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第2話 妹の部屋に女の子を連れ込んでエロいことはしてぬい

『男だったら殺す』

 殺意だった。狂気だった。

 耳に包丁を突きつけられたような恐ろしさがあった。


「女の子です」

 思わず敬語になる。怖かった。

 夜風の寒さとは違う、震える心から冷気が身体中に伝播していく。


『そ』

 と、僕の返答に発露した殺気を霧散させて、軽い調子で言う。そのことに、酷く安堵している自分がいた。

 背筋の線が真っ直ぐに濡れる。風が吹くたび、身震いするような寒さを感じた。


 これ。本当に男だったらどうなってんだ……。

 考え、首を振る。止めておこう。碌な結果にならないことだけは確かだったから。


『一応訊くけど。

 カマだから男じゃないとか言い出したら、やっぱり心臓抉って食べるから』

「可愛い可愛い女の子です」

 殺人方法がいやに生々しくなった。心臓抉り出して喰うって、吸血鬼かなにかなの君?

 牛のハツ感覚で食べないでもらいたい。


 駆ける心臓を、深く息を吐き出すことで鎮める。

 少し意外だった。

 殺意はともかく。例え女の子相手であれ、自分の部屋を勝手に使わせたら怒ると思っていた。

 最初こそ1日ぐらいバレなきゃ良いの精神だったが、それが2日、3日ともなると、さすがに……と、後ろめたさを感じていたのだ。


「……怒らないの?」

 恐る恐る素直に訊くと、『まー別に』と言葉通り気にしていなさそうだった。

 そういうところ、意外と大らかというか、大雑把というか、度量がある。凄いな、と感心してしまう。


『あ。だけど、事後報告だったから、今度家うちに帰ったら寿司ね』

「あぃ……」

 ちゃかりもしているけど。

 こればっかりは僕が悪いという自覚があるので、逆らうわけにもいかない。むしろ、寿司で済んでよかったと思うべきだろう。

 パフェとかケーキとか言い出さない辺り、可愛さはないけど。


『今なんか不快感を覚えたので、焼肉も追加で』

「なんでさ」

 超能力染みた察する力はなんなんだ。それと、やっぱり追加も甘い物じゃないのね。

 寿司と焼肉がセットの食べ放題にしようと、心の中で最も安上がりなお店に決める。別日で、しかも食べ放題じゃなかったら、僕の小遣いが底をつく。塩を舐める生活は勘弁願いたかった。


 ただ、部屋を使われていることは気にしてなくても、その動向は気になるらしい。

 電話越しの声にかわかうような色が混ざる。


『妹の部屋でエロいことやってないよね?』

「やっとらんわ!」

 動揺で声が大きくなった。思わず窓から部屋を見れば、『なに? どうかした?』と煩わしそうに目を細める鎖錠さんと目があった。

 なんでもないと手を振り、顔を正面に向け直す。


 ただ、その明らかに疚しいことがあります、という反応がいけなかったのだろう。

 スピーカーから音が途絶えた。『……』とまるで思考するような。口の中に溢れ出る唾を飲み込む。

 要件は聞き出せていない。が、なんかもうこのまま切りたくなってしまった。けれども、どうせ数秒後にはストーカー染みたコール連打が待っているわけで。

 やっぱり、人類最低の発明だなと、改めて認識を強めた。


 結局、後回しにしても同じと息を飲んで待っていると、ようやく妹が声を発した。

『兄の部屋でも?』

 と。


 当たり前だろう!

 そう条件反射で否定しようとしたが、喉元で詰まったように止まって、そのまま弱々しく肺に戻っていった。『……』今度は僕の無言が挟まる。

 頭の中には、雨で濡れて、黒い下着姿になった鎖錠さん。

 退廃的で、しっとりとしている。日焼けのない水を弾く肌が艶めかしいというか、エロかったな……と思い出の中ですら背徳的な色気を放っていた。


 していない、とは言えない。

 というか、自室じゃなく、リビングでの出来事もどうなんだろう。

 おっぱいに頭埋めて、後ろから抱きしめられて……いかん。よくよく考えなくても、どこのお店のプレイメニューだとツッコミたくなる羅列だ。

 間違いなくエロい。ただ、そういう気は……ない、とは言わないが、こう、あくまでスキンシップというか、友人の延長線上の戯れなので問題はなかったはい論破。


「やってないでしゅ」

 というわけで、妹と自分の心に嘘を付いた。そして、噛んだ。舌からじわりと血の味が広がる。痛かった。


 頭の中は真っ白だった。早くこの話題を終わらせたい。その一心しかない。

 けれども、妹はそんなに甘い相手ではなく、優しくもない。花火があれば、束にして大きな火花を噴射させ、人の線香花火に向けて大口を開けてガハハと笑うぐらい豪快で、その場のテンションと快楽に身を任せるヤバい奴だ。持ち手まで燃えて、お化け屋敷でもないのに肝が冷えたのを覚えている。


 そんな快楽テンションモンスターがこちらの心情を察したところで、気を遣って我慢なんてするはずもなかった。


『お義姉ちゃんかー。

 あ、この年で叔母さんなんて呼ばれたくないから、ゴムは付けてね?

 まさか初っ端からノーゴム?

 生活力のない学生からそういう計画性のないことは止めなよー。

 やってる本人たちは気持ち良いし、子供ができれば愛の結晶だって幸せに感涙。

 周囲から生むのを反対されれば悲劇の主人公ヒロイン気取って悦に浸るなんて、家族だけじゃなくて子供にも迷惑だからねー。

 家族計画は大事なんよ』


 予想の100倍、ふざけていたが。

 先の展開まで想像して窘めてまでくる。目の前に居たら馬鹿野郎と頭を叩いていただろう。

 電話なのが残念でならない。

 シワになった眉間を指で揉む。


「……頭痛い」

『え? つわり?

 生理はいつから来てないの?』

「そういえば1ヶ月前から……って、おい。

 そういう女性のセンシティブな話はやめろ」

 あと、僕は男だ。


「やってないから。

 変な妄想膨らませるな」

『ふーん。つまんないなー』

 本当につまらなそうな声。これで本当に子供がいるとか言ったらどうしてたんだっていう話だ。その場合、なんだかんだ親身になりそうではあるんだけど。


 風呂に入ったというのに、さっきから汗が止まらない。電話が終わったらシャワーぐらい浴び直そうかな。


『ま。

 女っ気のなかった兄さんに、家に女の子を連れ込む度胸ができただけ良しとしますか』

「なに目線だお前」


『兄さんは私が育てた』とケラケラ笑ってふざけたことを言い出す。

「だから性格がこんなにひねくれちゃったんだな、僕は」と乗っかれば、

『私のおかげだ感謝しなさい』と冗談なのに得意げだ。

 鎖錠さんと違ってうっすい胸を張っている姿が想像できた。ぺったんこが。


『んじゃねー』

「待て待て待て待て」

 そのまま電話を切られそうになって慌てて止める。

 なにしにかけてきたんだよお前。まさか、兄が女の子とエロいことしていないか気になっただけとか言い出さないよな?


『ん?』

 と、疑問の声を上げ、続けて『あー』と思い出したような、間延びした声を出した。


『ごめんごめん。

 兄さんの性事情を訊いたら満足してて忘れてたわ』

「お前に性事情を話したことはないっ」

 なんで実の妹相手に、赤裸々にそんなもん語らなくちゃいけないんだ。

 それこそヤバい奴じゃないか。


 なのに、『え?』と虚を突かれたような声を上げて驚いていた。

 おい、なんだその反応。

『私、兄さんのFA○ZAアカウントログインしてるよ?』

「――――    。

 で、要件ってなによ?

 寒くなってきたから早くしてね?」

 いや、ほんと寒い。なんでか悪寒が止まらない。

 理由は不明だが、パスワードを変更しようと思った。そもそもとして、ぼかぁ未成年なのでFA○ZAアカウント持ってないしD○Mなので全くもって関係のない話なのである。


『問1.病み系黒髪巨乳が多かった理由を述べよ』

「シャラーップ!

 シャラ――――――――ッッップ!!!!!!!!」

 夜とか、ご近所迷惑とかもはや知らなかった。このままベランダの塀を飛び越えて、何者にも縛られない世界に旅立ちたかった。『問2.妹物がない理由を』「もう黙ってお願い」


 僕の心はズタボロで、ボロ雑巾よりも酷い有様だ。

 これっっっっぽっちも僕とは関わりのない話をされているのに、どうしてこんなにも自己投影して泣きそうになっているんだろうか。ほんと、関係ないけど……いやどうして知ってるんだよアカウントぉおおおっ。


「で、なんだよ要件って。

 早く言えよー」

『やさぐれちゃった。おもろ』

 最低だこの妹。

 塀の上にへばって、うなだれるようにしていると、『まー大したことじゃないんだけどさー』と前置きをして。

『父さんの出張がもう2年延びたらしいから、兄さんもこっち来たらーだって』

 ……………………は?


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