第4話 まろびでそうな黒ビキニおっぱいはエッチすぎるので多分犯罪
「あーたーまーがーいたーいぞー」
頭の中が絡まって解けなくなった糸のようにぐちゃぐちゃだった。
引っ越しのこと。
鎖錠さんの母のこと。
突然、通り雨に降られたような気持ちだ。
酷く、心が摩耗していくのを感じる。
削れて、削れて。削れて。
心が小指の爪ほどにまでちっちゃくなった鉛筆のようになってしまうのではないかと、ふと心配になる。
使い道のない鉛筆。ゴミ箱に捨ててしまうように、いつか僕の心も考え感じることを止めてしまうのかもしれない。というか、止めてしまいたい。
だが、現実はそう簡単に思考を閉ざすことを許してはくれなかった。
鎖錠さん母と喫茶店で別れて、マンションに戻る。
重苦しいモヤモヤを胸に抱えたままエレベーターを降りて廊下をトボトボ歩くと、玄関前に鎖錠さんがしゃがみ込んでいるのが見えた。
それはいつかと同じ光景で、そして、つい先程に見た鎖錠さん母とも重なる。
ドアに背を預けて、ぼーっと入道雲でも眺めていたのか、僅かに上を向いた眠そうな目が僕を見つける。
小さく笑みを浮かべて、ムッツリと不機嫌そうに曲げるのはいつものことだ。
「……珍しいね。
朝から出かけるなんて」
そりゃぁ珍しかろう。
ここ最近は大抵鎖錠さんに起こされないと、ベッドと結婚生活を満喫しているのだから。中々離してくれなくて困ってしまう。
今日はたまたま早く目が覚めてコンビニにコーヒーを買いに行っただけだったのだが……なんでこうなったのか。やはり、普段しない行動はするべきじゃないなと実感する。
鎖錠さんが緩慢な動きで立ち上がる。
「家、入ろうか」
そう言って、背を向けようとした彼女に倒れ込むようにのしかかる。
ふにっと柔らかく受け止めてくれた胸に、安心を覚えた。
我ながらエロいなぁと思う。
「……なに?」
冷たい声。ただ、それは戸惑っているようにも聞こえる。
それでも振り払おうとしないのは、鎖錠さんの優しさだよなぁ、と思う。
彼女の優しさに甘えつつ、僕はポツリと呟く。
「プール……」
「……は?」
「プール入りたい……」
「……………………………………………………………………………………………………………………………………は?」
なんでこんなことを言い出したのか、僕自身正直わからない。
ただ、頭は働いてなくて。
ジリジリと肌を焼き付ける陽光が眩しいし暑すぎるなーとは思っていた。
まぁ、なんだ。
つまり、そういうことになった。
■■
――というわけで、プールに来ましたー!
と、言えればどれだけ幸せだったろうか。
現実はやっぱり非情で、プールに行きたいと行ったところで急に行けるものじゃない。
そもそも芋洗になっている近くの市民プールになんて行きたくはないし、そこに鎖錠さんを連れていくのも……なんかやだ。
だからと言って諦めきれなかったので、自家用プールで代用することにした。
昔使ったことあるよなーと、物置をガサゴソポイポイひっくり返し。(その光景を眉間に皺せを寄せて見ている鎖錠さん)
あったー! と、取り出したへにょへにょシワだらけの青いビニールプール。
鼻をツンッとくすぐるビニール特有の匂いを嗅ぐと、ちょっと楽しくなってくる。
これから遊ぶぞー! という気持ちになってくるからかもしれない。
そこから再び空気入れを掘り出すため物入れを漁り、鎖錠さんにゲシゲシと脛を蹴られること数回。
ベランダにビニールプールを広げて、水着でちゃぷちゃぷ浸かっているのだった。
「……あー、気持ち良いぃ」
ビニールプールの端に寄っかかり、瞼の裏で太陽の光を感じる。
ちょっと手狭だが、これはこれで楽しいものだ。
うだるような暑さに日差し。その下で浸かる水はクーラーとは異なる心地良さがあって、心の疲労が流されていく感覚がある。
正に夏。
普段なら耳障りな蝉の鳴き声も、今ばかりは夏らしい気分に浸るのに最高のBGMだ。
鳴き声だけで姿が見えないのが尚良し。
そうして、身体をくの字に曲げて我ながらだらしない格好で小さな波に揺られていると、リビングに通じる窓ガラスがガラッ、と躊躇うようにゆっくりと開いていく。
閉じていた瞼を僅かに開いて、だるさを感じながらも頭を持ち上げる。
視界に入ってきた魅惑の光景に、思わず「おぉっ……!」とたるんでいた心も興奮して声を上げてしまう。
「……なんで私まで」
白い肌を隠すように、身体を抱く鎖錠さん。
着ているのは黒ビキニ。大事なのでもう一度言う。黒ビキニである。
白い肌と黒の水着のコントラストが眩しい。
以前、下着姿を見たことはあるが、その時は恥ずかしさと躊躇いがあってまともに見れなかった。けれども、今回は真正面から堂々とガン見である。躊躇なんてしない。
むぎゅっとした深い谷間。それを覆うのは、頼りない黒いビキニだ。
それサイズ合ってるの? と疑問を抱くほどに窮屈そうで、今にもまろび出てしまいそうな危うさが見ている者をハラハラドキドキさせる。
下半身もそれは際どく、食い込んでしまうのか、後ろに片手を回して布地を何度も引っ張って調整しているのがとてもエロい。その姿を後ろから見たいという願望がふつふつと湧いてくる。
白い肌を羞恥で赤く染め上げ、恥ずかしそうに身体を隠しているのが増々エッチだった。
もはやエロスの権化ではなかろうか?
「ありがとうございます」
「……最悪」
頬を赤らめた顔で口にする侮蔑の言葉。
今回ばかりは甘んじて受け入れるとも。
その価値が、鎖錠さんの黒ビキニ姿にはあった。
はぁ、ヤバい。課金したい。投げ銭はどこですればいいんだろうか?
心もとない胸をぎゅっと寄せて隠しながら、鎖錠さんは横顔をこちらに向ける。
黒髪から覗く耳は赤く染まっていた。
「……去年ので、新しく買う必要もなかったから」
な、に……?
想像だにもしなかった言葉に驚きを隠せなかった。
まだ成長しているのかあのたわわは!?
今でもとんでもないというのに、これ以上成長したらどうなってしまうんだ!
もはや破壊兵器ではなかろうか。
ゴクリと、唾を飲み込んだ僕は恐る恐る問いかける。
「ちなみに、水着を着た去年の写真とか……ない?」
「……死んでいいよ」
訊いた瞬間、頭を上から押さえつけられてプールに沈められる。
ブクブク息苦しかったが、悔いだけはなかった。
「なんで、こんな……」
僕を沈めた鎖錠さんだったが、やはり恥ずかしいのか、ビニールプールに入ろうとはしない。
「嫌なら無理強いしないよ?」
たかだかベランダに広げたビニールプール。無理して入るモノでもない。
のんびり身体を伸ばしながら言うと、ムッと眉根を寄せた鎖錠さんが真っ白でほっそりとした素足を踏み出す。
「別に……こんなの大したことじゃないから」
反発的というか、直ぐにムキになるよね、鎖錠さんは。






