であるお弁当売り場を目指して、ツルリと光沢のある白い床を進む。


 と。

「「あ」」

 たった一言、一文字が重なる。


 合わせ鏡のように、小さく"あ"の形で口を開けたまま見つめ返してくるのは、鎖錠さんだ。

 片腕に買い物カゴを引っ掛けて、もう片方の手はウインナーの袋を掴む瞬間であった。

 買い物カゴの中には、鶏肉や卵、トマトといった食材が放り込まれている。


 これは、あれか。

「お弁当の材料……?」

「……そう、だけど」

 見てはいけない、気まずい場面に遭遇した。布を織っている鶴の姿を見てしまったような、そんな心地だ。

 鎖錠さんも表情こそ変わらないが、瞳が揺れ動き、戸惑っているのが見てとれる。


 早く離れたほうがいいか。

 そう考えたが、ある事に気が付き「あ」と再び驚きの声が漏れた。しかも今度は、血の気が引くオマケ付き。


「材料費……」

 完全に失念していた。

 そりゃ、無から有が生まれるわけもなく、ガチョウが金の卵を生むわけもない。

 であるならば、鎖錠さんが用意しているのは当たり前で、それにお金がかかっているのも当然と言えば当然だ。

 やっちまった。口を押さえる。


「別に」

 鎖錠さんは気にした様子も見せず、むしろ掴んだウインナーの2連パックのほうが気になるのか、戻そうか戻すまいか迷っている。


 だけど、だ。

 鎖錠さんが気にしなかろうが、僕は気にする。すっごく。

 なので、少し強引に鎖錠さんの買い物カゴを奪う。


「……、……なに?」

 突然の僕の行動に、鎖錠さんは一瞬身を固めると、咎めるように睨みつけてきた。

 その鋭さに臆するも、これだけは譲れないと奪った買い物カゴを抱えるように守る。

「お弁当の材料なんでしょう?

 なら、僕が買うのが筋だ」

「……いい。やめて」

 なんとなく、そう言うんじゃないかと思っていた。

 やりたいからやっている。口出しするな。眉根をひそめるその表情を見るだけで、言葉にせずとも伝わってくる。


「嫌だ」

 僕はウインナーを取ると、そのまま買い物カゴに放り込む。

 増々鋭く目を細めて、棘々しい苛立ちを放つ鎖錠さんに僕は言う。


「材料費まで考えてなかった僕が悪いけど、

 これじゃあ逆に申し訳なくなる。

 借りだなんだっていうなら、ここは払わせて」

「……」

 鎖錠さんが押し黙る。

 眉間に皺を寄せ、眼光が研ぎ澄まされていく。


 暫く睨み合いを続けていたが、鎖錠さんが諦めたようにため息を付いた。僕が引かないし、不毛だと思ったのかもしれない。 

「好きにすれば」

 突き放す物言い。

 けれど、鎖錠さんが折れたのは確かで、小さな達成感にグッと拳を握る。


 不機嫌のままに。

 荒い足取りでズンズン歩いていく鎖錠さんの背を追いかける。

「今度からは僕が買うから。

 あ、それとこれまでの精算もしてね」

「……忘れた」

 嘘つけ、というと唇を尖らせてプイッとそっぽを向く。

 その様子が拗ねた子供そのままで、悪いとは思いつつも声を出して笑ってしまった。


 ……でまぁ。

 そこで終わっていれば、愉快な気持ちのまま帰れたのだろうけど。


「なに、その弁当?」

「……おゆはんです」


 底冷えするような冷ややかな声に、今度は僕が顔を逸らして彼女の視線から逃げる。 

 悪いことはしてない。が、母親に無精ぶしょうを責められたようで、居た堪れなくなった。

 ……半額カルビ丼は美味しいんだよ? 特にタレが。


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