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異世界ガンスリンガー 〜静女に捧げる誠実な嘘〜  作者: ジュウニシカ
第5章 仲間を求めて
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030-野に咲く漆黒の妖艶花

 クシードはレッサーテングの討伐について相談しに、ニッコーサの店へ訪れていた。

 

 予算の都合上もあるが、洞穴内は狭いこともあり、武器は拳銃であるデルバデルスで十分だそうだ。

 それより、洞穴内は暗いため、生活魔石のヴィスタを内蔵した暗視ゴーグルと閃光弾の使用も推奨してくれた。


 魔法が発達した世界なのに、暗視ゴーグル?

 

 “凝視”と言う、暗所や濃霧、砂嵐の様な場所でも視界が確保できる支援グリスタがある。

 だが、個人がグリスタを装備できる個数は3〜4個が平均的で、いくら脱着が容易とは言えど、実際は急に戦闘が始まるもの。

 

 いちいち換装させる余裕は無いので、貴重な一枠を埋めてまで装備する必要は無いそうだ。

 そのため、多くの冒険者は暗視ゴーグルを使用しているんだとか。

 


「気をつけてね、クシードちゃんッ! また顔を見せに来るのよッ!」

「暗視ゴーグル返しにまた来ますって!」


 予備も含めた暗視ゴーグルと、レッサーテング戦用の道具を揃えたクシードはニッコーサの店を後にした。

 

 時刻は午後16:00手前。


 クシードは、夕飯の食材を買いに商店街へと向かった。


 さて、今晩は何を作ろうか――。


 

◆◆◆


 

 ニッコーサの店から商店街までは、少し距離がある。


 交易が盛んなルシュガルは、東西南北から伸びるメインストリートを軸に、ニューヨークのマンハッタンで見られる様な格子型の構造をしている。


 ――コッチの道を通ってみようかな?


 クシードはいつもメインストリートをよく利用するが、路地を通ればショートカットできることもある。

 

 夕飯までは時間に余裕があるので、気分転換に通ってみることにした。知らない道を敢えて通り、街を知るのもいい機会だ。


 クシードが選んだ道は、大通りから分岐した幅5m程の道。

 人通りはまばらだ。

 


 

 少し歩くと、路上でポツンと絵を販売している露店を見つけた。

 普段であれば、気に留めることも無く通り過ぎるのだが、なんとR指定のいかがわしい絵が何十枚と並べられていたのだ。

 

 あまりにも衝撃的な光景に、クシードは二度見していた。


 コンプライアンス的に大丈夫なのだろうか?

 いずれも自主規制でモザイク処理にされる男女のあーんな絵や、こーんな絵ばかりである。


 売り主は不在なのか、小さな椅子の上には、どこか見慣れた青色の花を描いた絵があった。

 

 写真立ての額縁に丁寧に納まっている、青く小さく可憐な花。

 こればかりは唯一規制されない絵だ。


「これ……勿忘草(わすれなぐさ)(ミオソティス)かな?」


 クシードは、懐かしさを感じながら、小さな椅子の上にある、青色の花の絵を手に取って眺めていた。


 

「ゴメンねぇ〜、それ売り物じゃあないんだぁ〜」


 クシードが花の絵を眺めていると、後ろから声が聞こえた。おっとりと間延びした口調で話す女性の声だ。


「お花を摘みに行ってましてぇ〜」


 クシードが振り返り、僅かに視線を落とすと、このたくさんのヤバい絵を描いた本人であろう、頭に牛のような突き出しの角を生やした、コーヌ族の女性がいた。


 艶のある黒色で少しウェーブがかったミディアムボブヘアに、若干タレ目の黒い瞳とラメの入った淡いピンクベージュのアイシャドウ。

 グロスが効いて、ぷっくりとした唇と右下にはホクロがある。

 ミルフィやパーレットとは全く違う、オトナのオンナの色気が漂うお姉さんだ。


 そして何よりも、コーヌ族の女性は必ずと言っていいほど、豊満なバストの持ち主である。

 

 黒をベースに紫のレースが施されたシックなデザインの割に、やけに胸元が大きく開いたホルターネックのワンピースを纏っている彼女。

 クシードとの身長差からくる上目遣いという相乗効果も重なって、男の欲望がムラムラと刺激される。


「綺麗な花の絵やと思いまして、つい……」

「えへへぇ〜、ありがとぉ〜。でもぉ〜、こっちの絵も見てほしいなぁ〜」

 

 鼻の下を伸ばしながらクシードは、コンプライアンスに抵触している絵画達を見渡した。


「……芸術レベルがムチャクチャ高すぎて、ボクには分からないんですけど、やっぱり高尚な趣味を持たれた方がお求めに来るんですよね?」

「う〜ん、どぉだろぉ〜? 誰も買ってくれないからぁ〜、分かんないなぁ〜」


 ――でしょうね。


「それよりもぉ〜、……おねえ……おにい――?」

「お兄ですッ!」


 断じて、()()()では無い。


「お兄さんッ! 一枚どぉですかぁ〜?」


 って言われても、こんな絵を持ち帰ると、ミルフィにドン引きされる。かと言って、どこかに捨てるのも、それはそれで問題だ……。


「これらの絵は、よう分からへんので、出来れば花の絵の方がいいんですけど」

「ん〜、それ非売品ん〜。なのでぇ〜、コッチの絵を買って欲しいなぁ〜。1ジェルト……、う〜ん、50クレインでもいいのでぇ〜。生活に困っているのぉ〜」


「花の絵を書いた方がええんやないんですか? 現に、ボクがこうやって惹きつけられたやないですか?」

「えぇ〜、あんまり、描きたいと思わないよぉ〜」


 描きたいものしか描かない。

 芸術家あるあるだ。


「生活のためには描かなあかんと思いますよ?」

「そうだけどぉ〜……、でもぉ、実はぁ〜」


 飄々としたこのコーヌ族の女性は、少し前屈みになって腕を組み、大きな胸の谷間を強調して、クシードの隣に寄り添ってきた。


「ナ・イ・ショ・の・オ・シ・ゴ・ト、をしてるんだぁ〜」


 ……ゴクッ……。

 ないしょ の おしごと だと。

 

「気になるぅ〜? 絵を買ってくれたらぁ〜、教えてあげるよぉ〜」


 ふわりと香るジャスミンの様なフローラル系の香り。

 これは嗅覚も誘惑されてるぅ。

 

 彼女は人差し指を口に当て、クシードの顔を下から覗き込む様にして微笑えんでいた。


 これは、もしや……。


 こういった機会は、異世界に来てからはからっきしで、ご無沙汰だ。

 分かってはいる。

 分かってはいるけど、ニーズが発生している。

 需要があるので供給しなければならない。

 

「い、1じぇるとで、いちまいの、えを……」

「絵はぁ、1ジェルトでいいよぉ〜、でっもぉ〜、情報料としてぇ〜、合計……800ジェルトかなぁ〜?」

 

 財布の中には500ジェルトぐらいあったハズ。

 様々な冒険者から聞いた話だと、プロの店のプロによるプロの仕事にプロが求める費用は、平均2,500ジェルト。

 もちろん、粗悪なプロの店も存在するが、その場合は安かろう悪かろうである。


 しかし、今は2,500ジェルトを要求されてもおかしくない状況だ。

 800ジェルトなんて破格である。



 

 ……だが、ここで値段交渉をしてでも欲望に負けたら、ミルフィに何て説明すれば良いだろう。

 家ではお腹を空かせて健気に待っているのだ。

 そして現在も家賃、光熱費、食費など生活費を色々と工面してもらっている……。



 

 そうだ。

 そうなんだ。

 ここで負ければ、ミルフィを裏切ることになりかねない。


 


「……ごめんなさい。晩御飯作らなあかんのでしたわ。帰りを待ってる人がおるんです」


 断腸の思い。

 苦渋の決断。

 またしばらくは左手が頼りになる……。


「えっ! お兄さん素敵ぃ〜。カッコイイィ〜」


 コーヌ族の女性は、目を輝かせてクシードを見つめていた。

 なぜかよく分からないが、気に入られたようだ。


「そのお花の絵、お兄さんにあげるぅ〜」

「これ非売品ちゃうの?」


「気が変わっちゃったぁ〜。なのであげちゃう〜」

「……金は1クレインも払わへんけど、ほんまにいいんですか?」

 

「いいよぉ〜、あっ、でも代わりにぃ、お名前だけでも教えてほしいなぁ〜」


 名前など聞いてどうするつもりだろうか?

 電話や電子メールなどが無いこの世界で、名前だけ聞いても連絡先は分からないと思うが……。


 怪訝に思いつつも、クシードはコーヌ族の女性に名前を教えた。


「ウチはアマレティ・ショコラーデ。アマレティって呼んでね、クシードォ〜」


「ほんなら、アマレティさん――」

「アマレティッ! 呼び捨てにされたいぃ〜」


 やっぱり変な人だな、っとクシードは一瞬思ったが、大抵の芸術家は変わっている。

 逆を言えば至って普通の絵描き屋なのだろう。


「アマレティ、この花の絵、貰ってくでッ!」

「あぁ〜ソレソレッ、いい感()()()()()〜」


「……ほな、これで行くわ」

「は〜い、またお喋りしようねぇ〜、ばいばぁ〜い」


 両手を大きく振って再会を願うアマレティを背に、クシードは商店街へと向かった。


 セクシーな見た目に反して、ほんわかキュートでミステリアスな性格のアマレティ。また、お喋りをしに会いに行きたくなる不思議な魅力のある女性だった。

 

 次に会う時は、多めにお金を持って行こうと思う。



◆◆◆



「ただいまッ!」

「おかえり……」

 

「見てみ、ミルフィ。花の絵もらったんやで」

「かわいい、絵、やんな……」


「そういや、()()()何て名前の花か聞いてへんかったな」

「じゃ、じゃあ、今度、おお花屋、さんに、行って、みみよ……」


 アマレティから貰った花の絵は、リビングのテーブルの上に飾り、クシードは夕飯の支度を始めた。


 今晩のメニューは、パンをベースに、エビとキノコのアヒージョ、そしてアスパラガスとチーズの生ハム巻きだ――。


 


「そういや、この花の絵な、路地の道端で絵を売ってるコーヌ族の女の人がおって、その人からもらってん」


 夕食を食べながら、クシードは花の絵についてミルフィに話していた。


「道端……、おんなの……ひと……」


 ミルフィは目を丸くしながら、何か思い詰めた様子で言葉を口にした。


「なんや? オレ、何かヤバいことでもしてしまった?」

「あ、あの……あのな……、パパも、ママも、その、ろ、露天商の、人と、絶対に、かかわったら、あかん、って、何度も、言うて、たん、やわ……」


 なぜ露天商と関わってはいけないのか、ミルフィは理由を知らない。両親の言っている事だからと、素直に彼女は従っていた。


 何にしろ、ミルフィの両親が“絶対に関わるな”と強く忠告しているとなれば、おおよそ察しはつく。


 

 何かトラブルが起きなければ良いのだが……。

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