003-黒鉄の巨大竜② 〜再戦〜
目を開けると青空が広がっていた。
太陽の光が優しく、そして暖かい。
クシードは上半身を起こすと、目の前には澄み切った青空と壮大な草原が映っていた。
十数分前にも似た景色を見たような気がする……。
しかし、アサルトライフルは手元には無く、着ていた真紅のロングコートも汚れていた。
3Dホログラフィーで出力され、いつも右肩に乗っていたミオは消え、本体である右腕の腕時計型PCの画面は真っ暗になっている。
……一度、状況を整理しよう。
山奥の遺跡内を調査中、急遽景色が一変し屋外に出た。
そこで、ブラックドラゴンの強襲に遭い、視界が歪む程強力な一撃を喰らったまでは覚えている。
その後の記憶は無い。
そして、不思議にも痛みは無く、身体的にも特に異常は無かった。
何か悪い夢でも見ていたのだろうか。
いや、それだと装備品の欠損などが説明つかない。
行動の記録動画を再生すれば原因が判明する。
クシードは、ミオの本体でもある右腕に装着した腕時計型PCの起動ボタンを押した。
読み込み中のピクトグラムが表示されたが、しばらく待っても次の画面に切り替わる事はなかった――。
ふと、クシードは周囲を見遣った。
後ろへ視線を送ると目に映るのは、漆黒の巨体。
およそ500〜600メートル程離れた場所で翼を羽ばたかせて上昇していた。
夢の続きを見るのは初めての経験だ。
よりによって悪夢の続きなんて不運でしかない……。
あのブラックドラゴンの飛行速度は分からないが、仮に時速40kmの自動車と同じ速度だとすると、上昇中のタイムラグと合わせて、再び戦闘になるまでの時間は、おそらく2分程度。
逃げたり隠れたりするのなら今がチャンスだが、目立った障害物も無い草原に、身を隠せそうな場所なんてどこにもない。
それにミオが起動しない今、ナノマシンスーツは機能しない。例えこの場から逃げたとしても、身体能力向上無しでは、すぐに追いつかれてしまう……。
「ミオ、頼む! 動いてくれ」
「…………」
「ミオッ!」
「…………」
クシードは何度も何度もミオの名前を叫ぶが、依然として腕時計型PCの画面は、読み込み状態のマークが表示されたままフリーズしていた。
――このままだとヤバい。
幸いにもブラックドラゴンは翼を羽ばたかせて上昇中だ。
追いつかれると頭では分かっているが、本能的に危機を感じたクシードは、ブラックドラゴンから離れるように走っていた――。
これが自然界における、“弱肉強食の世界”なのだろう。
弱い者は強い者を生かすための糧となり、強い者はより強くなる、頂点を目指す世界。
人間の資本主義の世界とはまた違う、野生界の掟……。
攻撃が通用しない、逃げることもままならない相手にどう対応するれば良いだろうか。
絶体絶命である……。
クシードは必死に撤退を図ったが、結果は予想通り。
ブラックドラゴンが地を這うネズミを喰らおうとする猛禽類の如く迫ってきていた。
背後を確認しながら走るクシードの目には、翼を広げながら爪を立て、正に降下する光景が見えている。
しかし、幸運なのかブラックドラゴンは急降下して相手を地面に抑えつける飛び方をしていない。
少しずつ高度を落としていく飛び方だ。
強襲されない分、回避に余念がある――。
圧倒的に不利だからと、このまま黙って捕食されるわけにはいかない。
ブラックドラゴンの凶刃に迫るなか、鷲掴みにされる前にクシードは横に飛んだ。
大地をゴロゴロと転がり、顔に擦り傷程度の軽いケガを負ってしまったが、行動に支障は無い。
即座に身体を起こして、ブラックドラゴンの行方を追うと、高度を上げて旋回している姿が見えた。
――再戦は避けられない。
現在残っている武器は、2丁拳銃【ファンネ&レーヴェン】と弾倉1つのみ。
アサルトライフルに比べ攻撃力の低い拳銃ではどう考えても勝ち目はない。
高い防御力と破壊力、そして俊敏な動きを見せブラックドラゴン。ドラゴンと言う生物は、古来より強さの象徴とも言えるのは納得が行く。
それに、大地を揺らす魔法のような力まで持っていた。
せめて空が飛べれば、地震攻撃の心配もなく戦えるが、残念ながら人間は空を飛べない。
クシードは下唇を噛み締めながら、翼を羽ばたかせて舞い降りてくるブラックドラゴンを眺めていた。
「――――」
「ん?」
「――ダイ――まタた……」
ノイズが混ざっていて内容は聞き取れないが、ミオの声がした。
ナノマシンスーツには赤いラインが流れ、身体能力向上が起動し身体には力が湧いてくる。
しかし、ミオが活動を再会したからと言っても安心できる状況ではない。
目の前には、はばたくことを止め、大地を揺らして着地したブラックドラゴンが、クシードに向けて威圧するように鋭い咆哮をあげていた。
もう逃げられない、とでも言いたいのだろう――。
「クシードサンッ!」
「やっと復旧したんか!?」
「オマタセ、シマシタッ!」
「大丈夫やで。目の前の敵に集中しよう」
「ハイ! ソレヨリ、オカシイト、オもイマセンか?」
「あぁ、確かにカタコトやし完全復旧ちゃうわな」
「チガイマスッ! アのドラゴン、オもタイのニトベルノデスよ!」
「重たいのに飛べる……」
言われて見れば、着地時は地面が揺れるくらいの衝撃があった。それなのにも関わらず空を飛ぶ事を可能としている。
鳥のように飛べるのであれば、もっと軽量級のハズだ。
「ドラゴンやから飛べる……じゃ解決せぇへんよな」
「イッパンテキに、オモイモノをモチアゲルときは、タクサンエネルギーを、ショーヒしますヨね?」
空を飛ぶとき、精一杯翼を羽ばたかせて上昇していた。これは魔法のようなチカラもあると思うが、いずれにしろ相応なエネルギーを消費していると思われる。
仮にそうだとすると、重量級の巨躯にも関わらず、頭が小さい。
恐竜などと同じと想定すると、草食恐竜のような身体をしている。だが、博物館で見たことがある通り、草食系は食べ物をすり潰すための臼歯が主に発達している。
このドラゴンは牙が並んでいたため、肉食系であることには間違いない。
同じ肉食獣でもチーターのように小顔な生物もいるが、チーターはスピード特化だ。
どう考えてもヘビー級のパワー型肉食獣のドラゴンの顎が小さいのは怪しい。
そして、グレネード弾を頭部へ着弾させた時に目をつむり、動きが止まっていた。
銃弾では何事もなかったのに、爆撃は有効。
あれだけ頑丈な体表にも関わらず目を閉じて、目を保護していた。
これは進化の過程なのかは分からない……。
表皮の硬化はできたが、ラクダのような瞬膜を持たず、眼球という臓器は剥き出しの状態。
ここだけ硬化ができなかった分、頭部を小さくする事で弱点を目立たなくしたのかもしれない。
斃せるかは分からないが、活路が見出せてきた。
「……ミオ、目ん玉撃ち抜くで」
「アンナ、小さいマトをでスか……」
クシードが睨みつけるように動きを注視していると、対峙しているブラックドラゴンは腕を振り上げた。
これ以上は、悠長にしていられない。
掴みかかろうとしてくるブラックドラゴンの腕をバックステップで回避し、クシードはもう一度銃を握った。
「戦闘システム、再起動ッ!」