第3話 クラスの女子は尋ねた。くぱぁからのグッってやってズボッてしてズンズンドピュゥ?
こうなることはわかりきっていたとはいえ、目の当たりにすると嫌になる。
げっそりと、朝一から気疲れしていると、さっそく野次馬さんたちに囲まれてしまう。
「そーゆー関係で確定!?」
「というか、朝から一緒にっていうことは……そういうこと?」
「やめてよ下品」
「でも気になる……」
「昨夜はお楽しみでしたね?」
「なになに? セッ○スしてピロートークで朝コーヒー決めて朝帰りどころか同伴出勤決めたってま?」
「おいバカやめろ直球すぎる!
そういうのはもっとオブラートに包んでだな……」
「……で、実際どうなの?
くぱぁからのグッってやってズボッてしてズンズンドピュゥ?」
「もっと生々しくないそれ!?」
最悪だよ。
これが思春期真っ盛りの女子高生がする会話なのだろうか。
朝からこんな酷い猥談を聞かされるとか、耳汚しにほどがある。女の子は綺麗で純粋なモノと夢見てたい男子に謝ってほしい。後ろの線の細いメガネ男子が『やっぱり二次元が一番』って泣いてるぞ。
「それで突き合ってたの?」
「なんか意味合い違くない?」
こう、言葉だと難しいのだが、ニュアンスのズレを感じる。
漢字が違うというか……言いしれぬ下世話さがある。
朝から下劣な質問攻め。
とりあえず「ただのお隣さん」と無難に答えておく。間違ってはいない。
そのはずなんだけど、
「いてっ!?
……え、なに?」
なんか背中を小突かれた。
振り向くと、鎖錠さんは何事もなかったように、真っ直ぐに自分の席に向かってしまう。
え……なに今の。
理由がわからず彼女を見つめていても、まるで自分は関係ないとばかりにそのまま椅子に座ってしまう。そのまま肘をついて、窓の外を眺めだす。
……終わり? どゆこと?
意図を掴みかねる。疑問だけが胸の内に残って、どうにも落ち着かない。
代わりにキャイキャイとより一層騒がしくなった野次馬たちを、八つ当たり気味にしっしと追い払う。
ブーブー、とお馬さんから豚さんにジョブチェンジ(?)したクラスの女子たちが離れていく。なんだかんだしつこくないというか、空気は読めるのかもしれない。下品なだけで。
肩を落とす。瞼が半分落ちる。
慣れない状況に、早くも身体が疲れを訴えていた。
やたら重く感じる学生鞄を肩からズリ落とし、手のひらで手提げ部分を受け止める。
のそのそと自分の席に向かう。移動しながらも、その視線は窓の外を眺める鎖錠さんに固定されて動かない。
開いた窓から夏らしい、熱気を伴った風が吹き込む。
ぶわっと舞い上がり、そのままゆらゆらとカーテンが揺れる。
教室の窓際。教室の端っこに座っているにも関わらず、鎖錠さんはあたかも中心で、たちまち絵になる。彼女に焦点が合い、周りがぼかされたように、一人浮き上がっていた。
初めて教室に来たから浮いているわけじゃない。
まるで、存在そのものが別種のように感じる。夜空に輝く星々の中、一層大きく、煌めく月のように。
綺麗だな。
素直に思った。けれどそれは、異性に感じるモノではなく、美しい芸術品を観た時に抱くモノに近い……はずだ。絵画なんて観たことないし、美術の教科書を見ても綺麗なんて思ったこともないからわからないのだけれど。
どちらかといえば、美麗なイラストを観た時の感動に近いのだろう。綺麗だし可愛いけど、抜けないみたいな。そんな感じ。
……なんか例えに品がないな。引きづられたかもしれない。気を付けねば。
ただ、そう感じているのは僕だけのようで。
他の級友たちは、初めて登校する鎖錠さんが物珍しく、興味が引かれている程度のものだった。あと、やっぱり胸。どこからか、でかぁ……という声が漏れ聞こえてきた。おい。
ようやく席に着いたところで、黒板上のスピーカーからチャイム音が……鳴ってなかった。
どうやら、ボリュームをゼロにしていたようで、学校中に響いているのが教室にまで伝わってきているらしい。よくあることだ。
チャイム音に続くように、静謐な廊下からコツコツと足音が聞こえてくる。その音に反応した生徒たちが、蜘蛛の子を散らすようにわっとドタバタ自分の席に戻っていく。
「はーい。席についてー。出席取るよー」
ガラガラと引き戸を開けながら先生が入ってきた時には、クラスメート全員がすまし顔で背筋を伸ばしていた。
それを見た先生が呆れ顔で「取り繕うのは上手いんだから」と零す。教壇に向かう片手間、入り口傍の壁にあるスピーカーボリュームを捻って教室を見渡し――ピタッと止まる。
目を丸くし、ポカーンと口が開く。
点になった目の先は、未だに肘を付いて窓の外を見続けている鎖錠さんに注がれていた。
そこから、まるで巻き戻しするかのような動きで、後ろ歩きで教室を出ていく。
なんとも言えない静寂。カーテンだけがヒラヒラと揺れ続けていた。
ガラッと今度は僅かな隙間だけ開けて、先生が教室を覗き込む。
顔を小刻みに動かす鶏のような動きで教室内を見回している。
「……クラス、間違えてないわよね? ね?」
今年の4月。初めて教室に入ってきた新任教師そのままに、顔に緊張と戸惑いの色を浮かべながら、恐る恐る自身の担当する教室に改めて入室してきた。
鎖錠さんの登校は、先生すら困惑させる珍事であったらしい。
その困惑の中心たる鎖錠さんは素知らぬ顔、というよりも、気付いてすらいない様子で、風に揺れて目にかかった前髪を払っているところだった。
僕の視線に気付き、黒い瞳が端に寄る。
「なに?」
「……なんでもないです」
凄いな、と。
その泰然自若っぷりに改めて感心してしまう。