第7話 なぜかメイド服に着替えさせられる私
「おおっ……!
すっごい似合ってる!
おっぱいでけー」
素直過ぎる反応に、肩を抱くようにして身体を隠す。
ただ、その行動は逆効果だったようで、「恥じらう姿もグッド!」と良い顔で親指を立てられてしまう。
そのセクハラ染みた反応は、私の水着姿を見たリヒトに通ずる物がある。
なんでそんな悪いとこばかり似ているんだ。
辟易する。理不尽だと思いつつも、ここにはいないリヒトを恨む。
顎に手を当て、上から下まで舐めるように見てくるリヒトの妹は、「よかった」と頷く。
「嫁用だったけど、サイズはピッタリ。
スカートの丈がちょっとだけ足りないけど、身長差かな?」
「嫁?」
なんだ嫁って。
あだ名かなにかだろうか。
小さな段差に躓いたような疑問を抱いたが、「いいね、いいね。特に乳袋が最高だね」とつぶさに観察してくる妹の視線から逃げようと、身体を小さくしているうちに考える間もなく霧散して消えた。
肩口のフリルを摘み、顔をしかめる。
「なんでメイド服……」
「だって、兄さんのお世話してるんでしょ?」
当然とばかりに妹さんが言う。
安直過ぎやしないか。
「なにより、兄さんこういう清楚なの好きだから。
こんなん見せられた日には一発KOよ。
理性失くして押し倒されること待ったなし」
「それは……困るんだけど」
拒めるか拒めないか。そもそも拒もうとするのかという問題はあるけれど……その、困る。
そもそも、こんな可愛らしい服が似合っているとも思えない。
ただ、リヒトが好きという言葉には、琴線に触れるものがある。そういうものだろうか、と長い丈のスカートを摘む。
『ヒトリ……似合ってるよ』
なんて、なんて……なんて。
想像すると、恥ずかしいやら嬉しいやらで、このまま着ていてもいいかなと思ってしまうのが不思議だ。そして、容易い自分に嫌気が差す。
ヒトリってなんだ。あれ以来呼ばれてないし。……くれないし。
妄想が過ぎる。あまりの自己嫌悪に、前に倒れそうになる額を手で支える。
ふと、視線を感じる。
主に胸元に。
「じー」
というか、視線音を声に出していた。露骨過ぎる。
これがリヒトであれば、脛の1つ蹴るのだけれど。
妹さん相手だと勝手がわからず、反応に困ってしまう。ほんと、なんだ。
「はぁ……良い。
ちょーさわりたーい」
変態だ。混じり気のない純粋な変態だった。
興奮した、熱の籠もった感嘆の吐息。見た目が幼く、女の子であるからまだ許されるが、これが男であれば即座に通報だ。兄妹揃ってどうして大きな胸にご執心なのか。
無遠慮に向けられる熱視線。
どうしたものかと悩む。
ただ、相手は女の子で、リヒトの妹だ。
相談に乗ってもらいもした。……意味があったかは、ともかく。
そのお礼も兼ねて、私は少しばかり胸を張る。
「触ってみる……?」
「――いいのッ!?」
ビクッと身体が跳ねる。
一瞬でお湯が沸いたように、テンション爆上がり。
机に両手を付いて身を乗り出す。前のめり過ぎる反応に、思わず身を引く。
女の子同士なら少し触るぐらい普通だと聞いたことがあるけど……これが、普通?
こめかみが引きつる。既に安易な提案をしてしまったことを後悔している。
「はぁ……はぁ……」
息が荒い。身の危険しか感じない。
やっぱり止める。そう言いたかったが、言ったら言ったでなにをするかわからず怖気づく。
なんだか、餌を前にした猛獣を相手にしているような気分だ。
その場合、餌は私になるので、心境は複雑なのだけれど。
「うー、うぅ……っ」
唸りながら、私の胸に手を伸ばしてくる。
ここまで来ると、もはや諦めの境地。さっさと終わらせてくれと、自暴自棄のように胸を突き出す。
震える指先が私の胸に触れそうになった瞬間、
「……うぁっ、やっぱダメだー」
苦渋の顔で手を引っ込めた。
目を丸くする。
触られなかった安堵よりも先に、疑問が先に立つ。
あれだけ触りたそうにしていたのに、なんでだろう、と。
「そう……。
なら、いいけど」
とはいえ、触らないのであればそれはそれで良かった。
別段、同性に触られたところでなにも思わないはずなのだが……妹さんは、少し怖かったから。
「しょうがない。
しょうがないんだけどさー」
ごろごろごろごろ。
頭を抱えて、床を転げ回る。苦悩が目に見えるようだ。
「はふぅ」
と、なにかを諦めたように息を吐き出し、止まる。
そうして、億劫そうにのそのそ起き上がると、にへらっとした緩んだ笑顔を私に向けてくる。
「まぁ、義姉さん(仮)じゃなくって。
本当の義姉さんになってくれるなら、それでいいかな。
たとえ、おっぱいに触れなくっても……触れなくても……くっ」
なにやら後悔が見え隠れしているが、その未練を打ち払って言う。
「私は義姉さんが兄さんとくっついてくれるのが一番嬉しいから」
なんで。
寄せられる好意と信頼に戸惑いを覚える。胸がざわつく。
初対面。
それも、兄が許可したとはいえ、勝手に自分の部屋を使っていた相手だ。
良い印象は持っていないはず。
そんな相手をどうして信用できるのか、私にはわからなかった。
「……好きじゃない男の子の家に、女の子は泊まらないって言ったけどさ」
まるで私の疑問を察したように、リヒトの妹が話しだした。
「逆もそうで。
信頼してない女の人を、兄さんは泊めたりしない。
なにより、私の部屋を使わせるはずがないからさ」
彼女の声には、確かな兄への信頼があった。
それを羨ましいと感じてしまう己の浅ましさを自覚しながら、私は零すように言う。
「……お兄さんのこと、信頼してるんだ」
私の言葉を受けて、妹さんはえっへんと胸を張る。
「ふふん!
兄さんのこと大好きだからな、私!」






