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第5話 昼休みに手作り弁当を一緒に食べる

 不真面目な、けれどもどこか高校生らしい授業を終えて訪れた昼休み。

 絶対、質問攻めだよなぁ。嘆息。

 朝こそチャイムと先生のおかげで逃げ切ったが、昼休みはそうもいかない。1時間。キッチリカッチリ針時計を一回り。奴らが好奇心という名の餌を食べるには、十分な時間だ。

 彼女たちのお腹を満たす話題が提供できるかはともかく。


 けれども、予想外にも彼女たちが鼻息荒く突っ込んでくることはなかった。

 うずうずと、人参をぶら下げられた野次馬さんたちを引き止めたのは鎖錠さん。


 チャイムが鳴るやいなや、机の横をコツンとくっつけてきた。

 ギラついた眼をしていた少女たちよりも、英語の教師が終わりを宣言するよりも早い。そして、僕が机の上の教科書やらノートやらを片付けるよりも早かった。

 ……いや、早すぎでは? いっそフライング気味なほどに。


 たらりと、頬を伝う汗の理由は呆れか畏怖の現れか。

 判別が付かないうちに、僕と鎖錠さんの机の上には黒と白、2色の巾着袋が並べられていた。

 袋の中身は当然お弁当。

 届けられるだけだった時とは違い、横に並ぶ鎖錠さんと一緒に食べるというのは、首の後ろ側に熱が溜まるような、妙な感覚があって戸惑う。


「あ、ありがとう……」

「気にしないで」

 お礼を言うと、冷めた口調で返される。

 その声だけ聞くとまるで興味がないように聞こえるが、昼休みに突入した途端にお弁当を広げ始めたのだ。内心すっごく楽しみにしていたのでは?

 根拠はない。けど、そうだといいなぁと思うし、見た目以上に彼女のそういった行動はわかりやすい。 


 そんな僕の内心を知ってか知らずか、興味ありませんと澄まし顔で「いただきます」と両手を合わせる。礼儀正しい。僕も同じように手を合わせて、同じように食前の挨拶を済ませる。

 これ。最近は当たり前になってきていたが、鎖錠さんとご飯する前はしていなかった。


 親元を離れ、というか家族が出張で飛んでいってからというもの、そうした挨拶はしなくなっていた。行儀が悪くなったというよりは、一人でやる意味を見いだせなかったからだ。

 誰かに褒められたくてやる物ではないが、誰かに見られていないと面倒になることは多々ある。食事の挨拶はその一つに過ぎない。


 だから、まぁ。

 これも鎖錠さんと関わるようになって起きた、良い変化なのかなー、と思うのだ。

 マイナスがゼロに戻っただけだが。


 そんなことを考えつつ、パカリとお弁当箱を開く。

 蓋の裏に結露はない。うむ。

「お気遣いいただきありがとうございます」

「……はぁ」

 気のない返事だ。ちょっと悲しい。


 お弁当の蓋に結露が付かないよう、冷めてから蓋をするらしい。

 最近覚えたらしいのだが、食中毒対策なのだとか。一向に蓋を閉めず、キッチン台に乗せられたお弁当を見て質問したら、そう返ってきた。

 健康にまで気を使うようになるとは。成長の速さに舌を巻く。


 当然、中身の出来栄えも急成長中。

 小さな俵型おにぎり2つに、つくねのハンバーグ。甘い味付けの卵焼きにトマト、彩りにレタスが添えられている。そして、ある意味ハンバーグ以上に本日の目玉と言えるのがえびグラタン。

 これ。幼稚園児や小学生が好きな冷凍食品かと思いきや、手作りなのである。驚き桃の木珊瑚の木だ。……なんか違うな。まぁいいか。


 朝、わざわざピンクのカップを用意して作っているのを見て、『冷凍じゃないんだすげー』と感心していたら、『え?』と驚いた声を上げられたのが印象的だった。

 えってなんだえって。その反応に、こっちが『え?』である。


 どうやら鎖錠さんはお弁当で良く見るえびグラタンを手作りだと勘違いしていたらしい。

 焼きタコといい、今回のえびグラタンといい、この子はどこかズレている。それが悪いとは全く思わないし、むしろ僕的にはグッと好印象なのだけれど。

 本人にとっては菜箸で載せようとしていたちびエビをポロ、コロコロ……としてしまう程度にはショックだったらしい。

 真っ赤な顔であれこれ言い訳を口にしていたが、なにを言っていたかはあまり覚えていない。

 かわいいなぁ、とニヤニヤして眺めていたから。八つ当たり気味に脛を蹴られて痛い思いをしたのは……まぁ、必要な代償ということで。


 そんな成長を感じつつも、やっぱり鎖錠さんらしさが残るお弁当。

 こうして作ってもらうようになってから、1ヶ月以上が過ぎているわけで。

 更には朝食に夕飯まで含めると、そりゃー料理経験も積まれる。

 箸で持ち上げるのはくだんのちびエビ。成長と鎖錠さんらしさを感じながら、パクリ。


 うん。「美味しい」

 口から素直な感想が零れると、鎖錠さんの暗闇にも似た瞳がチラリと僕を横目に捉える。


「いちいち言わなくていい」

「こういうのはちゃんと伝えないと」

 毎回毎食作ってもらっているだけの僕。せめて気持ちぐらいは伝えたいのだ。

 というか、それぐらいしか返す物がない。食費は当たり前だし。作ってもらって当たり前ーなんて、妻を家政婦扱いする横柄な夫にはなりたくはなかった。夫じゃないけど。例えね例え。


 なので、思ったことは赴くままに口にした。

 箸で卵焼きを持ち上げ、ニッと笑う。

「特に僕好みの甘ーい卵焼きが好きです」

「……知らない」

 ふいっ、と気のないフリをして窓の外を向く。

 やっぱりその態度は雄弁で、かわいいなぁとついつい頬がほころんでしまう。



 と。ここまでがウキウキで、少しドキドキな初めてのお弁当タイム。

 全て食べ終えたわけじゃないが、残念ながら終わりを迎えてしまう。

 なぜなら、ご馳走を前にした野次馬がいつまでも足踏みしているわけもなく、

「……~~っ!

 あ~もー我慢できなーい!」

 じれったいとばかりに先頭が飛び出せば、当然後続も続くわけで、後は雪崩だ。


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