048-想像と現実
ルシュガルから辺境の山間部にある鉱山の町、“ニーターラ”へとやってきたクシード達。
町内の宿で一泊し、バクチクガーマ掃討の依頼主の元へと向かうため、一行は朝から支度を整えていた――。
「ねぇアマレティ、変じゃない?」
「おぉ〜、かわいいねぇ〜」
「どぉ? ミルフィ」
「え、ええなぁ、ええ、かか感じ……」
「ガッツリとメイクするのは久しぶりだから、忘れちゃって……」
依頼主は、鉱山を経営する会社の社長の息子。つまり未来の社長。
そして大好物のイームップ族と言うハーフリングのような種族に会えると言うことで、パーレットの機嫌はとても良い。
「依頼が終わったら報告しに帰るんに、なんで張り切っとんねん」
「第一印象が大事なのッ! 第一印象は見た目でしょッ! また逢いに行くんだから最初にかかっているのよ!」
会ったこともなく素性がわからないのに、すごい執着心だ。
「クシード! あんたにもメイクするからコッチ来て!」
「えっ? オレもすんの?」
「当たり前でしょうが!」
「あっ、ウチもやりたぁ〜い」
「わ、わたしも――」
嬉々としているミルフィとアマレティに腕を引っ張られ、クシードはメイク道具が並べられた机の席に座らさせた。
「さぁ、クシード。あんたはあたしの引き立て役に仕上げてあげるわ」
「サラッとエグいこと言うなやッ!」
◆◆◆
真面目にクシードもメイクを施され、身支度を整え終えると、リーゼから受け取った依頼書に記載された内容を頼りに宿を出発した。
町の中心部へと歩き、たどり着いたのは一棟と呼べるくらい大きな豪邸。
レンガ調で構成され、堅実剛健な造りだ。
「まさしく成功者の家ね。素晴らしいわ」
もうこの家に住む気なのだろうか。
パーレットはここではアレを、向こうではコレを、と好き勝手に妄想し、浮き足を立てて門をくぐった。
門から玄関まではランダムにサイズカットされたタイルが並べられたアプローチが続き、その脇には短く整った芝生の庭園が広がっている。
重厚な木製の開き扉の前で立ち止まると、パーレットは胸に手を当て深呼吸を数回。
意を決して呼び鈴に手をかけると――
「本日、お約束の方でございますでしょうか?」
庭掃除でもしていたのか、ビーグル犬のような垂れ耳をしたケモ族のメイドに声をかけられた。
「はいー! さ、作用で、そうで、ございありまるるるわぁー!」
「パーレット、無茶苦茶になってんで」
「クシードお願い、あたしキンチョーしてきちゃった」
「なんでやねん……」
普段は強気でガンガン行くくせに、この時ばかりは潤んだ瞳の乙女になりやがって――。
ギャップ萌えなど皆無だ。
「――ボク達、シーブンファーブンの者ですッ! 本日9:00の打合せで来ました!」
「はるばる遠方からありがとうございます。どうぞ、中へお入り下さい」
礼儀正しく対応する犬耳のメイドが歩み寄ってくると、パーレットが立ちすくんでいた玄関ドアをすんなりと開け、屋内へと案内してくれた。
「あっ、すごぉ〜い。ネモッドの日傘の絵ぇ〜」
「さすが、お目が高いですね。こちらはホンモノなのですよ」
まず最初に出迎えてくれたのは、“日傘をさす女の散歩”と言うタイトルの油絵。
アマレティが言うには、ネモッドはとても有名な画家らしく、かなり高額で取引されているそうだ――。
「――では、こちらのお部屋でお待ちください」
クシード達が案内されたのは、大きな客間。
がっしりした巨大なテーブルを囲うように、革製の1人掛けソファーが合計16脚と、絢爛な調度品類。
そして大きなシャンデリアが吊るされ、金の立体的な柄模様が入った豪華な壁クロス。
絵に描いたようなセレブの家だ。
「――こんなに大っきなカラー写真もあるのね」
上着をハンガーに掛けてソファーに座り、定刻まで待機していると、パーレットだけは立ち上がり、棚に飾ってあるA5サイズ程の写真をまじまじと眺めていた。
この異世界にもカメラは存在しているが、19世紀頃同様、写真は晴れ舞台に撮るなど世間的にはまだまだ高価。撮ったとしても白黒で、大きさもポラロイド写真サイズだ。
そんな写真という高級品に、色まで施すとは贅沢な代物。
絵画といい、大きなカラー写真といい、『私にはこんなにも財力があるのだ』、と象徴しているのだろう――。
「――こちらにどうぞお上着を掛けて、お待ちください」
メイドによって新たに案内された別の冒険者、ミルフィと同じネコ科のケモ族の少女を連れた、短髪黒髪で糸目の男が入室してきた。
異種族の子連れ……でもなさそうだ。
少女の年齢は10歳前後で、周りを気にしながら男の後ろを着いて回っていた。
「初めまして皆さん、僕はカルジヤと申します。ほら、皆さんに挨拶をしなさい」
「た……、タノカ……です」
「見ての通りまだまだですが、よろしくお願いします」
オドオドと人見知りをするところは、ミルフィと変わらない。
妙に親近感を感じるが、綺麗な身なりのカルジヤに対して、タノカの服装はどこか古着感があり、三毛柄のショートヘアは少し傷んでいた。
「――ヒャッハーッ! 見ろよ! 女だけのチームがいるぜ!」
カルジヤとクシード達は簡単な挨拶を交わしていると、4人組の男が入ってきた。
「ヤッベェ! てか全員レベル高くね?」
「レアのロンイー、長身銀髪スレンダー、ケモとコーヌの巨乳――」
「女の子も忘れていますよ」
「ロリコンかてめーは」
ギャハハと下劣な笑い声をあげ、世紀末感溢れる薄汚い黒のレザーファッションを身にまとった男4人組。
生理的に受け付けないのか、ミルフィはクシードの影に隠れるように身を寄せていた。そして彼女の猫耳は横にピンッと張り烏賊を思わせる形になっている――。
「皆さま、お待たせしました。ダバ専務のご入室です」
これで3チーム全員が揃ったのか、最初に案内してくれた犬耳のメイドが言葉をつげると、短く整えられた金髪に碧眼、見た目は少年のようだが、耳が尖っている男が入室してきた。
尖り耳はイームップ族の特徴だ。
念願の御曹子とのご対面。
パーレットのテンションは爆上げ――。
かと思いきや……
「……レッサー……テング?」
隣にいたクシード達にしか聞こえないような小さな声で呟き、あからさまに覇気がない。
確かにダバ専務の恰幅はとても良く、威厳のある口髭を生やしているが、顔色は赤くない。
むしろ健康的にテカテカだ。
「クシード……、お願いがあるわ……」
“思ってたんのと違う”、とでも言いたいのだろう。
勝手に想像を膨らませて高揚し、現実を知って好みじゃないと分かった途端、急激にテンションが落ちるとは失礼な女だ。
「専務の言葉、あたしの代わりによく聞いておいてね……」
「しっかりせぇや、リーダー」
「あたしを支えて、サブリーダー……」
虚な目でパーレットは、もたれかかるようにソファーに座った。
「みなさん、お待たせしましたん。ガーゾック株式会社のダバですん。よろしくお願いしますん」
意気消沈としているパーレットとは対照的に、ただの挨拶でもダバ専務の言葉には覇気が籠もっている。
「本来であればん、雑談もほどほどにしたいところですがん、時は金なりですん。早速本題に入りますんッ!」
特徴的な語尾を添えながら、ダバ専務は今回のバクチクガーマの掃討内容について話してくれた。
彼らが所有する鉱山は現在、操業を停止している。理由は言わずもがな、バクチクガーマによって労働者が被害を受けているためだ。
少数であれば、労働者達で駆除ができていたが、大量発生しており、誘爆の危険性があるため今回、専門業である冒険者へ依頼をかけたとのこと。
期間は明日から3日間。
始末すれば数に応じていくらか報奨金があり、カウントはスナッチ処理で行う。
心臓が爆発器官となっているため頭部を破壊するのがコツだそうだ。
それと、鉱山は広大で迷路のように入り組んでいるからと地図を渡し、安全対策として懐中時計と救援ブザー、笛も支給してくれた。
「――みなさんのご尽力を期待しておりますんッ! また、このような危険な内容にも関わらずん、遠方よりん、女性陣の方々にもんお越しいただきん、ありがとんッ!」
紳士的な言葉を使い、ダバ専務はクシード達4人に握手を求めると、その場を去って行った。
「んだよ、女贔屓かよ」
「てか、女の方マジで見すぎで説明してたよな? アホらしいし、オレらもさっさと行こうぜ」
男4人組は苦言を吐きつつも、舐めるような視線をクシード達に送り部屋を出て行った。
「――では我々もこれで失礼します。行きますよ、タノカ」
カルジヤ達も、颯爽と出て行く。
「……ほな、オレらも行こうか」
「うん……、そうね……、ルシュガルへ帰ろっか」
「何を言うとんねん! 頼むで、パーレットッ!」
「そぉだょ〜。ちょっとアレでもぉ、お仕事がんばらないとぉ〜」
「うん……! うん……!」
ロンイー族の高潔さはどこへ行ったのやら……。




