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第8話 妹の嫁とお隣さんはウサギさん

 人間、あまりに驚くと息すら止まってしまうらしい。

 宇宙そらから隕石が降ってきたような、衝撃的な暴露に頭の理解が追いつかない。


「え、おま……え?

 よ、嫁? 彼女? は、うぇ……は?

 ど、どゆこと?」

 舌が回らない。正直、自分でもなにを言いたいのかわからなくなっていた。


 それは隣の鎖錠さんも同じようで。

 いつもは眠たげに半分閉じている瞼を大きく見開き、小さく薄い唇を開けて見るからに驚いている。

 そんな、どこか間の抜けた表情も、顔が良いと綺麗に見えるのだから不思議だ。こんな時だというのに見惚れてしまう。

 脳がショートしている。もしくはオーバーフロー。頭から煙が出そうだ。


 家に残る側は混乱の極みだというのに。

 隕石(いっせき)を投じて人の頭を破壊し尽くした当の本人は目を棒にしてなんでもない調子で話を続けている。ステイ、止まれ。お前は躾のなっていない犬猫か。


「北海道美人はいいぞー。

 肌白いし、鼻高いし、純情だし。

 あとおっぱいもでっかいどうー」

「うるせー」

 クソ寒いギャグを口にして、1人お腹を抱えて笑っている。身勝手の極みみたいな妹だ。……北海道の美人さんについては気になるけども。

 訊いたら訊いたで、脛を蹴られそうなので自粛する。理性あってこその現代人だ。

 なにより、尋ねるべきは他にある。


 再確認、というわけじゃないが、念のために問う。

「昨日、女に欲情するって言ってたけど……ガチ?」

「ガチぃ」

 絶句。


 正直、冗談だと思っていた。もしくは、ませた女子特有の『男子ってほんと子供』っていう、異性よりも友達と遊ぶの好き、ぐらいのものだとばかり。

 そのため、『女の子と付き合ってます』と訊いた上で、『女の子に欲情する』と告白されると破壊力が違う。ヘッツァーとティーガーⅡの主砲ぐらい違う。誰が分かるんだこの例え。


「本当は義姉さんともイチャイチャしたかったけど」

 するな。

「嫁にバレたらなんで浮気したのか問い詰められた上、リスカしかねんのだ。

 困った子猫ちゃんだぜー」

 あははー、と妹が軽い調子で笑う。


 いや全然笑えないよ。

 というか怖いよ。病んでないそれ?

 昨今、Web小説で流行っているヤンデレなのでは?


 実在したのかと慄いていると、

「義姉さんとちょっと似てるかなー」

 おい止めろ。


 隣が見れない。

 今、どんな顔をしているのか想像も難しい。

 ただ、ガッ、ガッと踵で床を蹴る音が耳に届き、

 視界の端で人差し指がトントントンッと苛立たし気に肘を叩いているのが見えて怖い。

 顔を見ずとも、苛立っている気配が漂ってきていて、ひぃぃっと内心悲鳴を上げる。


 これ以上怒らせるな。

 お前は北海道に帰るからいいけど、僕はこれから鎖錠さんと同居するんですよ? 空気読め。

 なんて妹に強く念じるが、当然意味はない。

 空気なんて読むはずもなく、たとえ読んだところであえて無視する。そんなタイプの妹だ。

 小さな左手を平らな胸の前まで持ち上げて、鎖錠さんと嫁の共通点を指折り数え出す。


「クールでー」

 親指を折る。

「格好良くってー」

 中指を曲げる。

「綺麗でー」

 薬指を畳んで、

「ウサギさーん」

 ふざけんな。


 そう言うと、「ふざけてないよーだ」とウサギの耳に見立てた人差し指と小指をピョコピョコさせる。

 ……なんとなく、ウサギの意味するところを理解してしまい、口を噤む。

 鎖錠さんに伝わっていないといいなぁ。そう願うが、まぁ、無理かと諦める。多分、そういうのは本人が一番敏感に察するだろうから。


「あと、おっぱいがおっきい!」

「それはもういい」

 そっかなー、という妹の視線が黒一色のパーカーを着ていても見て取れる、鎖錠さんの胸部に向かう。釣られる。うむ、デカい。

 脛を蹴られる。ごめんなさい。


「そしてー、皆の人気者ー」

「真反対じゃん」

 反射的に口が動く。油でも塗られたように、口が滑ってしまった。


 スッと鋭利な刃物のように、鎖錠さんの黒い瞳が細まる。

「……どういう意味?」

「…………。

 格好良いなーって意味」

 顔を反対側に逃がす。怖くてとても見ていられなかった。視線って、時に凶器になるよね。


 妹が笑う。けれど、それはからかうようなものではなく、どこか慈愛の満ちたもので。

 慈しむ瞳の先には、鎖錠さんが居た。


「孤高気取って、自分から誰も手の届かない高いところに登る癖に。

 寂しがり屋で、誰かと触れ合いたいなんて……うん、ソックリだ」

 彼女に誰を重ねているのか。ほんのり頬が赤らむ妹。

 その顔を見ていられなくなったのか、鎖錠さんは逃げるように顔を伏せた。胸の下を通る腕。その手が、二の腕をぎゅっと掴む。

 下を向いたせいでうなじが覗く。本来白いだろう肌は、お湯に触れたように赤く染まっていた。


 そんな鎖錠さんを見て、妹はニッとはにかむ。と、同時に銀の瞳からロウソクの火をふっと消したように光が消えた。

「とっっっても面倒で、病みも感じるけどさー。

 そういうをドロッドロに甘やかして、依存させて。

 私がいないと生きていけなくするのが、さいっこうに幸せなんだよねぇ」

 ほぉ……っと恍惚の息を零す妹に、僕はドン引きである。お前が一番病んでいるわ。こっわ。


 鎖錠さんもにじり下がって、頬が引きつっている。

 どう思う?

 共感を求めて視線を向けると、目が合った瞬間、そっと顔を背けられた。なぜだ。


「やっぱ兄妹だからかな。

 趣味は似るっぽいよねー」

 含みのあるにゅふふとした笑みに「似てねー」と突っぱねる。「そっかなー」と、妹が鎖錠さんに顔を向けると、やっぱり顔を背ける。今日の鎖錠さんはあっちこっち顔を背けてばっかだね。


「ま」

 と、妹は締めくくるように一際声を上げて、

「こんな唐変木の兄ですが、よろしくお願いしますね?」

「何様だお前」

「世界で1番可愛い妹様だぞ」

 敬えーと言うので、「はいはい世界1可愛いよ」と雑にあしらう。

「あははー。ちょーてきとー」と上機嫌に笑う妹は、後ろ髪を引かれることなく、キャリーケースをガラガラ転がしながら廊下を歩く。

 そのまま部屋の前から見送り、「ばいばーい」と手を振って到着したのだろうエレベーターに乗り込んでいくのを見届けた。


 …………なんか、どっと疲労感が襲ってきた。

「まさに嵐だったな」

 たった1日で人間関係も、距離も、あらゆるモノをぶっ壊して、荒らし回り。

 一晩明ければ、何事もなかったように去っていく。傷跡だけ残して。


 マンションの廊下から空を仰げば、まるで台風の後のような晴天。

 虹でもかかりそうな朝日の煌めきが眩しく、目を細める。

 ふわっ……。あくびが出る。じわりと目尻が濡れる。戻って寝直そうかな。

 身体をひるがえすと、気付く。

 じーっと物言いたげに半眼を向けてくる鎖錠さんに。


「…………なにか?」

「兄妹揃って誑しか」

「モテた記憶はないがッ!?」

 どういうことか問い詰めようとするも、鎖錠さんは僕を無視して部屋に戻ろうと背を向ける。

 いやほんとなに……と彼女の背中を見つめる。

 誑した記憶も、モテた記憶もないんだけどなぁ。

 もし、そんな薔薇色の記憶だけ失っているとするならば、現実は残酷過ぎるのだがそんなことあるはずもなし。


 むむむっと眉間に皺を寄せていると、玄関から室内の廊下に上がった鎖錠さんが立ち止まる。

 そして、言い淀むようなを開けてから、躊躇いながらも呟いた。


「その、これからよろしく……」

 あ、うん。

 と、咄嗟に生返事をするが、足早に部屋の奥へと消えていった鎖錠さんには届いていないだろう。


「……」

 人差し指の爪をたて、頬をかく。なんだか、照れる。

 妹がいなくなり、彼女の態度を見たことで、今更ながらに実感する。

 これから一緒に暮らすのか。


 そう思うと、足元から頭の先まで妙な照れがこみ上げてきて、

「――……~~ッ」

 下駄箱の上に置かれた小さな鏡に、誰とも知らない真っ赤な顔が映り込んでいた。




  ◆第2章_fin◆

  __To be continued.

  Next chapter side.鎖錠ヒトリ


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