039-秘匿魔法
堅牢な防御力を誇った新型のレッサーテングを、炎属性の剣技“狂いの無い凶撃”で一刀両断したパーレット。
高い技術力を持つ彼女に、クシード達は興味深々だった――。
「しかしまぁ、あんだけ硬いんに、なんで真っ二つに両断できたん?」
「角度を微調整しながら、何度も色んな場所を攻撃していたら、見事に小さなキズが入ったの。角度と場所が分かったから切ったのよ!」
「ん〜? どういうことぉ〜?」
「ミルフィ、スケッチブック貸してくれる?」
パーレットはミルフィからスケッチブックを借りると、図解式で説明してくれた。
内容は、昔、動画サイトに投稿された、ニホン人がキアイムキ(居合い抜き)を披露したものに似通っていた。
素人がカタナを振り回しても、巻いた緑の物体(巻藁)を斬る事は出来ないが、達人になるとスパスパと斬ることができる内容だ。
これは、力の入れ方、カタナを振る軌道、カタナを入れる角度など、多くの技量が詰まって初めて成せる技である。
「――と言うことよ」
「うんッ! よく分からなぁ〜い」
「……まぁ、アレよ。あたしがスゴいってことよッ!」
「なるほどぉ〜、納得ぅ〜」
「そんでええんかい……」
「とりあえず、リーダーは斃したけど、一応、洞穴内も見ておきましょ」
「残党っておるんかな?」
「いないと思うわ、多分。新型との戦いの前にこれ以上の反応は無かったからね。そうでしょ? アマレティ」
「…………」
「……アマレティ、どうしたん? 何で急に黙りこんでんの?」
「……ん〜、囲まれてるぅ〜」
「……何に囲まれてとるんや?」
「まさか……、レッサーテング?」
「うん……、30匹以上はいるよぉ〜」
「……どおりで数が少ないと思ったわ」
「本隊は遠征中やったってことなんか?」
「多分そうみたいね……、みんな! 逃げるわよッ! 囲まれているなら、一点を集中突破してこの場から離脱よッ!」
「パーレット、大丈夫なんか? 鬱蒼とした森の中やと、背の低さと数でレッサーテングの方が有利やと思うで」
「足に自信ないよぉ〜」
ミルフィも顔をしかめ、首を横に振っている。
「じゃあ、全員相手にしろって言うのッ!?」
「岩壁を背にするか……」
レッサーテングは武装しているかどうかは、現時点ではわからない。
魔法壁を張りながらの戦いになると予想されるが、一斉に攻め込まれると、無傷では済まされないだろう。かと言ってパーレットの作戦では、はぐれてしまう可能性もある。
「バカじゃないのッ!? 道はあたしが切り開きながら――」
ガサガサっと草木が擦れる音がした。
「マズイわ。近くまで来てる。……クソッ! 皆んな、岩壁まで走って!」
クシード達は洞窟の入口付近まで走った。
壁を背にして、4人で前方を警戒する様に並び、各々武器を構える。
草木をかき分け、木製の防具に鉄製のショートソードや槍で武装したレッサーテングが一体、また一体と姿を現した。
サムライ戦で相手した子分達のように戦い慣れしている可能性があるだろう――。
本隊の総数は、アマレティの言う様にかなりの数――、全部で……、34匹だ。
レッサーテング達は、クシード達を取り囲む様に、半円を描いて配置についていた。
1匹の槍を持った個体が、槍の石突部で地面を勢いよく叩くと、槍を持った他のレッサーテング達も同じ動きを見せ、剣を持った者たちは剣先を空へと掲げた。
槍部隊はリズミカルに地面を叩き、剣部隊は雄叫びを上げる。
勝つために自軍を鼓舞し、敵軍を威圧だ。
異様な雰囲気がその場を包みこんでいた……。
「……こわい……」
「ミルフィ、大丈夫や。皆んなおる!」
「うんうん、だいじょうぶだよぉ〜」
「怖いのは仕方ないわね。でも、ビビったら負けよ。ここまで来たら覚悟を決めなきゃ」
地面を叩くスピードは次第に早くなり、リズムに合わせて叫び声も小刻みに発するようになっている。
士気が高まり、開戦の準備が整ってきているのであろう。
「フフン」
「アマレティ、こんな時に何笑っているのよ」
ヤバい状況になると笑ってしまう性格なのかもしれないが、状況が状況だ。
笑っている場合ではない。
「とっておきを見せたくなっちゃってぇ〜」
「何をするつもりよッ!?」
アマレティは、クシード達を見るとニッコリと微笑んだ。
「ウチが手を上げたらぁ、洞穴内に逃げてぇ〜。手加減出来ないからぁ〜」
何かを悟った様に、澄んだ瞳と笑顔でクシード、パーレット、ミルフィを見つめた。
「あっ、そうそう! 帰りはぁ〜、みんな一緒だよぉ〜。ウチを置いていかないでねぇ〜」
ゾクっと背中に感じた悪寒……。
なんだか嫌な予感がする――。
「じゃあ、行ってくるねぇ〜」
バイバイと笑顔で手を振り、アマレティはレッサーテングの集団に目掛けて駆け出した。
「おい、待てッ! アマレティッ!!」
「あんたッ! 何する気よッ! 戻ってきなさいッ!!」
「ま、ま、ま、まま……」
突然の不思議な行動。
自ら危険を晒して何をする気なのだろうか――。
レッサーテングの群れへと歩みを進めるアマレティは、雨上がりの澄んだ空を謳歌する様に、両手を広げながら天を見上げていた。
【天の奏でる鼓の旋律は破魔の雷の大瀑布。全てを解放し、そして刮目の喝采を歓迎しよう。我が求める先は至高たる楽園――】
空を見ながら歌うように聞こえるは、魔法の詠唱。
34匹と膨大な量を数を一気に相手をする魔法なんて、グリスタ内に登録されているのだろうか……。
対するレッサーテングの大軍は、アマレティの詠唱をかき消すように団結力のある大きな雄叫びをあげた――。
自分たちを鼓舞し、敵対する勢力を殺す。
その準備が整ったのだろう。
レッサーテングは一斉に襲いかかって来た。
ターゲットは当然、1人だけ前に出ているアマレティ。
1匹だけ、剣を持った足の速い個体がいるが、彼女は魔法の詠唱に集中しているのか、両手を広げたまま立ち止まっていた。
「アマレティーッ!」
クシードはデルバデルスを構え、足の速い個体に向けトリガーを引いた。
頭部を撃ち抜き始末できても、無勢に多勢……。
やり切れない思いが巡る中、アマレティは両手を上げた。
あれは、避難のサイン。
【恐れを知らないからウチは最強ッ!!】
クシード達に退避の時間を与えることも無く、アマレティが魔法名を叫ぶと同時に、上空に巨大な魔法陣が現れた。
バリバリと音を立て、稲妻を帯びている魔法陣の突然の出現に、攻め込んできたレッサーテング達も空を見上げる。
「アレは……、アレはヤバいわッ! クシード、ミルフィ! マジで避難よッ!」
パーレットの警告で、クシード達は急いで洞穴内へと移動を始めた瞬間、スタングレネードが爆発したかのように、辺りは白い閃光に包まれた。
続け様に耳をつん裂く破裂音と、大気を震わす衝撃が走る――。
そう、落雷だ。
この1発の落雷を皮切りに、何発、いや何十発、何百発もの雷が落ちてきた。
かろうじてクシード達は洞穴内に避難できたが、万雷の爆音が耳を塞いだ鼓膜に襲いかかる。
「――――――――ッ!!」
クシード達は耳を塞いでその場でうずくまり、雷が止むまで必死に耐えていた。
戦時中の爆撃で周囲を一掃しているかのような衝撃はなくなり、クシードが目を開けると、耳を塞いだまま震えているミルフィと、放心状態のパーレットがいた。
良かった、みんな生きている――。
「――――」
だが、声を掛けようも、聴力がおかしい。
大音量のライブハウスから外へ出た時の感覚だ――。
軽度の難聴から聴力が回復しつつも、洞穴の外は、黒煙に包まれて状況が掴めない。
アマレティはどうなった?
数多の落雷は、敵味方関係なく襲った。
術者は無事で済まされるのか?
バイバイと手を振り、帰りはみんな一緒だと言ってレッサーテングの群へと向かって行った。
その瞬間、嫌な予感がした。
妙な胸騒ぎがする……。
視界を遮っていた黒煙は風に攫われ薄くなっていくと、地面は草木もろとも黒く焦げ、容赦なく焦土化していた。
そして、レッサーテングの姿は跡形も無く、1匹たりとも見当たらない。
落雷の熱で蒸発したのだろうか……。
そんな過酷な環境下に1つだけ人影が見えた。
黒煙は過ぎ去り、その人影に天の光が差している。
艶やかに輝く黒髪と、亜麻色に突き出た角。
日輪の光を浴びて眩しさを感じているのか、ファッション雑誌の表紙を飾りそうなポーズで、アマレティの姿が確認できた。
彼女は生きている。
落雷の被害は一切受け付けず、綺麗な状態を保っていた。
リーダーであるパーレットは、仲間の姿を見つけると思わず叫んだ――。
「なんで、あんた全裸なのよぉぉぉぉーーーッ!!」




