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第1話 妹様からの電話

 人類最高の発明はなにか。

 そう問われれば、今この瞬間の僕は電話と答える。

 逆に、人類最低の発明はなにかと問われれば、やっぱり電話と答える。


 世界中のどこに居ても、誰とでも話せる。

 それはとても素晴らしいことで、世界の垣根を破壊するに他ならない。


 ただ同時に、誰とでも繋がれるからこそ、嫌な相手とでも簡単に繋がってしまうし、どこに居ようとも関係を断ち切ることは難しい。



 夕食を終え、鎖錠さんの足の間に座って、後ろから抱きしめられていた。

 良く沈み、反発する。けれども吸い付くようなおっぱいに頭を預けるのにも慣れてきていた。付き合ってもいない女性相手に、こんなことをしてもらうのに慣れるというのもヤバいかな? とも思うが、一度その心地良さに身を委ねてしまうとダメだった。

 男をダメにする魔性が、そこにはあった。


 今でも羞恥心は覚えるし、頭が沸騰するような熱も感じる。ぶっちゃけ興奮も覚える。

 ただ、同時に性欲とは異なる心地良さに心も身体も委ねきってしまうのだ。一歩も動きたくなくなる。まるで、自分がアメーバにでもなったかのようにドロリと蕩けていく感覚だ。


 情欲を掻き立てられながらも、心穏やかという二律背反にも似た心の動き。

 天国と地獄だな、と混浴に浸かって生殺しのような状況にある時、マナーモードだったスマホが震えた。


 なんだ。

 億劫になりながらも、薄く瞼を開きスウェットのポケットからスマホを取り出す。

 そして、幸せな時間を邪魔してくれた相手を確認して――

「げ」

 と、心の声がそのまま零れた。


「どうかした?」

「っ……あー、いや」

 耳元で囁くような声に、背筋が一瞬震えた。

 甘い、というよりは冷たく淡々とした声だったが、耳の間近で吐息まで感じると、うひゃいっと変な声を上げそうになる。


 濁すような相手でもないし、端的に説明しようとするが、早く出ろとブーブー震えて訴えてくるスマホにしょうがないと、ふかふか枕から頭を浮かす。

「ちょっと失礼」

 謝罪し、そのままの勢いで立ち上がる。

 夏だというのに、鎖錠さんと離れた身体がやけに寒さを感じた。


「……誰?」

 不満そうな声。見ると、黒い瞳を細めて目尻を吊り上げている。ちょっとおこな雰囲気。


「あー」

 頭をかく。

 同じ部屋で電話してたら邪魔だろうと、ベランダの繋がる窓を開きながら相手との関係を告げる。

「妹様」

 スマホの画面に表示された登録名をそのまま読み上げ、僕は緑の通話ボタンを押してベランダに降りた。



 ■■


『アロハー。兄さん元気ー?』

 アホ丸出しの、夜とは思えない陽気な声に顔をしかめる。


 夏とはいえ夜だからだろうか。ベランダに出ると肌を撫でる風に冷たさを感じた。

 透明な窓ガラスを隔てて、なにやら部屋の中から厳しい視線を感じるが、気の所為だろう。そういうことにしておいた。

 振り向かないよう意識しつつ、ベランダの塀に手を付いてスピーカーから響く癇に障る声に向けて、しょうがなく応える。


「聞こえてるよ。

 というか、アロハーってなに?

 出張先って、確か北海道だったよね?

 どこからかけてるつもりなんだ」

『いいじゃん別にー。

 北海道だからね。あったかい場所が恋しいのさー。

 ま、今空調ガンガンに付けてハーゲン食べてるんだけど』

「おい」

 あははー、と電話の向こう側からケラケラ笑う声が聞こえてくる。

 相変わらず兄を兄とすら思っていないふざけた態度だ。イライラして、なんだかこめかみが痛くなってくる。


 そろそろ1年顔を合わせていないが、ずっと一緒に暮らしているかのような距離感だ。

 生まれて十数年同じ屋根の下で過ごしていれば、たかだか1年程度じゃあ変わりようもないということか。中学で良く話していた友人が疎遠になるには、十分過ぎる時間なんだけどな。


 夜風に身体が震える。あまり長話はしたくなかった。電話相手、そしてガラスの向こうで待つ不機嫌なお姫様という意味でも。


「それで、なんの用?」

『うっわなにその冷たい反応。

 久々の兄妹の会話だぞー?

 もう少し妹ちゃんを可愛がれよー』

「はいはい世界一可愛いよ」

『うはは!

 めっちゃ適当』

 雑に扱ってるのに、なんだかウケた。なんでもいいんだな。


 早く要件聞き出して切りたい。

 別に妹が嫌いなわけじゃない。好きかと問われれば……家族だし、と答えるぐらいだ。

 ただ、生まれてこのかた毎日顔を合わせていた妹との関係なんてこんなものだ。大事だけれど、必要な時以外話すことはない。

 大煙たがってるわけじゃないが、普通の兄妹の距離感なんてこんなものだ。

 お兄ちゃん好き好きブラコンとか、風呂から裸で出てきた妹に興奮するシスコンとかまずフィクションで。

 廊下が濡れるからだらしない格好で出てくんな、と小言が出るぐらいだ。

 

 なので、さっくり電話を切ってしまいたかったのだが、あー、と。あることを思い出して正面を向いたまま、考えるように上を見る。

 真っ暗な夜空。そういえば、妹に言わなきゃいけないことがあった。

 うわめんどー。そう思いつつも、許可をもらわないわけにもいかず、こっちから話を振る。


「あっと、そうだった。

 僕からも話すことがあったんだった」

『え、なになに?

 お年玉くれるの?

 やったね!』

「なんでだよ」

 脈絡なさすぎて意味がわからん。


 夏だし。そもそも、2つしか年の離れていない中二の妹になんであげなくちゃいけないんだ。

 お年玉だったら、僕だって貰いたい。

 そう言うと、『えーケチー』とむくれる気配がする。

 顔も見えないというのに、あざとくぷくーっと頬を膨らませているのが容易に想像できた。

 はぁ……。なんというか、呆れる。


「だいたい、父さんにちょっとねだればお小遣いなんていくらでももらえるだろ」

『そうだけど』

 否定しないんかい。

 事実そうなのだけど、なんか腹が立つ。

 いつの世も娘を持つ父の財布の紐は娘には緩く、息子には固かった。


『お金はいくらあってもいいものです。

 買いたい物はそれこそ星の数々……ね? お兄ちゃん?』

「きしょい」

 猫撫声に、うえぇーと怖気がする。

「実の兄にそんな甘えが効くと思うな?」

『だよねー。知ってた』


 こいつと話していると、話がどんどんあらぬ方向にズレていく。

 中身のないアホな会話も無限に広げられるというか、こういうのも兄妹だからだろうか。


 ただ、と。

 場合によってはお小遣いを上げてご機嫌を取る必要があるなーとは思う。

 これから話すことって、それぐらいしなくちゃ許してくれないかもしれないし。

 なので、相手の反応を伺うようにしながら、慎重に声を発する。


「そうじゃなくて。

 その、だな」

『はいはい?』

「…………。

 今、ちょっと部屋借りてる」

 そう口にした瞬間、ピタリと会話が止まる。


 なにやらひんやりとした気配。 

 やはりまずかったか?

 不安に駆られつつ、妹の反応を待つ。

 一瞬電波が悪くなったと思うと、妹が至って真剣な声で訊いてきた。


『……なに?

 妹の下着に興味あるの?

 兄としては真っ当かもしれないけど、人としてはアウトだから止めなよ?』

「興味ねーししてもねーよ!?」

 そもそも兄として普通みたいに言うな。

 それは真っ当にイカれた兄だ。血縁を切ってしまえ。 


『じゃあ、なんで?』

 そう訊かれると、言葉に詰まってしまう。

 バツが悪くなり、顔も見られてないのに視線を泳がせてしまう。

 だけど、言わないわけにもいかず、怒られるのを承知で言う。


「お前の部屋に、……と、もだちを泊めてるんだよ」

 友達、という言葉を口にするのが少し、引っかかった。


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