第2話 男の人の凸を女の人の凹にテ○リスしているかどうかの話
それにしても、元気……ね。
言葉の意味を測りかねる。たった2文字でありながら、意味するところはあまりにも広く、深かった。
僕に声をかけた時点でわかっていたことではあったけども。
逆ナン目的でなければ、用件は鎖錠さんについてに決まっていて。
そうであるならば、鎖錠さんが僕の家に入り浸っているのを把握しているということだ。
鎖錠さんが話した?
いや、と内心否定する。
そういう事を言える関係性であれば、そもそも鎖錠さんが家に泊まることはなかっただろう。
まぁ、1ヶ月以上。
毎日の前に『ほぼ』と前置きはされるが、あれだけ通っていれば気付きもするか。
実際、どうやって知ったかはそんなに重要じゃない。
Why done it。
ミステリーでもお馴染みの手法ではあるが、方法ではなく動機の方が大切であった。
僕を間に置いた母娘の二人にとっては特に、だ。
ただ、鎖錠さん母の行動を元に動機を考えると、少し意外だった。
断片的な情報で想像して、結構歪というか、不仲だと思っていた。
こうしてわざわざ僕を呼び出して安否を確認するぐらいには心配しているんだなぁ、と少し感じ入るモノがある。
もっと母娘みのない、殺伐とした関係なのかな、と。
それだけに、形容し難い寂しさもあった。
一緒に暮らしていて、娘を心配するぐらいには想ってもいるのに。
赤の他人である僕に元気かどうか問うぐらいには、関係が冷めきっていることが、酷くやるせなかった。
「……元気ですよ」
秘蔵DVDを粉砕するぐらいには、と言うのは皮肉が効きすぎているか。今思い出しても涙が……ぐすん。
多分、本人に訊けば『……知らない』とそっぽを向いて答えるだろうけど。
全くもって素直じゃない。
「そう……」
スウェットの上からでも分かる、母娘を感じる胸に手を当て、そっと胸を撫で下ろす。
その反応は鎖錠さんとソックリで、血の繋がりを強く感じさせた。
見るからに安心していて、やっぱり姉妹ではなく母親だなー、と空気を読まずにズズズッとストローでコーヒーを啜る。
知りたかったのはこれだけかな?
早くも話題が尽きてしまうのか。女性を楽しませる10の話題なんて持ってないが、とちょっぴり不安になっていると、鎖錠さん母(確信)が薄い唇を開きかけ、やっぱり閉じる。口ごもる。
その様子は被虐的で、年上の女性だけれど、なんだかイジメている気分になって困ってしまう。
ふつふつと加虐心を煽られるというか、背徳的な愉悦を感じるというか。
この前みたいに見るからエロい格好をしているわけじゃないのに醸し出す色気があって、なにしててもエロいってどういうことよ?
やはり魔女なのか……。
初めて感じる類の感情に困惑しつつも、僕はどうにか抑えて鎖錠さん母に水を向ける。
「えぇっと。
なにか訊きたいことでも?」
すると、彼女の顔が嬉しそうに華やぐ。
うっ。
鎖錠さんがまず見せることのない、太陽のような笑顔に胸がときめく。
いやね? 普段の光のない虚ろな目の、死んだような顔も好きだし、そこからふとした瞬間に見せるちょっと口角が上がった不器用な微笑もそりゃー大好物なのですが。
こう、ストレートなのもまた良しと良いますか……鎖錠属鎖錠科は顔が良すぎてなんでも良いに落ち着く。顔面が好み過ぎて心臓が保たない。
いかんいかん、と。
一旦落ち着くためにコーヒーを口に含む。苦味が心を平静に戻していく。
で、そんなときめきで心臓が動悸する僕を、鎖錠さん母が両手の指先を合わせ、上目遣いで見てくる。かわいい。
その整いすぎた顔立ちで、
「セッ○スは……してる、の?」
と。……は?
口の端からコーヒーがダラダラ零れ落ちていく。
「あの、お口からコーヒーが……」と指摘されるが、気にかけている余裕は今の僕にはなかった。股間が冷たい。
聞き間違いじゃ、……ない、よね?
卓上に備え付けられた紙ナプキンで濡れた口を拭う。
「な、なにを仰っているのかわかりかねるのですが」
動揺が声に出て震えている。
そういうと、鎖錠さん母はこてんと可愛らしく首を傾げてから、「あぁ、ごめんなさい」と小さく頭を下げる。
一々所作が可愛いなもぉ。こんな人がセッ○スなんて言うわけがないと、今度はストローからではなくグラスを持ち上げて残りのコーヒーを流し込むように飲んでいく。身体がホットなのである。
「直接的過ぎたわね」
それはもう蕾が花開いた満開の笑顔で彼女は言う。
「くぱぁとしてグッってやってズボッてしてズンズンドピュゥはしたのかって――」
「流行ってるのその擬音説明ッ!?」
口からコーヒーを吹き出してしまうが、もう無理だ。聞き間違えにはできない。
この母親、ガチで娘と性交があるか訊いてるよ。
そういうことじゃないし、どういうことなんだ。
まくし立てるように訊き出したかったが、コーヒーが気管に入って咽て声が出ない。
げっほ、えっほっ。の、喉が痛い。
そんな僕の様子をオロオロと心配そうにしながらも、鎖錠さん母は尋ねた理由を口にする。
「あの子、私の仕事を嫌って、男の人の凸を女の人の凹にテ○リスするの嫌がるから。
彼氏さんにも我慢させてるんじゃないかと思ったら心配で……」
待て待て待て……!?
ツッコミどころしかなく、逆になにを言うか困るやつ止めて。
すーはー、と喉の調子を整える。よし。
「色々、そりゃーもー色々と言いたいことはありますが。
とりあえず、そのオブラートにもなってない一周どころか二周三周回ってより下品になった表現は止めてください。
なんですか凸凹テ○リスって。これからテ○リス99やる度に思い出しちゃうじゃないですか」
「……?
じゃあ、男性のチ「止めて」」
近所の人も普通に使うだろう喫茶店でなに言い出そうしてるの?
店員さんが背中向けてプルプルしているじゃないか。……笑ってない?
コーヒーのなくなったグラスを仰ぎ、ガラガラとキューブ型の氷を口に流し込む。
「それと、勘違いがあるようですが、彼氏じゃないです」
「彼氏じゃない……?」
目を丸くさせる。その顔は幼く愛らしいものであったが、
「セフレ……?」
発言内容は幼いどころか爛れていた。知らない言葉ですね。
なんでさっきからこう、発言内容は18禁なのに、稚い反応なのか。
行動の端々は幼いのに、言葉はエロい方が萌えるから?
最低にすぎる。共感してしまう僕も最低だけどさ……!
「そういう関係でもないです。
ただのお隣さんです」
勘違いを訂正すると、眉間に皺を寄せて訝しまれる。
「あれだけ毎日一緒の夜を過ごしていて……?」
「…………」
急に反論し辛い証拠を上げるのは止めていただきたい。
補給した水分が身体中の穴という穴から一気に吹き出しそうだ。
「そう……言いたくなる気持ちはわかりますが、違います。
あと表現どうにかしてください卑猥です」
「じゃあ、どんな関係なの?」
訊かれると、言葉に迷う。
僕も幾度か考えては保留にしている、答えの出ていない設問だから。
けれど、尋ねられたからには、形になっていないナニかを言葉にしなくてはならず、迷い迷いに言葉を泳がせる。
「なんとなく、一緒に居て居心地が良いというか……。一緒に居て楽というか……。
一人でいる気楽さに似たモノは残っていて、けど、いなくていいってわけじゃなくて……。
なんか、そういう……上手く言葉にできないんですけど、あるじゃないですか。
多分そういうのです」
「野良猫が懐いたみたいな感じかしら?」
的確だが、なんとも肯定しにくい例えだ。
本人が聞いたら心底嫌な顔をするだろう。
というか、気になり過ぎてることがあるんだけど。
ことここに至っては、もはや恥も外聞もない。
旅の恥はかき捨てというが、まさか近所の喫茶店で捨てることになるとは思わなかった。
この喫茶店には二度と来れないと決まっているので、この際だから訊いてしまおう。
「あの、娘さんが嫌ってる仕事というのは……」
なんですか、と言い切ることは出来なかった。
ただ、察してはくれたのか、鎖錠さん母は困ったように苦笑する。






