006-さようなら、ミオ
ミオのバッテリー残量―― 8%
周囲は木々に囲まれ、砂利敷きの道が通った林道。
その道の上を真っ直ぐ飛んでくる5体の蜂。
仮に人間だとすると、ヒャッハーとか言いながら進軍してきそうな勢いだ。
前衛2体と後衛3体で構成された陣形は、銃口を向けられているのにも関わらず、隊列を変えないあたり、そこまで知能は高くないのだろう。
「前衛2体、ターゲット、ロック、レディッ!」
「了解ッ! 排除開始ッ!」
クシードが2丁拳銃【ファンネ&レーヴェン】のトリガーを引くと前衛2体の胴体を射抜き、蜂の身体を四散させた。
突然の狙撃に驚いたのか、後衛の3体は隊列を乱し、散り散りに飛び始めた。
クシードは戦闘システムを起動させているが今回の戦闘では、動体視力が飛躍的に上昇する超集中は多用できない。
ブラックドラゴンとの戦闘の反動は想像以上に大きかったのだ。
ここぞと言うときにために温存である。
クシードは上空を確認すると、2体の蜂が並走していた。
ミオの計算では蜂の体長は約70cm程で、地上より高さ約15〜17mを「8」や「∞」の文字を大きく描きながら飛行中。
途中、乱立する木々に紛れて姿が消えるため、ロックオンは少し時間がかかってしまっている。
残りの1体は、クシードの背後、距離約20m先から、焦らす様にゆっくりと接近中、とミオは通達した。
俯瞰的に状況を把握できた。
クシードの視界には、上空の2体が飛びながら光を纏っているのが見えている。
ブラックドラゴンと同じであれば、あれは魔法攻撃。
となると、後ろの1体は発動までの陽動、もしくは時間稼ぎだろうか――。
魔法攻撃は何が来るか分からない。
ブラックドラゴンとの戦いでは、地震かと思いきや大爆発も起きた。
一撃で葬り去れる相手でも油断はできない。
何かが発生した瞬間に超集中を使用する。
「後方1体、レーヴェン、ロックオン、レディ!」
クシードは右手に持った、レーヴェンで捕捉された蜂に銃口を向け、左手のファンネは、空を並走しながら飛んでいる2体に銃を向けた。
上空にいる2体の蜂がホバリング状態となると、4つの渦が周りに発生し、円盤型の何かが出現し始める。
やはり魔法攻撃――。
「ファンネッ! 連続射撃支援ッ!!」
「はいッ! 了解ですッ!」
クシードは、超集中を発動させた。
現れた円盤は目標に向けて“確実に動いた”事を確認した瞬間、クシードはバックステップを踏んだ。
――この円盤、かなり速い。
超集中のスローモーションで見える世界でなければ、実際のスピードは野球で言う豪速球。恐らく時速160kmは超えているだろう。
円盤は追尾性能を持っているのか、クシードの動きに合わせて軌道を曲げた。
だが、思うほど精度はよろしくない。
発射された4つの内、2つは左右に外れ、1つは直撃確定だ。最後の1つはどうだろうか……?
撃ち落とすなら、この2つだ。
同時に、バックステップで距離を詰めている以上、後方から接近中の蜂も対処しなければならない。
クシードは2丁拳銃を駆使し、左手のファンネはマニュアル操作で2つの円盤を撃ち、右手のレーヴェンで、ロックオンされた1体を撃ち抜いた。
ミオのバッテリー残量―― 3%
残り2体――。
「……目ぇ、霞むな……」
超集中が解除され、反動が出てきている。
「クシードさんッ! 片方が光を纏いましたッ!」
「!?」
「4つの円盤がまた発生していますッ!」
……理解ができない。
2体で4つの円盤では無かったのか?
どちらも、光を纏っていなかった。
途中で片方の蜂は魔法の発動を止めたのだろうか。
そんなフェイント攻撃をしてくるとは……。
また、あの円盤が飛んでくる。
撃ち落とす際、詳細が見えたがカミソリの様に鋭利な棒状の刃が高速で回転していた。
命中精度は低いとは言え、耐力強化支援が機能しない以上、直撃を避けなければならない。
回避行動を――。
側道の樹木を盾にサイドロール。
しかし、視界がぼやける……。
近いのは……右? 左?
ひだ――。
クシードの右肩に何かが当たる感触があり、そして後ろへ押し倒された。
霞んだ視力は戻りつつある。
何が当たった右肩を見ると、湧き出る地下水の様に、赤い液体がジワジワと溢れ出てきている。
この赤い液体が出てきている部分……、急激に熱くなってきた。
まるでバーナーで炙られるかの様な感覚だ。
焼ける……、焼ける様にチリチリと痛い。
全身を焼かれている痛みが襲ってきた。
「あああぁぁー……、痛い……」
「クシードさんッ! しっかりして下さいッ!! 今、圧迫して止血させますッ!!」
「チクショウ……、何やねんアイツら、腹立つわ……」
「傷はかなり……、少し、深いです」
激痛によりクシードは苦悶の表情を浮かべていたが、戦闘中だと気付くと、苦痛に耐えつつ目を開いた。
視界には、上空にいた2体の蜂が向かってきている光景が映っている。
トドメを刺す気か――。
仰向けの状態で、左手のファンネを構え向かってくる蜂にトリガーを引く――が、牽制にしかならなかった。
ファンネは弾切れを表す、ホールドオープン状態になり、これ以上弾は出ない。
「レーヴェンは頭上ッ! 右上ッ! 約40cmですッ!」
「くっ……」
右腕は止血作業で圧迫され、自由が効かない。
クシードは身体をイモムシの様に動かし、左腕でレーヴェンを掴んだ。
少しでも身体を動かすと全身を鋭い痛みが襲う。
でも、痛がっている場合では無い。
残る蜂は2体。
その蜂は目測7〜8m先にいる。
ノコギリ状の顎が開いていた。
照準を定めている時間なんてない。
幸いにも、左は利き腕。
迫ってくる敵に向かって撃ち込まねば。
何でもいい、反撃。
抵抗するんだ。
何もしなければ、やられる一方。
恰好の獲物だ。
「――――――ッ!!!」
クシードは、無我夢中でレーヴェンのトリガーを引いていた。
残った弾薬を全て消費したが、至近距離からのデタラメな発砲で、幸運にも1体を始末できていた。
最後の1体は寸前のところで軌道を変え、クシードの周囲を警戒するように飛んでいる。
「ハァ……ハァ……」
「クシードさん。ごめんなさい。血が……、血が、止まりません……」
「謝らんでええ、それより、あいつを……ロックオンや」
「でも……」
「意識飛びそうや……。メッチャ痛い。でも、右手はまだ動く。始末が先や。止血はその後でもできるやん……」
「止血を、止血を先に――」
「――頼む、早よロックオンしてくれッ!!」
「……はい、了解です」
激痛に耐え、肩で粗く呼吸をしながら、クシードは内ポケットにしまっておいた最後の弾倉を取り出し、ハンドガンの弾を再装填した。
最後まで生き残った蜂は、クシードに背を向けるや否やそのまま進み出そうとしている。
「何……帰ろうと、してんねん……」
「ロックオン……、レディ……」
「途中まではなぁ……、楽しくて、愉快な時間やったろうな……」
「クシードさんッ! 早くしないと、せっかくのロックオンが――」
身体は悲鳴を上げている。
右半分をチェーンソーで斬られている様な痛みが脳を震わせ全身が痺れる。
だからって目の前の敵を逃がす気は無い。
左腕を上げて、人差し指を引けば決着が付く。
ロックオンはいつも完璧。
あとはミオが――
最高の相棒がアシストしてくれる。
絶対に狙いを外さない舞台を整えてくれた。
「さぁ、フィナーレの時間や」
クシードの放った赤い閃光の光弾は、逃げる蜂の頭部を貫いた。遺された部位は、風に攫われ、散った木の葉の如く森の彼方へと消えていった――。
ミオのバッテリー残量―― 0%
「クシードさん。ごめんなさい。私、もう、ダメです」
「謝らんでええ……、ようやったわ。ありがとう……」
「クシードさんッ! 私はいつでも味方ですッ! どんな時でもクシードさんと一緒ですッ! 独りじゃありませんッ!」
「ああ……ありがとう……」
「だから……、だから、どんなに辛くても諦めないで下さいッ!」
「分かった……」
「絶対ですよッ!」
「分かっとるって……」
「あとッ、あとッ、えっとッ、死んじゃ、絶対に死んじゃだめですからねッ!」
「うん……」
「クシードさん……」
「うん……?」
「どうか……どうか、ごぶ――――――」
“充電して下さい”
ミオが居た場所は真っ暗になり、充電切れを表すピクトグラムだけが無慈悲に表示されていた。
なんて中途半端な別れ方なのだろう。
いや、逆に感動的な別れ方だと今生の別れっぽくなってしまうので、案外、中途半端なぐらいが丁度いいのかもしれない。
充電さえすれば、また会える。
感傷に浸りたいところだが、傷の手当もしなければ。
逃げられたが、髪の青い人と出会ったんだ。
この異世界にも人間が存在する。
もう少しの辛抱だ……。