第6話 明日の卵焼きには、砂糖は入れない
「付き合ってるんだよね?」「なんて呼んでるの?」「キスはなに味?」「料理できるんだー」「手作り? すご!」「いつから付き合ってるの?」「馴れ初めは?」「告白はどっちから?」「下着は黒?」「初めてって痛いの?」「血出た?」
鎖錠さんにも遠慮なく質問攻めしている。
鎖錠さんの瞳から、元々なかった光が更に消えて闇が深くなっていく……。
ただやっぱり答える気はなくって。ムッツリ押し黙り、まるで何事もないかのようにのっそりお弁当を食べ進めている。うー。強メンタルー。
諦めてなるものかとクラスの女子たちも頑張るが、鎖錠さんは徹底してスルーを決め込んでいる。
しばらくすると喋ってくれる気はないと悟ったのだろう。肩で息をしながら、ちらほら諦めて鎖錠さんから離れていく。
必然、次のターゲットは僕。多少なりとも答えてしまうからか、鎖錠さん以上に質問に熱が入る。落ち着いてお弁当も食べられない。
「ねーねー教えてよ日向く~ん?」
「えーやだー」
猫なで声で甘えるように尋ねてくるが、そんな単純な色仕掛けに屈するほど簡単な男ではないのだ。
鎖錠さんのような美少女、しかも手に収まらないほどの巨乳の持ち主に隙あらば引っ付かれていれば耐性も付くというもの。
彼女に出会う前だったら……屈した気もする。しょうがない。男って単純だから、女の子に甘えられるのに弱いのよ。計算だってわかっていてもデレデレしちゃうの。
女子高生に囲まれながらも、鍛え上げられた精神で耐え忍んでいたら、ガンッと椅子の足を蹴られた。なにごと。
「……」
鎖錠さんを見ると、お弁当も残っているのにツーンッと頬杖を付いて僕と目を合わせないようにしていた。
えーっと?
「な、なに?」
「べ、つ、に……」
語気が強い。なんか怒らせたか、僕?
正直、わからん。
彼女はよく『別に』と口にするが、今回その言葉にどんな意味と感情が込められているのか、僕には判別が付かなかった。
やはり、野次馬さんたちの質問攻めがよくなかったのだろうか?
でもそれって僕にはどうしようもないし、そもそも僕が原因じゃないし。
「やば……拗ねてる鎖錠さんめっちゃかわいい」
「ね? クール系統なのにその反応って、私惚れちゃう……」
「ごめんねー?
そういうつもりじゃないからさ。離れるから許してね?」
ただ、同じ女子高生だからだろうか。
彼女たちは鎖錠さんが怒っている理由を察したようで、可愛い素敵と瞳をキラキラさせながらも、謝って離れていった。
ほんと、なんなんだろうな。
ちなみに、余談だがこの日を境にクラスメートの女子たちが野次馬さんに変身することはなかった。
理由を尋ねてみると、
『嫌われたくないし、そっと見守るのが一番だと思ったから』
と、『I♡ヒトリ キュンして』と書かれたうちわを作りながら教えてくれた。
さっぱりわからなかったので、とりあえずそのうちわは没収しておいた。「あー……」とても残念そうだった。
■■
総じて鎖錠さんとの初めての登校はどうだったかというと……正直、疲れた。色々と。
予想できたこともあり、できなかったこともあり。
まぁ、明日以降はもう少し落ち着くとは思うが。
校門を出て、朝歩いた道を引き返す。
隣を歩くのは、制服姿の鎖錠さんだ。迎えに来てくれていた時は私服だったから、少しだけ新鮮で、緊張もする。
常と変わらない、眠たげにも見える虚ろな表情。
夕日に焼けるその横顔を見ていると、やっぱりというか、気になってしまう。
ので、ちょっと訊いてみた。
「……無理してない?」
鎖錠さんの黒い瞳が僕を見る。
正直、無理させたんじゃないかと思っている。
僕に気を遣って、一緒に登校して。無意味に疲れさせただけだったらと思うと、胃に鉛玉を飲み込んだような重みを感じる。
そういう気遣いができる女性じゃない。
こう言うと失礼だが、鎖錠さんに他人を気にかける余裕はないのだと、初めて出会った時から感じている。だから、余計な心配だとは思うのだけれど。
楽しんだ、というには微妙な反応で、心が揺れる。コップに注いだ水が振動で波打つように、ゆらゆらと。
不安に駆られ、彼女の目を見つめ返していたが、僕の疑問に答えることはなかった。そのまま前を向いてしまう。
どうなんだ。しこりが胸に残る。カサブタのように引っ掻いて取りたくなるが、心の不安が爪で取れるわけもない。
やっぱり一人寂しく登校かなー。そう思っていたら、
「明日の卵焼きには、砂糖は入れないから」
急な話題。意味を計りかねてえっとと首を傾げる。
見つめる先。彼女の頬が赤く染まる。それは地平線に沈み行く太陽のせいではなく、確かに彼女の感情から発生する熱によるものだと感じた。
鎖錠さんが下唇を噛む。なにかに耐え、震えた唇を微かに開いた。
「私はネギが入ってさっぱりしているほうがいい」
それだけ、と。
足早に、前を歩いて行ってしまう。
ズンズンと逃げるように小さくなる黒髪の少女の背を見つめ、一瞬間抜けにもポカンと口が開いてしまう。ただ、直ぐにふっと笑みが零れた。
言葉の意味するところはわかりきっていて。
ただ、酷く遠回りで、曲がりくねっている。
本当に素直じゃない。
けれど、抱く感情は呆れではなく。
もう直ぐ日も沈むというのに、燦々と輝く夏の太陽に照らされたように胸の内がポカポカと暖かくなっていた。
うずっとして、駆け足で逃げる彼女の横に並ぶ。
腰を曲げ、下から覗き込むようにその顔を見上げれば、見るなとばかりに顔を背けられる。
けれど、その綺麗な横顔と首筋は隠しようもなく、色付いて見える肌に沸き立つ感情が抑えきれない。
お弁当もそうだが、僕は素直に気持ちを伝えようとしている。ただ、今回だけは彼女の流儀に合わせようと思う。
「私はネギ入りのさっぱり味の卵焼きも好きだよ?」
「……知らない」
「知らないかー。そっかー」
「なにそれ……うざ」
塩い言葉。
なのに、なんだかそれすらも愛おしくなってしまって、2人並んで家に帰る間、ニコニコと笑みを描く頬を止めることはできなかった。
■■
「ところで、そのうちわなに?」
「……キュンして?」
「……(虫けらを見るような冷淡な目)」
【留守番電話が1件ございます】
Piiii――
あ、兄さん。
アロハ~。元気してるー?
兄さんの超絶可愛い妹ちゃんの声だぞー。
どう? 嬉しい? ――嬉しいって言え?
まぁ、時間もないしどうでもいいや。
要件だけ話すと、お父さんの出張の日程変更があったから、
兄さんに訊いといてってお母さんから言われてるんだ。
また夜にかけるから、今度はちゃんと出てね?
世界で一番可愛い妹ちゃんからでしたー。じゃあねー。
――Piiii
◆第2章_fin◆
__To be continued.