第5話 義姉さんと呼ぶ理由
幸運にもアイスティーを吹き出すことはなかった。
けれど、少し咽てしまう。「大丈夫?」と元凶である妹さんに気遣われるのは微妙な気持ちだが。
幾度か咳払いをして詰まる喉と、早鐘する心臓を落ち着かせる。
「……ち、違うっ」
どうにか息を吐き出し、否定する。口元を押さえ、近くにあるティッシュに手を伸ばす。
濡れた唇を拭う。
急になにを言い出すんだこの娘は。
非難めいた目で睨みつけるが、「ふーん」と鼻を鳴らして怯まない。
むしろ、テーブルに両肘を付いて、観察するようにじっと見つめてくる彼女に、私の方が居心地が悪くなる。
まるで、その銀の瞳に心を見透かされているような心地だ。
気付いたら、顔を俯かせて、彼女の視線から逃げている自分がいた。
重苦しい沈黙。そう感じているのは私だけだろうか。
なにかを待つように私を見続ける妹さん。
結局、耐えきれなくなったのは私で。
まるで手の平で転がされているような気分だ。言い様のない気持ち悪さを覚える。
わかりきった答えを私の口から敢えて言葉にさせようとしている。そう思えてならなかった。
私は妹さんが上げた話題を避けて、ずっと気にかかっていたことを尋ねる。
「……どう、して。
私のことを姉さんと呼ぶの?」
「義理の姉」
「……うえほっ!?」
今度こそ吹き出した。
しっかり咽て、目の縁に湿り気を感じる。頬はこれ以上なく熱い。
咳き込む口を押さえるか、確実に真っ赤になっている顔を隠すか。
判断できず、両手は床のカーペットに触れたまま、動かすことはできなかった。
あまりにも率直な返答。
変更したレールをあっさり正規ルートに戻されてしまい、もはや終着駅は替えられないのか。
腕で顔の下半分を隠す。
ニコニコ笑う妹さん。
もはや逃げられないと感じつつも、最後の抵抗として問いかける。
「義理の姉って、どうして」
「だって兄さんのこと好きでしょ?」
「――」
致命だった。クリティカルだった。
吸血鬼の心臓に白木の杭を刺したようなものだ。
妹さんの発した言葉。
話の流れから言うだろうなとわかりきってはいても、言葉を失うには十分過ぎる威力があった。
人に心の内を暴かれるのは、こんなにも衝撃を受けるものなのかと。
この日。私は人生で初めて知ることとなった。
当然、頭の中は真っ白で。
僅かに開いた口で浅く呼吸を繰り返す。
心臓は激しく脈動し、胸の上から押さえつけても収まりそうにはなかった。
「す、好き……とか、そんな……」
我ながら無理がある。そう思いながらも、どうにか誤魔化そうとつっかえつっかえ言葉を紡ぐ。
態度そのものが正解ですと物語っているようなものだが、自ら『はいそうです』と肯定はできなかった。それこそ、羞恥心で死んでしまう。
そんな私の内心なんて、リヒトの妹には筒抜けなようで。
獲物を罠に嵌めるように、丁寧に、1つ1つ、私の逃げ道を塞いでいく。
「そもそも、困っているからって、好きでもない男の子の家に、女の子が連日泊まるはずないのよ」
「……そ、れは」
正しくその通りなのだけれど。
私は無駄な抵抗を試みる。
「止むに止まれぬ事情が……」
「最初のキッカケはそうであっても。
連泊なら別。ないのよ。ないわ。あるはずがない」
「……」
もはやぐうの音も出ない正論に、押し黙るしかなかった。
もしかしたら、なにか上手い言い訳があったのかもしれない。
けれど、今この瞬間の私には、彼女の言葉に対する返答なんて、1文字たりとも思い付くことはできなかった。
真下を向き、太ももの上に置いた手をぎゅっと握り込む。
サウナの中にいるのではないか。
そう感じる程に、身体が熱く火照っていた。
「だから、義理さんって呼ぶの。
簡単でしょ?」
至極当たり前。常識のように語るリヒトの妹に、返す言葉もない。
自分の押し隠したい気持ちが露呈するのが、こんなにも恥ずかしいものだとは思わなかった。
これまで、他人と関わることもなかったから、余計に羞恥心が募るのかもしれない。
経験値が圧倒的に足りなかった。だからといって、稼ぐ気もないので、成長する兆しはないのだけれど。
リヒトのやっていたゲームのすらいむ(?)のように、倒すだけで簡単に経験値を稼げれば良かったのに、と切実に思う。
けれど、現実は倒せば倒しただけ成長するなんて、簡単なシステムではない。
だからこそ、今も昔も、私は思い悩み、答えを出せないでいるのだから。
「赤くなって可愛いなー義姉さんはー」
指摘されると、増々頬が熱くなる。首をこれ以上、下を向かないぐらい俯かせてしまう。
突っ張るように、後ろの首筋が痛む。
まさか、リヒト本人に好意を明かす前に、妹にバレるとは思ってもいなかった。
そもそも、今日が初対面だというのに、どうしてこうも見透かされているのか。自分ではあまり感情が表に出ないタイプだと思っていたが、実は思っていることがそのまま伝わってしまうぐらい、顔に出ているのだろうか。
そうであるならば、一生外に出れなくなる。
見抜かれてしまった私の好意。内側。支柱。
しかも、その相手がリヒトの妹だというのだから、色々と困ってしまう。
自分の部屋だけれど、肩身の狭さを感じて二の腕を掴む。擦る。
コップの中で汗をかき、浮かぶ氷を見下ろしてから、リヒトの妹を伺うように見る。
「あなたのお兄さんを私なんかが好きだと困る……?」






