041-非情なる殲滅
「――ここで生活してたみたいね」
暗視ゴーグルが見せる世界を頼りに洞穴内をしばらく進むと、クシード達は天井の高い空間に出た。
床に敷かれた絨毯の上には陶器類が散乱し、壁には煩雑に剣や槍が立てかけられている。
灯りの消えた松明やカンテラなどもあった。
どれも人間から奪い取った物だ。
空間の片隅には、白骨化した数匹のレッサーテングの死体が放置されており、骨には切断された痕が残っている。
レッサーテング・サムライに切られたのだろうか。
「仲間割れでもしたんかな?」
「うーん、そうでもなさそうね。服のデザインを見ると、この死体は、1番最初の方に見つけたヤツらっぽいし」
「ん? どう言うことなん?」
「武装してたあのレッサーテング達は、ここのレッサーテングの巣を襲ったのよ」
「同種族間なんに?」
「そう。他の部族を襲って、自分達の配下にするのよ。そうやって勢力を拡大していく習性があるみたいなのよね」
「ってことは、あの死体は、もともとここを仕切っていたリーダーと、役員的なポジションにいたヤツなんかな?」
「多分……ね。巣や手下達を守るために戦ったのかもしれないわね」
何となくだが、企業の合併・買取(M&A)に通じるところがある。
1つの組織にリーダーは、2人必要無いのだ。
一見、手を取り合って穏やかにM&Aが済んだとしても、内部では対立している、と言う話はよく聞く。
しかし、権力を握っているのは“吸収した側”。
“吸収された側”の扱いは不憫なものだそうだ。
優秀な人はすぐに転職したり、もっと優秀な場合は、吸収した側の従業員を差し置いて出世できる。
でも、全員が優秀とは限らない。
このレッサーテング達も一緒で、社長や専務、常務クラスの経営陣は、乗っ取られまいと抗ったが結果は惨敗。
死体を見せしめることで、その他の部下たちは、新しいボスに、従わざる負えない状況になったのだろう。
「なんか……、可哀想やな」
「そう? コイツらは人間を襲っているのよ」
「生きるのに必死なのはわかるけどぉ〜、だからって危害を加えるのは良くないよねぇ〜」
「まぁ、確かにそうやけど……」
クシードが感傷に浸っている中、パーレットは周囲を注意深く見渡していた。
「あそこにいるわね」
パーレットはソードウィップを抜き、剣先で指し示す先にはタペストリーが掛かっていた。
「あの裏には何かあるんか?」
「大体は、メスや幼体がいるはずよ」
「メスや幼体……?」
「そう、1匹残らず殲滅よ」
「そこまで……」
そこまでやる必要はあるのか? とクシードは言いかけたが、やる必要はある。
いや、やらなければならない――。
レッサーテングと言うモノノケは聞いていた以上に知能が高い。
“人間を襲えば必要な物が手に入る”、と覚えてしまえば、人を襲うようになる。
周囲に散乱した調度品類を見ると、使用方法の成否は分からないが、ここにいるレッサーテング達は、使い方を理解していると考えた方が良い。
オスのレッサーテングは殲滅したとしても、メスが生存し、人間の道具を使用していたとなると、道具の使用方法を幼体に教える。
そして、その幼体が成長し、道具を手に入れようと再び人を襲うようになってしまう。
人間の生活を守るためにも、やらなければならない。
「ん〜、19匹は、いるよぉ〜……。お母さんが6匹と、残りが子供達かもねぇ〜……」
アマレティは、残り少ない魔力を使って、“警戒”の補助グリスタで検知を行っていた。
てか、お母さんとか子供とか言うなよ。
撃てなくなるだろ……。
「アマレティ、無理しないでね」
「ん〜ん、だいじょうぶ、だよぉ〜……」
苦しそうな声でアマレティはパーレットに応えるも、顔はマスクをしていてもわかるくらい、快楽の表情をしている。
暗視ゴーグル越しにその様子を発見したクシードは、眉をひそめていた。
そんなドM変態は差し置いて、覚悟を決めなければならない。
「パーレット、どうやって攻め込むねん?」
「地道に1匹1匹斬っていくわ」
炎魔法で焼き殺すかと思いきや、シンプルに剣で斬る。
一気にやってくれた方が気は楽だが、よくよく考えれば密室の洞穴内で炎攻撃は、酸欠の原因にもなる。
やはり、剣で斬るのが正解……。
しかし、そうなると絶命していく様を見届けなければならない。
言葉が理解できない分、少しはマシだが、それでも無抵抗な者が悲しい声をあげながら動かなくなっていくのは、耐え難い光景だ。
“殲滅”という依頼を引き受けた以上、皆殺しだ。
ごまかそうと思ってもスナッチで処理した数でカウントできてしまう――。
「そっか……、なら援護するで。閃光弾を撃って視力を奪う。怯んどるところを斬ってくれ」
「どうしたの? 急に顔つき変わっちゃって。戦士らしい良い顔してんじゃん」
「お金をもらう以上、プロやしな。プロフェッショナルの仕事をするだけやねん――」
「いい感じね。紹介してくれたキャルンさんに感謝しなきゃ」
クシードは、銃のシリンダーに閃光弾を1発と、マグナム弾を5発セットした。
「……ほな、行こうか。ミルフィとアマレティはここで待機しとってくれ。オレとパーレットで、始末してくる」
「りょうかぁ〜い」
「ちょっと、何仕切っているのよ! リーダーはあたしよ!」
「代弁してやったんや。ほんでええやろ?」
「まーいいけど!」
不安そうな表情のミルフィと、彼女の猫耳を優しくも強く塞ぐアマレティに見送られて、クシードとパーレットは、タペストリーのかかっている場所へと向かった――。
タペストリーの向こう側には、小さなレッサーテングと髭の無い大きなレッサーテングがいた。
確かにメスと幼体だ。
幼体は怯え、4匹のメスの後ろに隠れている。
2匹のメスが幼体達を守るように、立ち塞がって石槍を持ち、唸り声をあげていた。
「随分と殺気立っているわね」
「……」
クシードは静かに銃を構えた。
「閃光弾の光を見ると、目が潰れるで。肩叩くから、それまでしっかりと目ぇ瞑っときや」
「わかったわ」
デルバデルスの撃鉄を起こし、シリンダーを回転させる。
あとはトリガーを引くだけ。
準備は全て整った。
「閃光弾、発射……」
◆◆◆
「お日様の光ぃ、さいっこぉ〜」
少し傾きかけた太陽光を浴びながらアマレティは背筋を伸ばしていた。
「臭い、ついていないわよね?」
パーレットは悪臭を気にしている。
マスクを外したミルフィが彼女に鼻を近づけると、首を横に振った。
「大丈夫そう? でも一応、消臭スプレーしとこうかな。ミルフィにもしてあげるね」
暗くてジメジメし、臭気の籠った空間から解放されて、女性陣には朗らかな空気が流れているが、クシードだけは口を一文字に結び、表情は硬かった。
覚悟を決め、戦うことだけに意識を集中して引き金をを引いた。
閃光弾を放った後は無我夢中で、少し前の出来事だったのに記憶には薄い。
ただ、無抵抗な者の生命を奪ったことはクシードの利き腕である左手は覚えており、温もりは消え、震えていた。
あまりにも強いストレス。
脳内は記憶を曖昧にできても、身体は正直だ……。
「!」
罪悪感の残滓に侵食されているクシードに、ミルフィの両手が彼の左手を包んだ――。
「うわッ! なんや!? ビックリしたーッ!」
恋愛ドラマとかであれば、優しく手を“そっと”握ってくれるシーン。しかし、ミルフィの場合だと獲物を捕獲するように“ガシッと”俊敏で力強い……。
「ケガ! ケガ? ケガ? だジョーぶ? 震えてたたたで……」
剥いた目と硬直した顔、震えた声から、そっちが大丈夫なのか? と言いたくなるが、ミルフィからスキンシップをとってきたのは初めてだ。
彼女の突拍子の無い行動に驚かされることは多い。
だが、今はそのような行動からアレコレ考えることが無くなり、痛みを緩和してくれる。
それに、“本当に心配している”という優しい感情は、彼女の早くなっている心臓の鼓動と、柔らかくも温かい感触から伝わってきた。
「……大丈夫やで。いつもよりたくさん仕事をしたから、疲れとるだけやわ。時間が経てば治るよ」
「ほんま……?」
「ほんまや――」
今にも泣きだしそうなミルフィを勇気づけるように、クシードは笑顔で答えた。
「いいな、いいなぁ〜」
「そう? クシードはたしかに“男”だったけど、顔も声も女の子だし、見た目は完全に百合よ! 百合ッ!」
羨望の眼差しで見つめるアマレティの側で、否定的な言葉を並べるパーレットだったが、その表情は穏やかだった――。
依頼書には、“確認できているレッサーテングの数は約30匹”と書かれており、注釈には、実際はそれより多いとも記載されていた。
そこから、予定討伐数は約30匹以上、及び殲滅となっている。
実際に討伐してスナッチで処理をした数は、41匹で、アマレティが蒸発させた34匹を加えると、総数は85匹程度だ。
これだけの数を討伐したとなれば、任務完了と判断して良いだろう。
冒険者ギルド、シーブンファーブンへ成果報告を行うため、クシード達は帰路についた――。
 




