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第4話 お隣さんと授業中にイチャイチャ

 波乱はあった。けど、逆に言えばその程度。

 普段よりも波は高かったが、嵐というには穏やかだ。あくまで日常の延長線上の出来事である。

 噂の種にこそなりはすれ、問題と呼ぶには程遠かった。

 ……ただ、僕のような小舟にはちょっと高い波でも転覆危機のある問題なのだけれど。


 じーっと。

 なんか、見られている。

 隣から。見てもいないのに、肌に刺さるのがわかる。


 授業中。

 高校に入って初めて埋まった隣の席から、無遠慮と言える程の視線が向けられていた。

 穴が空くほど。じっと。


 鎖錠さんの机の上には、折れ目一つない国語の教科書が、閉じられたまま置かれている。

 勉強したことも、授業を受ける気もさらさらないことが伺える。

 その堂々たる態度に、担任兼国語担当の先生も、気が付いていながら咎めるかどうか困惑しきりであった。


 不登校生徒の出席。授業放棄。

 並べると、新任教師にはなかなかハードルが高いことが伺いしれる。僕が登校するよう誘った手前申し訳ないのだが、不登校のままよりは良かろうと心の中で手を合わせるだけで済ませる。マジすまん。


 鎖錠さんからの視線。

 先生の当惑。

 なんというか、落ち着かなかった。椅子の座りも悪い。

 ギギィッと一度椅子を引いて、座り直す。やっぱり、なんかムズムズする。


 ……いや、これを1時間耐えるのはムリでは?

 額から流れる汗が垂れて、ノートに落ちる。震えたペンが濡れたノートを破いてしまう。おーまいが。


 ダメだ。訊こう。

 結局、彼女の視線に耐えきれず、ノートの端っこに走り書き。

『なにか用?』と記載した部分を千切って、顔色の悪い先生にバレないようコソコソと手渡す。


 受け取った鎖錠さんは、『なに?』と眼力強く訴えてくるが、素直に受け取ってくれた。

 チラリとメモ紙に視線を走らせると、こめかみをピクリと動かす。

 すると、手の平が差し出される。

『なにこれ?』と目で訊くと、彼女の細く長い人差し指がペンを指し示した。どうやら書く物を貸せ、ということらしい。筆記用具もないんかい。


 本当に、一緒に登校しに来ただけなんだなぁ。

 その豪胆さに半ば感心しつつ、ペンを渡す。

 受け取った鎖錠さんは、先程のメモ紙に追記する形でサラサラとなにかを綴ると、そのままペンと一緒に返してきた。


 受け取って見ると、

『別に』

 と、たった2文字が足されていた。

 喋ろうが書こうが、変わらない素っ気なさ。

 ただ、文字は丸っこくって可愛い。女の子が書いたんだなぁ、と字面だけで伝わってくる。

 本人とのギャップがまた可愛さを引き立てていて、ちょっとおかしくなる。


 ニヤついていると、鎖錠さんの眉間にムッと皺が寄る。

 なにを笑っているんだ、と不機嫌そうだ。

 なんでもないと手を振って、さて次はなにを書こうと少し楽しくなってきた。

 学生らしいおふざけが楽しく、知らず気持ちが高ぶっていた。


 熱中し過ぎた。それが今日の反省点。

「あ」

 と、メモでもなく目でもなく、鎖錠さんは空気を震わせる声を上げた。

 なんだと顔を上げると、先生が教科書を読み上げながら、僕と鎖錠さんの間を通り過ぎていくところであった。


 ひゅっ、とか細く息を飲む。ジェットコースターが落ちる瞬間の、胃が浮いたような感覚に襲われた。

 バレた?

 心臓がバクバクと鳴る。


 けれども、先生はなにも注意することなく、授業を進めている。

 良かった。気付かれてない。

 胸を撫で下ろす。なかなかにスリリングな体験であった。

 まぁ、授業中の悪ふざけというのは、こういうのも含めて楽しいものなのだけど。

 では改めて、と書く内容を考えようとしたところで、ガッと椅子の足を蹴られる。


 今度はなに、と鎖錠さんに顔を向けると半眼で見られていた。

 そして、ちょいちょいと机の上を指差される。

 なんだと彼女の指先を順に追いかけていけば、先程までなかったノートの切れっ端が転がっていた。

 鎖錠さんが置いたのかな。訝しみながら、綺麗に折りたたまれたそれを広げると、ヒクッと頬が引き攣った。


『楽しそうね。先生も混ざっていいかしら?』

 なかなかに皮肉の効いたコメントだ。

 クラス全体に伝わるよう堂々と指摘される方が嫌だが、やられてみるとこういうのも中々に堪える。バレてんじゃねーか。


 嫌々ながら壇上に目を向けると、先生が教科書を開いて作者のお気持ちについて説明しているところだった。バッチリ目が合う。しっ、と人差し指が立てられた。おふざけもそこまでにしろ、ということらしい。

 茶目っ気のある良い返しだ。新任教師だからといって、甘く見てはいけなかった。うぅん、やりおる。


 ま、しょうがない。

 元々遊びではなかったし、指摘されては僕の負けだ。なににどう敗北したのかはよくわからないが、勝者である先生の言う通り真面目に授業を受けることにした。

 ……こうなるに至った問題は一切解決していないのだが、それは……我慢だ。


 ふぅ、と息を吐く。

 で……今どこだ?


 教科書のページがわからなくなっていた。開いていたページは既に終わっており、ページを捲っても板書と一致しない。

 なんで授業って、時々教科書の順番通りじゃなくってページすっ飛ばすことがあるんだろうか?

 めっちゃ困ってます。

 授業を聞かない生徒への意趣返しだというなら、なるほど。効果覿面だし、甘んじて受け入れるしかないが、多分違う。


 むむむっと眉を寄せて教科書を睨めっこしていると、ニョキっと視界の横から真っ白な手が生えてきた。

 ビックリ。目を丸くしていると、パラパラとページが捲られていく。そして、ピタリと止まる。

 開かれたページは板書とも、先生の説明とも一致する。


 引っ込まれた手を追いかけると、真っ黒な瞳とぶつかる。

「(ありがとう)」

 と、小声でお礼を口にすると、ふいっとそっぽを向いてしまう。

 相変わらず素直じゃない。

 あと、授業を受ける気はなくても、聞いてはいるのね。

 耳に残るのかなんなのか。

 もしかして、僕より勉強できたりする……?


 1日も授業を受けていなかった相手に負けるのは、例え勉強に熱心でない僕であっても傷つくものがある。それこそ、期末テストで点数が上だった場合は……。

 うん。もう少し真面目に授業を受けようか。

 少しばかり勉強への熱意が生まれた、そんな日であった。

 ……が。


「授業中にあぁいうのは止めてね?」

「……はい」

 授業後。先生に廊下の隅に呼び出されて、熱意に水をかけられる。

 というか、なぜ僕だけ怒られてるの? 鎖錠さんは?

「鎖錠さんにも注意しておいてね?」

 自分で言ってくださいとは、言えなかった。


 そして、時間は過ぎ、午前の授業の終わりを告げるチャイムが学校中に鳴り響く。

 同時に、天国と地獄の昼休み開始を告げるファンファーレでもあった。


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