040-全開!
黒煙を切り裂き、スポットライトのように照らす太陽の光。
その芸術家は、キャンバスに描かれた作品を得意としているが、今回は自身をキャンバスに見立てて作品とした。
神々しく照らされる姿は、まさに女神。
本来は恥じらいの姿ではあるが、全く動じることも無く堂々と全てを開放し、コンプライアンスなど一切関係無しに表現する豪快さ。
女性が持つ神秘的な美しさと、禁欲的な思想を打破するこの感性は、まるでイタリアを代表する芸術絵画。
「これは……、ヴィーナスの誕生……やん」
「どう見ても、ジーザスの誕生でしょッ!!」
「パーレット、上手いこと言ってるようで言うてないで」
「うるさいッ! 黙れッ! 白髪頭ッ!」
アマレティの周辺だけは落雷による被害はなく、緑が茂っている。足元には綺麗に畳まれた彼女の衣類があり、一糸纏わぬ姿で恍惚とした表情でいた。
「ちょっと、アマレティッ!! あんたアタマ、イカレてるでしょッ!? 早く服を着なさいッ!!」
「ああぁ〜〜開放感ん〜〜、たまらんぞいねぇ〜」
「…………」
クシードは、アマレティという作品を目に焼き付けようとしていたが、突然、視界が真っ暗になった。
「み、み見たら、あああかかんかん、で……」
「ミルフィ〜、どうしたんや〜、暗くって何にも見えなぁーい! なぜ……目隠しをするんやぁ〜」
「もう何なのコレ? カオス過ぎるわ……」
◆◆◆
「ごめんねぇ〜、テンション上がっちゃってつい〜」
「テンション上がったからって、普通は脱がないわよ」
「オレは全然構わへんで!」
「あんたは黙っていなさい!」
ミルフィは不快な生物を見る目でクシードを見ていた――。
「それよりも、あたし、聞きたいことがあるんだけど」
「あー、オレもあるわ」
「なになにぃ〜?」
パーレット、クシード、ミルフィ。
この3人がアマレティの行動に対して疑問を抱くことは当然だ。
「あの雷魔法は何なん――」
「あんた、なんで脱ぐの――」
クシードとパーレットは同時に話し、各々の言いたい事が被った。
「脱ぐのは今、聞かんでもええやん!? せやろ? ミルフィッ!」
「大事に決まってるでしょ! 人前で裸になるなんて異常よッ! ねぇ? ミルフィッ!」
「あ、あのあああのえっと……」
慣れない人であるパーレットの前での発言、と言うのもあるが、ミルフィとしてはどっちも気になるため、どちらの意見に賛同すべきか困惑していた。
「あのねぇ〜、今の雷魔法はぁ、ウチのとっておきぃ〜。“独創魔法”だよぉ〜」
「へぇー、どおりで聞き慣れない詠唱だと思った。あたし、独創魔法なんて初めて見るよ――」
魔法の上級者が扱えると言う、詠唱者専用の魔法“独創魔法”。
唯一無二の魔法が使えると思うと、中身はアレだが、アマレティはすごい人なんだなと思う。
「――で、何で脱ぐ必要があったの?」
「ん〜とねぇ〜、ガマン出来なくなっちゃってぇ〜」
「……ねぇ、アマレティ。よーく聞いて」
パーレットは念を押すようにアマレティを見つめた。
「あなたは変態よ。頭がイカれてるわ」
「おいおい、パーレット。ドストレートに言い過ぎちゃうか? 少しは言葉慎んだらどうやねん!」
「何よ、どう見てもコイツ、ヤバいでしょ……」
イラついた口調でパーレットはクシードを、睨みつけるも……
「えへへへへへへへぇ〜、もっとぉ、もっと強く言われたぁ〜い」
殺伐としたクシードとパーレットの雰囲気はよそに、ハイになっているアマレティは、快楽を得た表情で身体をくねらせ、非難の言葉を受け入れていた。
「……ごめん、パーレット。言うてること正しいわ。コイツほんまに変態や」
「……別にいいわよ。謝らなくても……。とりあえず、このままだと先に進まないから、洞穴内の確認へ行くわよ……」
変態をまともに相手をしていると、進むものも進まない。
クシード達は、ニヤニヤしているアマレティに構うのをやめ、洞穴内へと進むための準備を始めた。
しかし、準備を始めた途端、アマレティはその場で座り込んでしまう。
「アマレティ、休憩するのもいいけど、あたし達の準備が整ったらすぐに行くわよ。日が暮れる前に帰らなきゃならないからね」
「あのねぇ〜……、実はぁ〜、魔力がもぉほとんど無いのぉ〜」
あれだけの威力を誇った独創魔法。
それ相応に、極限まで魔力を消費し、その反動が跳ね返っているのかもしれない。
でも……。
「そうなんや。じゃあ、置いてくか?」
「クシード、そうしたいけど、流石に敵の本拠地に置き去りはマズイでしょ」
「あっはぁ〜、放置プレ……、う〜んと、今は無防備だからぁ、連れて行って欲しいなぁ〜」
多少悩むところはあるが、いくら変態でもアマレティがいなければ、レッサーテングの大群相手にタダでは済まなかったと思う。
本日のMVPを置いていくなど、本人が望んでもやるべきではないのだろう。
「しゃあないなぁ〜、今回だけやで、アマレティ。おんぶしたるわ」
「ぬへへへへへぇ〜、クシードぉ、ありがとおぉ〜」
「ちょっと待った! ゴメン、ミルフィに頼めるかしら?」
「いやいや、オレやるよ」
なんだかんだ変態でも、スタイル抜群の綺麗なお姉さんをおんぶするなんて、中々無い機会である。
是非とも背負いたいのだが――。
「レディに重たい物を持たせるのも、正味どうも――」
「あぁー! ウチ、重たくなぁぁーーいッ!! 確かにぃ、最近ちょっと太ったけどぉ〜……」
「ゴメン、そうゆうつもりで言うた訳では無かったんやけどな……」
「はーい、クシード2点目ぇ〜。女子に対する礼儀を欠いたわね」
「ミルフィ〜、ウチ重たいけどぉ〜、おんぶしてくれるぅ〜?」
ミルフィは首を縦に振って頷いた。
3点目を獲得してハットトリックを決めたらどうなるのだろうか?
それにハーレムパーティってこんなにシビアだっけ……?
「ゴメンねミルフィ、重たい物を背負わせて。洞穴内で戦闘になった時、クシードみたいなヤツでも前線に立たなきゃならないの」
自業自得とは言え、言葉の一つ一つにトゲがある。
あぁ、早く帰りたい……。
「――さっ、準備はオッケーよね。防臭スプレーするから皆んなコッチ来て!」
これからクシード達が向かうのは体臭のキツいレッサーテング達の巣窟。
洞穴内は視覚もさることながら、嗅覚も奪われる。
服や髪にも臭いがつくため、精神的なダメージにも備えなければならない。
防臭剤を綿密に散布後、クシードとパーレットは暗視ゴーグル、ミルフィは“凝視”のグリスタを装備し、工事現場で見られるような防塵マスクを全員装着して、洞穴内へと入った。
◆◆◆
「わぁ〜、真っ暗だねぇ〜」
アマレティは残り少ない魔力温存のため、インテグレイションを解除している。つまり、生身の状態だ。
魔法は、本人の魔力とグリスタ内の魔力が統合されて、初めて発動が可能になる。しかし、グリスタ内に魔力は残っていても、本人に魔力が無ければ使用できないのだ。
洞穴内は、あまり窮屈さは感じられない空間が続く一本道だった。
だが、思っていた以上に深い。
入口付近でアマレティは、“警戒”の補助グリスタで検知を行ってくれたが、検知範囲を超えている。
魔力が枯渇しかけているアマレティに、これ以上働かせるわけにはいかない。
かと言って、パーレットやミルフィは警戒のグリスタは扱えるかと言えば、扱えない。
レーダーが無い状況のため、奇襲に備えて、クシードは辺りを注意深く観察していた。
路面状況は、凹凸があり泥濘んでいる場所がある程度。
壁面は窪みや黒ずみが所々あるものの、どこかへ繋がっている様子は見られない。
単純な一本道で、奇襲を掛けられることはないだろう――。
「ミルフィ、水たまりあるで。足元注意や」
「ううう、うん、うん」
「手ぇ貸そうか?」
「だだだだだだいじょうぶぶふー……」
「ミルフィ〜、慌てなくてぇ、大丈夫だよぉ〜」
「うううん、わかっ、わかた……」
「えへへぇ〜、やっとお喋りできたねぇ〜」
「――――」
「これからぁ、もっともっとお話ししようねぇ〜」
「そうね。ここにいる3人で男子禁制のガールズトークしなきゃね」
人見知りが激し過ぎるミルフィに、パーレットもアマレティも優しく接してくれる。
今思えば、メンバーに恵まれているとクシードは感じ、マスクの下で口元を緩めていた。
変わりたいと言う思いが、こういった人たちとの出会いを引き寄せているのだろうか。
こうやって、コミュ障を少しずつ改善されていくことを願いたいものである。
ほっこりしたやりとりに気を緩めがちになるが、洞穴内は、敵の本拠地。
油断は禁物だ――。




