028-メンタルマスターにならなきゃ
「ふぅー……」
アパートの共用部にあるリビングで、クシードがアイスコーヒーを飲みながら一服していると、勢いよくドアを開けて少々興奮気味のミルフィが帰ってきた。
「くっくっく、首、ポーンッ! たたた、たっかぁーく、高く、飛んだんん、やでッ!」
「……」
山賊の弟の首が飛び、興奮している様子は、やはりサイコパス――。
いや、この異世界では当たり前なのだろう。
おそらく、あの広場にいた人たちも同じ感想を抱いているのかもしれない……。
「……ん? 首が高く飛ぶ?」
ミルフィが言うには、切り落とされた罪人の首は専用の器具に乗せられ、天高く放り投げられるそうだ。
高ければ高いほど盛り上がり、その首は顔面か脳天か、どこから落ちるか予想し合う風習がヒーズル国内であると言う。
山賊の弟の首は、鈍い音を立てて脳天から落ち、衝撃から眼球は飛び、穴という穴から脳みそが吹き出したとミルフィはニヤニヤしながら説明してくれた。
そして、しばらくは公園内にグロいさらし首となって設置され、道ゆく人々の嘲笑の的となるとのこと。
最後はオモチャ扱いなんて、罪人に人権などは存在しないんだな……。
この狂気の沙汰のイベント。
人の死を弄ぶなど、とても考えられないことだが、この異世界では当たり前の光景で、いたって普通の日常なのだろう。
命や人権について、全く違う概念を持つこの異世界。
今まで学んできた事が全て否定された気分だ――。
クシードが異世界に来てから様々な出来事があり、笑い飛ばせる様な内容ばかりだったが、今回ばかりは笑えない。
「すごい世界やんな……」
クシードはポツリと呟く。
――ストレスが多すぎて鬱になりそうだ。
元の世界で会社を経営していた時もストレスは多かったが、それとはまた別次元……。
しかし、鬱になったところで、誰か助けてくれるだろうか?
根は優しいミルフィや、リーゼあたりは手を差し伸べてくれそうだが、それでは根本的な解決にはならないと思う。
なぜなら育ってきた環境が違うから。
本音を語る事ができないとなると、誰も助けてくれない。いや、正確には助けられないのだろう。
救いが欲しいのであれば、自ら動かなければ――。
元の世界もそうだが、この異世界も案外シビアなものだ。
SNS等で人助けの動画を見て胸が熱くなることもあるが、それは普段そのようなシーンに出くわさないから。
日常茶飯だとしたら感動などしない。
経験上、本当に困った時、誰かが助けてくれる確率よりも、助けてくれない確率の方が高い。
だから、解決策は自分で見出さなければならない。
郷に入っては郷に従えと言う諺がある通り、命や人権の概念についてはこの異世界の慣習について行く必要性がある。
慣れない環境と、今まで教えられてきたことに反するが、耐えなければ――。
「……ど、どどう、したん? クシード……?」
浮かない表情のクシードにミルフィは心配そうに尋ねた。
「あっ、いや……、何でも」
「……?」
「あのさ……ミルフィ」
「ん……?」
「ミルフィは強いよな」
「つ、ちゅよい……?」
そんな訳ないと彼女は首を横に振る。
「いや、メッチャ強いで。オレには出来ひんもん」
「……?」
「あのな。オレ……、正味、毎日が怖いねん。人を初めて撃ったし、ほんで、人が死ぬところ初めて見て、めっちゃショック受けて……」
「わ、わたしも、怖いで……、まいにち……」
ギロチンで人が死ぬ場面に興奮していたのに? と思ったが、それとはまた違う恐怖だった。
ミルフィはコミュ障だ。
クシードとは出会った当初より意思疎通は図れるようになってきたが、それは毎日一緒にいるからこそ。
慣れない人との会話はやはり困難を極めている。
この世界は2100年代と比べれば生活水準は低い。となれば、教育水準も低くなると思う。
つまり、コミュ障は差別の対象。
周囲から変人として見られ、現に誰からも相手にされてこなかった。
例え相手にされても、恵まれた容姿からスケコマシに危険な目に会わされそうになったくらい。
その結果、人間不信に陥ったこともあり彼女は独りでいることが多かったそうだ。
それでも挫けることもなく、“両親のために”という強い思いで今日まで至っている。
しかし、誰かの助けを借りなければ、自身の夢も叶えることができないと分かっていた。
そんな中、クシードという異世界からの転移者と出会ったのだ。
「いや、やっぱり強いわ」
「……?」
ミルフィは言葉の意味を理解してはいないが、普通の人間ならば引きこもってしまうだろう。
信念が恐怖を凌駕するなど、並大抵なことではない。
人を撃った、死んだ、ショックを受けた。
元の世界では異常なことだが、この異世界は人の死が当たり前のように存在する。
罪悪感に駆り立てられるのも大切なことだが、押し潰されてはならない。
これは自分との戦いだ。
戦う以上、勝たなければ意味がない。
負ければ失うだけ……。
ミルフィを見ていると、心を強くならなければとクシードは感じる。
かと言って、彼女が望む魔神のいない世界を実現させるのはやはり不可能だ。
これからも探すフリを続けるが、魔神が斃されるまで一緒にいることも良いのかもしれない。
「……なぁ、ミルフィ、オレが駄目になりそうな時は回復魔法、お願いな」
「えっ……? けっ、ケガ、したら、ちちゃんと……」
「あぁ、身体もそうやけど、心の方もな……」
「……しょ、しょんな、マホー、ないで……」
「なんでもええねん……、がんばろうとか、スイーツ食べようとか」
「……?」
「――んねん……」
「ん? えっ? ん……??」
ミルフィは俯きがちに小さく呟いたクシードの言葉が聞き取れなかったが、ネガティブな言葉ではないことは分かっている。
気持ちを改めるようにクシードは顔をあげ、軽く深呼吸をすると、ミルフィを見て微笑んだ。
「頼りにしてるで。ミルフィ」
「……た……、た……よ……り……、たよ……り……」
彼女は両手で頬を抑えると顔を背けるも、しっぽは真っ直ぐに立てていた――。
◆◆◆
――言葉と言うのは不思議なもの。
言葉は多くの人が使用できる便利なツール。
中には使うのが苦手な人も一定数存在するが、誰でも使える分、使い方を誤る人も多い。
時には人を傷つけ、或いは容赦なく命まで奪ってしまう兵器と成り果てることもあるが、誰かを守ったり救ったりすることもできる。
それ以外にも人を笑わせたり、安心させたり、励ませたり――と、その用途は多種多様だ。
そんな言葉は、“言霊”と呼ばれるくらい魔法に似た力がある。
嬉しい言葉や楽しい言葉は、聴いた人間を元気づけ、逆に攻撃的な言葉は相手を傷つける。
この言霊の力は、たくさんの人が持っている能力だ。
もちろんクシードやミルフィにも備わっている。
しかし、異世界系の作品にも関わらず、彼、彼女達は一般人であるが故に、チートや無双ができるような力は持っていない。当然、覚醒の要素も見当たらない。
強力な力は授かっていないので魔神は探すフリ……、でも、この異世界を、そして社会を、過酷な環境を生きていかなければならない。
だからこそ手を取り合い、助け合い、前へ進む必要がある。
これから、クシード達には様々な試練がやってくるだろう。
そんな時は、言霊の力。
がんばろう!
だいじょうぶ!
心配するな!
何気ない言葉でも励まされることがある。
クシード達の冒険者ライフは始まったばかり。
この先、まだ見ぬ仲間が待っているかもしれない。
新しい冒険が待っているかもしれない。
彼らの異世界を駆ける冒険は、まだまだ続く。
続くったら続く――




