第8話 メイド服に至り、メイド服から始まる
恥ずかしがることなく、堂々と好意を口にする姿が眩しい。格好良いとさえ思えた。
幼さ故の素直さなのだろうか。
それとも、彼女の性格が、生き様が、あまりにも真っ直ぐ過ぎるからなのだろうか。
好きという2文字を口にすることすら躊躇ってしまう私にはわからないし、到底真似できないけれど。
いつか、そうなれたらと。
空を仰いで、太陽を見た時のように目を細めて、彼女の透き通った輝きを見つめる。
あ。と、妹さんが唐突に喉を鳴らす。
「でも、勘違いしないでね?
近親相姦とか禁断の恋じゃないから。
あくまで兄として。家族しての好きだからね?」
ないない、と手を横に振る妹さんを見て苦笑する。
先程とは打って変わり、ぞんざいな扱い。そのギャップがおかしかったからだ。
「しないよ」
「そう……ならよかったー」
義理の姉と兄を巡って恋の三角関係とか勘弁だしなー、とかいてもない汗を拭ってふーっと息を吐き出す。
「んー。
でも、それはそれで面白い……かも?
義姉さん焚きつけるのにも使えそうだし」
「止めて」
うそうそと妹さんが笑う。
本当か……? と、訝しむように目を細める。この娘は、ブレーキが壊れているというか、やると決めたなら常識も道徳もかなぐり捨てそうな気配がある。
「やんないよ。
義姉さんに嫌われたくないからね。
……まぁ、焚きつけるのに使えそうと思ったのは本当だけど」
ぼそっ、と零した言葉に眉を潜める。
多分、恐らく。間違いなく、効果があるだろう。想像しただけで、不快感に胃が絞られるようだ。
「絶対にやらないで」と念を押すと、「わかってますよー」と両手を上げる。どうにも信用できない。実の兄妹ほど、信頼関係を築けていないからだろうか。
「そういえば」
と、不都合な話題を変えるように、妹さんが強引に繋いでくる。
疑わし気な私の視線に気付かないように、「詳細は言わなくていいから」と前置きし、勝手に話を進める。
「連泊してたってことは、家に居たくない理由がある?」
急になんだ。そう思いつつも、私は素直に頷く。
今更隠し立てたところで意味はない。
「もし、泊まれるなら毎日でもOK?」
「まぁ……」
これには、抵抗を感じ、ぎこちなく頷く。
同棲できたらな、と考えたことはある。ただ、それを言葉にしてハッキリと認めるのは、どうにも躊躇があった。
なんなんだろう。
質問の意図がわからず妹さんを見ていると、彼女はふんふんと頷いて、スカートのポケットからスマホを取り出した。
「ちょっと待ってねー」
どうやら、どこかに電話をかけたようで、スマホを耳に当て出す。
今の流れからどこへ?
疑問が重なっていき、訝しんでいると「ハロハローパパン」と話し出してギョッとする。
パパンって、え? 父親? それとも、ハロハローパパンっていう名前。そんなわけあるか。
私が動揺している間にも話は進み、なにやら「泊める」とか「引っ越し」とか「部屋を貸す」とかとか。会話が漏れ聞こえるというか、これだけ近ければ電話相手の声すら聞こえてきて丸々把握できてしまう。
そのせいで、私の顔はどんどん引き攣っていくのに、妹さんは気にした様子もなく「じゃーねー」と電話を切ってしまう。
そして、そのまま「ママン?」と新しい相手にかけて……――。
ピッ、と。
電話をかけ終えたリヒトの妹は、スマホを耳から離すと私に向けてニッコリ笑顔を向けてきた。
私はといえば、目の前で行われた会話が信じられず。
イタズラした子供のように正座して、身を固くしていた。
まさか……そんなことがあるわけ。
内心、否定に否定を重ねようとするが、妹さんは私が何十にも重ねた否定をたった一息で吹き飛ばしてしまう。
「兄さんが高校卒業するまでの期間限定だけど、
隣の部屋にお引越しとか、どうかな?」
と、憂いも、もどかしさも、躊躇いも、あらゆるモノを簡単に吹き飛ばしてしまう。
まるで台風だなと。
慌てふためく心の奥底。唯一残った冷静な部分がそう評した。
こうして。
半ば、無意識に頷いたのが最後のひと押しだったのか。
あれよあれよという間にリヒトの家に引っ越すのが決まってしまう。
よかったような、よくないような。
元々同棲したいなぁ、と朧げに思っていたとはいえ、あまりの急展開に息をつく暇もない。
行動的というか、衝動的というか。
停滞を好む私やリヒトと違い、妹さんはとにかく動いていないと死んでしまうのかもしれない。
止まっているなんてとんでもない、と。常に新しいモノを見ていたい。
私とそう歳も離れていないはずだが、その行動の早さはあまりにも若々しく、輝いている。
今の中学生って、皆こういうモノなのか?
多分違う。自分で出した問いに自分で結論を出す。
きっと彼女が特別なのだろうと。
■■
「兄さんが帰ってきてるか確認するー」
時刻は16時を過ぎる。
授業も終わり、そろそろ帰ってきてもおかしくない時間だ。
寄り道とは無縁のリヒトであれば、帰ってきていても不思議ではない。
これからリヒトに会う。
そう思うと動悸が早くなった。どうにも、最近の私の心臓は弱すぎるように思う。時限爆弾のように、いつしか爆発してしまうのではないかと不安になるぐらいに貧弱だ。
胸に手を沈め、落ち着けー、落ち着けーと深呼吸をしていると、なにやら玄関からガンッとなにかにぶつかったような音が聞こえてきた。
何事かと立ち上がる。そのまま部屋を出て玄関に向かう。
すると、玄関扉を開けたままの体勢で、妹さんが立ち止まっていた。
眉を潜める。
「……どうしたの?」
そう声をかけながら素足のまま外に出ると、そこに居たのは夢にまで見たリヒトで。
まさかの遭遇に目を見開く。
そして、自分の格好がメイド服だということを思い出し、「――~~~~……ッッッ!!!?」と羞恥に身悶えるまで後わずか。
こうして、思いがけない出会いとキッカケにより。
私は初恋の相手と期間限定の同棲生活を送ることとなった。
◆第2部_fin◆
__To be continued.






