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第4話 レトロゲームを買いに行こうとした

 よくないことというのは得てして重なるものだ。

 1回コケて、慌てて立ち上がろうとして、バランスが悪くてまたこける。

 自分が悪かったのか。それとも、足の向かう先に小石が転がっていたのか悪かったのか。

 理由はわからないが、不幸は重なって、膝を擦りむく。


 7月末。

 夏休みに突入し、授業はなくなっていた。

 代わりに部屋の机には見たくもないような厚さの宿題が、威圧的な気配を放っている。アツいのは外だけで勘弁してもらいたいものだ。

 ただ、弱音を吐いたところで、夏の熱さとは違いクーラーでは涼しくならない。


 まだ休みも始まったばかり。見なかったことにしよう。

 毎年似たようなことを考えている気もするが、夏休み初期の開放感と気怠さでそんなこと思い出せない。

 気兼ねしないよう、目に毒な宿題はベッドの下に隠してしまう。

 ……なお、8月後半になって全く手を付けていない宿題を思い出し、そもそもどこにやったっけ!? と泣くことになるのは、この時の僕は忘れていたし、何度経験したところで繰り返す。


 で、まぁ。邪魔者を1ヶ月ほど封印したところで、

「暇」

 だった。


 珍しく……というのもおかしな話ではあるのだが、ここ最近では本当に珍しく鎖錠さんが家にいなかった。

 しかめっ面のまま『……薬局に行く』とは口にしていたが、じーっと見てきて誘ってくることもなく、どこか重い足取りで出掛けていったのが気になっていた。

 心配になって『付いて行こうか?』と腰を上げたら、『……変態』と罵倒された挙げ句脛を蹴られた。なぜだ。


 なので、よくわからないままに、一人寂しく部屋のクッションを抱いて、ベッドの上に転がっていた。

 ゴロゴロゴロゴロ。

 ごろごろごろごろ。

 右に左に転がる。シングルの狭いベッドの上では、例え垂直に寝転がろうが大してゴロゴロできない。行き着く先は壁か、床に落ちるかのどちらかだ。


 ここ最近はずっと鎖錠さんと一緒に居て、暇なんて感じることもなかった。

 やっていることは、ご飯を作って食べたり、一緒に掃除をしたり、くっついたり、くっついたり……くっついたりだったけど。まぁ、暇ではなかった。うん。


 そのせいか、久々の一人の時間を持て余す。

 まるで趣味仕事のOLが、家事全般を半日で終わらせて、一人寂しくぽつんっと部屋の真ん中で座っているようではないか。


 ボフンッ、とベッドに両腕を叩きつけるように広げてクッションを投げ飛ばす。


「休日……なにしてたっけ」

 1ヶ月より前の記憶が、まるで遠い昔のようにセピア色に染まって朧げだった。

 なんだったかなー、と眉間に皺を寄せて、そうだ、レトロだと記憶が掘り起こされる。


「ゲームを買いに行こう」

 趣味、レトロゲームであったことを思い出して、ベッドから身体を起き上がらせる。

 自身の趣味すら忘れるとか、どれだけ日常が鎖錠さん色に染められているんだと思わなくもないが、苦笑は漏れるが悪いとは感じなかった。


 スマホを持って家を出ようとして、慌てて引き返す。

 ややくたびれてチャックの金属部分が錆びたように霞む財布。机の上に無造作に置かれていたそれを、かっさらうように手で掴む。


 ここ数年で、どこへ行くにもスマホ一つで事足りていたから、財布に触れる機会が激減していた。

 ポイントカードも、お会計も、全部アプリで済ませられる。便利な時代と思うと同時に、怖い時代、とも思う。スマホ1台失くすだけで、なにもできなくなるし、最悪の場合人生が詰む。

 こんな薄い板に自分の全てが濃縮されていると考えると、己の薄っぺらさを感じるし、恐怖を覚える。

 やはり、技術の進歩はコインの裏表。最高と最低は常に表裏一体なんだな、と。


 ここまで語ってなんだが、そんな哲学のような話はどうでもよくって。

 財布を取りに戻ったのはただ単にこれから行くレトロゲーム屋がスマホ決済に対応していないからだ。現金のみ。

 時代への逆行。真っ向からの反抗を感じるが、多分あの店主にそんな高等な考えはない。ただ単に導入するのが面倒くさいだけだろう。

 市内唯一のレトロゲーム屋。時代に取り残されて潰れないことを切に願う。


「うわ」

 玄関を出ると、じめじめとうだるような熱さに顔が歪む。

 まるで待ち構えていたかのように、額からじわりと汗が滲み出す。

 しかも、玄関正面の壁にミンミンうるさいセミが止まっていて……なんか、この時点で出かける気持ちが一気に萎えた。風船の栓を抜いたようにぷしゅーっと。


 ただ、部屋に戻ったところでやることもない。


「飛ぶなよ?

 絶対に飛ぶんじゃないぞ?」

 フリじゃねーと、ひたすらに鳴き続けるセミを注視しながら、カニ歩きで横切る。

 こいつらほんと、急にバタバタしてギュイーとか鳴いて飛んでいくから嫌い。


 中腰のまま、安心できる距離まで離れてほっと息を吐く。

 そのまま通路を抜けようとした瞬間、隣の玄関がガチャリと音を立てて開いた。

 鎖錠さん? と思ったが違った。


 出てきたのはスーツを着たサラリーマン風の若い二十代ぐらいの男性。

 そして、以前エントランスですれ違った、鎖錠さんの母親だと思われる女性だった。


 なんだ、と。そのまま通り過ぎようとして、ごふっ、と思わず咽て口の端からよだれが垂れそうになる。

 鎖錠さんにそっくりだから、ではなく。いや、それもあるにはあるんだけど。


 問題は彼女の格好。

 ネグリジェのような薄い、スケスケ寝間着。当然、身体のラインどころか、その扇情的な裸体がほとんど見えてしまっている。

 更には、透けて見える下着は白で、大丈夫か? とエロさよりも不安を覚えるほどに布面積が小さかった。

 それ本当に隠れてる? はみ出してない? 紐と同義じゃないの?

 というか、現実世界に存在したんだね、そんなエロ下着。


 エロ同人のシチュかよ。

 なんて感想を抱きながら、こっちは悪くないのに居た堪れない気持ちにされつつ、目を逸らそうとした。が、


 ――チュ、と。

 なんでもないように、鎖錠さん母(仮)と男がキスをした。


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