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第4話 焼きタコはお弁当の定番

「返す」

 膝を抱えたまま差し出されたのは、服飾店で貰うような、手提げのビニール袋だった。

 あ、どうも、と受け取る。中身は一昨日貸していたパーカーとスウェットだった。


「洗ってアイロンもかけたから」

「別にそのまま返してくれてもよかったのに」

 逆に申し訳なくなる。


 そういうと、なぜかゴミでも見るかのような目を向けられる。

「きも……」

「え?」

 一瞬意味がわからずキョトンとする。

 けれども、「……あ」と直ぐに彼女の言葉の意味を理解して血の気が引く。

「いや、そういう意図はないからね!?」

 ないない! と、大袈裟に手を振って否定する。

 女性の着ていた服をそのまま回収した変態だと思われている。


 断じて違う。

 確かに、これを一昨日鎖錠さんが着てたんだとか、この服を僕が着るのはなんだかもにょっとするなとか思うところは多々あれど。

「匂いを嗅いだりしないから!」

「……変態」

 あれ? なにか対応間違えた?


 弁明を重ねた結果、より蔑んだ目を向けられてしまった。

 もはや汚物を見るような目付きだ。

 完全に対応を間違えてしまったらしい。

 変態のレッテルを貼られた予感。


 ンンッ、と咳払いをして誤魔化す。

 もちろん、棘のように刺さる視線はそのままだが、無理矢理にでも話題を変える。

 こういう時に大事なのは、どれだけ露骨でも方向転換することだ。


「お弁当ありがとう。美味しかったよ」

 にへら、と少々引きつるのを感じつつも笑ってお礼を述べると、侮蔑の視線がやや緩和する。

 鎖錠さんは癖のある黒髪をくるりと指に巻き、指先で弄ぶ。


「……お世辞はいらない。

 上手くできなかったのは、わかってるから」

 まぁ、確かに、卵焼きは焦げていたし、なぜかタコが入っていたりしたけれど。

「美味しかったよ?」

 それこそ、毎日作ってもらいたいぐらいだ。

 そういうと、スッと目を細められる。


「なに、それ。

 プロポーズ?」

「そういう意味じゃないから!

 ごめん、言葉が悪かったね。

 引かないでお願いその辛辣な目は心にくるから……!」


 よくよく考えなくても、告白と受け取られても仕方のない台詞だ。

 酷いな。自分でも思う。ミスがミスを呼んでいる気がする。

 背中に嫌な汗をかき始めておうちに帰りたくなるが、今、僕んちの玄関は蹲ったままの鎖錠さんで塞がっている。逃げ場なし。


「と、ところで」

 やや強引に、再び方向転換。

 それに、気になっていたことも思い出した。


「どうしてタコが入っていたの?」

「どうして……?」

 質問すると、その問い自体意味がわからないというように、鎖錠さんは小首を傾げた。


 あ、かわいい。

 大人びたとは少し違う、世を憂う危なげな印象を受ける彼女の、子供らしい仕草に心がときめく。女性が時折見せる幼い仕草って……こう、ぐっとくるものがある。


「……お弁当にタコは定番でしょ?」

「いやそれはタコさんウインナーであって、

 本物のタコではないのでは……?」

 しかも焼きタコ。見たことも聞いたこともないチョイスだ。

 美味しかったけど。


 直接的すぎる僕の疑問に、なにかを悟ったように鎖錠さんの顔がボッと火が付いたように赤らんだ。

 珍しく取り乱した彼女は、仰け反るように後ろに下がると、顔を横に向けた。

「ち、ちがっ……!

 し、知らなかったからっ。

 普段、お弁当なんて作らないし、不思議には思ったけどそういうものなんだって……~~っ」

 言ってて余計恥ずかしくなったのか、色白だった顔は赤い果実のように熟しきる。

 羞恥に耐えきれなくなったのか、抱えた膝の内側に顔を隠してしまう。


 天然……というか、ちょっと常識に疎い、のか?

 いつから不登校なのかは知らないが、最低でも高校1年の春から梅雨にかけては学校に通っていない。

 人と交流を持つことが少ない鎖錠さんは、どこか箱入りのような常識の疎さがあるのかもしれない。タコさんウインナーが一般常識かどうかは議論の余地があるけども。いや、そんなくだらないこと議論したくはないけどね?


「うん、でもいいんじゃないかな焼きタコさん。

 美味しかったし、火を通してるからお弁当にも適してると思うよ?

 焼きタコさん。タコさんウインナーに変わる新たなお弁当の定番になるね」

「うっさい死んで……」

 死を求められてしまった。


 必死にフォローしたつもりだったけど、人の心は難しいものだ。

 貝に閉じこもったように俯いてしまった鎖錠さんをどうしようかなと考えていると、「こんにちは」と同階に住むおばさんに挨拶をされた。


「こ、こんにちは」

 ちょっとテンパって挨拶し返すと、こちらを見てふふと笑われてしまった。

 なんか、無性に恥ずかしいんだけど。

 それは鎖錠さんも同じようで、恐る恐る上げた顔は赤いまま、今にも泣きそうに瞳が潤んでいた。


「……」

「……」

 き、気まずい。


 羞恥で高まる体温に耐えかね、そうだ、と思い出した用件を口早に言う。

「お弁当箱は今度洗って返すから……!」

「い、いい」

 断られる。なんでさ。


 膝を抱えていた手を伸ばされる。弁当箱を寄越せ、ということらしい。

「その、お弁当貰った上に、

 洗い物まで任せるのは申し訳ないんだけど」

「……ん」

 無言の圧力。ちょいちょいと指先が動く。


 そこまでいうなら仕方ない。

 居た堪れない気持ちになりながらも、僕は学生鞄から弁当箱の入った巾着袋を取り出すと、彼女の手にそっと乗せた。

 すると、鎖錠さんは巾着を両手で掴み、軽く振る。からんっ、と空っぽの軽い音が鳴る。

 それを聞き届けた彼女は、少しだけ嬉しそうに頬を緩めた。


「――」

 その表情に、一瞬目を奪われる。

 散り際の花のような、儚さと美しさを併せ持った表情だった。胸を締め付けられる。そんな言葉があるが、本当に痛みを伴うとは思わなかった。


 ただ、それもまばたきの出来事で。

 まるで幻想だったように、彼女の顔から笑顔は消えていて。

 暗く淀んだ、鎖錠さんを象徴する表情が張り付いていた。


「用は済んだ」

 言葉通り、本当に用件はこれだけだったらしい。

 拗ねた子供のように動かなかった鎖錠さんは、あっさりと立ち上がった。

 そしてそのまま僕の横を通り過ぎようとして、足を止める。


「明日も持っていくから」

 それだけ、と。

 鎖錠さんは言い残し、隣の部屋に消えていった。


 暫く惚けていた僕は、彼女が去ってから我に返る。

 そして、鎖錠さんの言葉を遅れて理解すること数分。ようやく驚きの声を上げた。

「え?

 明日もお弁当届けに来るの?」

 わざわざ?

 お昼休みの教室に?


 どうして、という僕の疑問が鎖錠さんに届くことは、当然なかった。


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