033-出発
「あー、サッパリした」
「――――ヒ……ヒ……」
「ん?」
4人目のメンバー、アマレティが加わったその日の夜のこと。
シャワー上がりのクシードは、ミルフィの部屋のドアが少し開き、何か声が聞こえていることに気づいた。
盗み聞きは悪いと思いながらもクシードは忍び足で近づき、扉に耳を立てると――
「――トモダチ、トモダチ、トモダチ、トモダチ、トモダチ、トモダチ……イヒヒヒヒヒヒ」
友達……?
「ジョシカァーイ、コイバナァー、オデカケェー、ガールズトークゥー……ヌヒヒヒヒヒヒ」
耳の長い種族であるロンイー族の魔法剣士パーレット・キャラルと、角の生えた種族のコーヌ族で黒魔道士のアマレティ・ショコラーデ。
少しクセがありそうな美女2人が、
『レッサーテング討伐のために一時的な仲間として』
加わった。
ミルフィの部屋からは、上機嫌な言葉と上機嫌な笑い声が、ずっと漏れている……。
これは、言わぬが花と言うものだろう。
しばらくそっとしておこう……。
◆◆◆
「おっはよーッ!」
パーレットがクシードとミルフィを見つけると元気に手を振って挨拶をした。
集合場所である南門前の時計は8:15を差している。
昨日、パーレットが指示した時間通りの到着だ。
「アマレティは遅刻やんな?」
「いや、8:30に来てって昨日伝えたわ」
「何でズラしたん?」
「あたし、アマレティのことあまり信用していないのよ。だから、先に来てもらって軽く打合せがしたかったの」
アマレティに対しては信用度が低いというのは、言われてみればそうかもしれない。
天真爛漫のような不思議ちゃん系の性格と色気たっぷりの見た目から、警戒心や色んな場所が緩んでしまいそうだが、身元がよく分からない上、規制される絵を描いて堂々と店先に並べてしまう思考の持ち主だ。
「正直、クシードとミルフィは、あの厳しいキャルンさんからの紹介だったから信用ができるけど、アマレティは――」
「ごめぇ〜んッ! 待たせちゃったぁ〜?」
時刻は8:20前――。
「皆んな早いねぇ〜、結構待ってたかなぁ〜?」
噂をすれば、って言うわけでもないが、少し大きめのリュックサックを担いだアマレティがいた。
まさかの10分前行動である。
のんびりした口調から時間にはルーズな性格かと思いきや……まるでニホン人の様だ。
「……あんまり心配せんでもええんちゃう?」
「よ、用心深くいかないとダメよッ!」
「どうしたのぉ〜?」
「何でもないわッ!」「何でもないでッ!」
4人全員が揃ったので、クシード達はレッサーテング討伐へとルシュガルを出発した。
パーレットが持つ依頼書によると、レッサーテングはルシュガルから南側にある隣町ココマルタへと続く、バマ街道の途中にあるとのこと。
ルシュガルから約1ル18エツ(約6km)程歩き、18エツ(約2km)ごとにある、テーブルとベンチだけが設置された簡素な休憩所を目印に、森林部へ入った先を進むとあるそうだ。
ちなみに、1エツは約110m。
18エツで、約2km。
36エツで、約4kmとなった。
そして、36エツで、1ルと言う単位になるとのこと。
魔法といい、単位といい、相変わらず複雑な世界だ。
◆◆◆
「ねぇねぇ〜、お腹すかなぁ〜い? 簡単なお弁当作ってきたんだぁ〜。みんなの分もあるよぉ〜」
目印としていた休憩所に到着したクシード達に、アマレティは自前のリュックサックからソーセージロールとエッグサンドを取り出した。
歩きながら食べることを想定していたのか、一つ一つ丁寧に包装されている。
「アマレティ、料理上手やってんな……。実は、パーレットに頼まれてオレも作ってきてたんやわ」
クシードがリュックから取り出したもの――。
「えっ? 何それ? あたし初めて見た」
「これか? トルティーヤや」
「と、とる? トル何?」
「あー……、手巻きピザや。甘くないクレープ生地にアンチョビやらアボカドやらミンチした肉を入れてん」
ちなみにチリソースが見つからなかったので、ケチャップだけを使用している。
このメキシコ料理を見るのは初めてなのか、パーレットをはじめ、ミルフィやアマレティの女性陣の目が全員釘付けとなっていた。
「なんだかクシードの作った、手巻きピザの方が美味しそうね。あたし、“そっちだけを”頂くわ」
「ふぅ〜ん……、せっかくぅ、早起きして作ったのになぁ……」
パーレットがアマレティに対する嫌がらせ。
いくら信用度が低いからと言っても露骨だ。
「なんや、パーレット。いらんのやったら、オレが食べるで。アマレティのパンも丁寧に作られとって見た目からメッチャ美味そうやんッ! ミルフィの分も食うたろうかなぁ?」
クシードがミルフィを見ると、首を横に振って“食べる”と口パクをしていた。
「ありがとぉ〜。クシード、ミルフィ〜」
アマレティに笑顔が戻って良かったが、世の男子が羨む念願のハーレムパーティなのに、なんでこんなにも気を遣わなかればならないのだろうか……?
「――そういえば、名前以外の自己紹介とかしていなかったわね」
食事をしながらパーレットは口を開いたが、移動中の彼女はスタスタと先頭を歩いていたため、道中は特に会話も無かった。
そこで、改めて自己紹介をすることにした。
順番は、言い出しっぺからだ――。
「あたしは、火属性の魔法剣士パーレット・キャラル。武器はソードウィップで、魔法はソコソコだけど、剣技を主に使うわ。グリスタは炎の標準グリスタを3つストック。あとは……、趣味はカメラで写真を撮るくらいかな」
――ショタコンで写真が趣味となると、犯罪の臭いがする……。
犯罪予備軍の話はさておき、自らの属性と装備グリスタの内容を話すのには意味がある。
属性の公表は裏を返せば弱点を、装備グリスタは戦術を公開しているのだ。そして、ソードウィップは状況に合わせて鞭や剣になるファンタジーウェポン。
つまりパーレットは、中近距離型のアタッカーに特化していると言える。
警戒しているアマレティに、自らの情報を開示するのは、相手の出方を探っているのだろう。
「次はオレ行こうか。名前はクシード・シュラクス。武器は銃とナイフ。無属性で……魔法は使われへんし、グリスタも……装備出来ひん。スナッチで魔力を補うことなら出来るで……」
「キャルンさんからも聞いているけど、あんたそれマジで言っているのよね?」
「初めて見るよぉ〜」
クシードはなぜか申し訳ない気持ちになっていた。
「……んで、オレの隣におるのは、ミルフィ・アートヴィーレ。魔導銃を持っとるけど、ケガを治す魔法の方が得意やねん。あと、戦闘経験は浅いんで主に後衛での補助がメインになるわ。めっちゃシャイな性格やけど、よろしく」
クシードから紹介されたミルフィは、文字が書かれたスケッチブックをパーレットとアマレティに見せた。
「びっしり書いてるねぇ〜」
「えっーと、なになに……、『属性は水で、グリスタは4つまでストックできます。今は、水、水、治療、凝視を装備していまして、リザーブに、障壁を持っています。治療は2段階強化型・治療の煌めきまで、水属性の魔法は、直進する投擲槍と、一点集中連射砲が使え、ジャロースヴェリンのみ、1段階強化型まで強化できます。他の魔法は練習します。趣味は読書と食べることです。よろしくお願いします』」
スナッチブックに目一杯書かれた文章を読み上げたパーレットは、満足そうな表情をしていた。
「すごいわ。キュアルがドライツまで使えるなんて。もう、上級の白魔道士じゃん。グリスタも4つまで装備できるし、色んな魔法を習得しているとか、とてもパープルランクだなんて思えないわ」
パーレットに褒められたミルフィは、スナッチブックで顔を隠し、尻尾をくねらせながら、恥ずかしそうにしていた。
褒められて羨ましいよ――。
「最後はウチねぇ〜。ウチは、アマレティ・ショコラーデ。雷属性の黒魔道士ぃ〜。雷魔法は大体使えるしぃ、どれもドライツまでいけるぅ〜。あとぉ〜、グリスタは雷を4つと、増強、警戒ぃ〜――」
「――ちょっと待ったッ! グリスタ内の雷魔法はほとんど使えて、そしてドライツまで強化出来て、グリスタは6つもストックできるのッ?」
「本当だよぉ〜、ほら見てぇ〜」
アマレティが両手を差し出すと、6つのグリスタが出てきた。
グリスタをストックできる数は一般的には3つで、多くて4つ。5つ以上ストックできる人はかなりのレアなので、6つも装備できるアマレティにパーレットとミルフィは驚いていた。
「あとぉ〜、魔力量は超級だよぉ〜」
アマレティは、腰に身につけていたポーチから身分証明書を取り出し、パーレットに見せた。
「……うそでしょ……、なんで冒険者なんかやっているのよ」
「う〜ん、色んなところから、よく分からないスカウトが来たけどぉ〜、自由に絵が描けなさそうだからぁ、ぜ〜んぶ断ったよ〜」
「なんだか人生、損している気がするわ……」
「でもウチ、今の人生に満足しているよぉ〜」
「絵、売れたことないんに満足してんのや?」
「ん〜確かに売れないけどぉ〜、描くことの方が好きなのぉ〜」
「あっそう。どんな素晴らしい絵を描いているのか、一度見てみたいわ」
「いや、パーレット、見ん方がええと思うで」
「ええ〜、クシード、ひっどぉ〜いッ!」
――コンプライアンス違反なんだよ。
和やかな雰囲気と、実はチートキャラなアマレティに警戒心が薄れたのか、パーレットがアマレティを見る視線が少し柔らかくなった様にクシードは感じた。
「なんだか、レッサーテングの討伐は、簡単に終わりそうね。期待してるわよ、アマレティ!」
「うん! ヤバくなったらぁ、とぉ〜っておきの魔法披露するしぃ、期待しててねぇ〜」
自己紹介を終えたクシード達は、支度を整え、レッサーテング討伐へと歩みを進めた。




