002-黒鉄の巨大竜① 〜接触〜
はじめは仮想空間による演出だと思っていた。
しかし調査していた遺跡に電気は通ってはいない。
それに壁や天井はなくなり、一気に開放感あふれる空間となるのは物理的にありえないことだ。
ましてドラゴンなんて創造上の生物である。
全くもって意味が分からないが、目の前のドラゴンから向けられる殺気。
黙って捕食させる気はない。
戦わなければ――。
クシードは、先手必勝と装弾数40発のアサルトライフルを構え、引き金を引いた。
ドラムロールとも思える銃声を奏でながら、高熱を帯びたビーム弾が放たれる――。
だが、蒸気機関車のように重厚で漆黒の巨躯には弾痕はおろか、キズは一つもついていなかった。
「ドラゴンってやっぱり硬いんやなぁ……」
「感心してる場合ですかッ! 次は関節部を狙ってみましょうッ!」
「分かったッ! 右腕の関節を狙うでッ!」
「はいッ! 了解ですッ! 動的狙撃補助、スタンバイッ!」
相手はドラゴン。
実際は未知なる存在。
どのような動きを見せるかわからない。
動的狙撃補助を駆使し、関節部の様な小さな箇所でも、動きながらピンポイントに狙撃を行う。
「エイムアシスト、レディ。右前足の関節部、ロックオン、レディ!」
ミオの言葉を受けたクシードは、アサルトライフルのサイト越しに標的を捉えたまま、円を大きく描く様にして動く――。
ブラックドラゴンは、目下の獲物を捕まえようと右腕を大きく振り上げた。
大きくスイングするドラゴンの右腕だが、戦闘システムを起動させ、身体能力向上の機能により身軽となった状態では回避は容易。
それに単純な軌道であるため、クシードはサイドロールで避けた。
ガラ空きとなった右サイド。
そこに銃弾を一気に撃ちこむ――。
弾切れとなるまで、トリガーを引き続けた。
エイムアシストもあり、移動して距離を確認しながらでも集中的に数十発の銃弾を浴びせる。
しかし……。
「……効いてへんな」
「無傷です……ね」
飛行からの着陸や、腕をフルスイングするなど、柔軟な動きをしているので関節部は脆いと予想したがそうでもない。
恐ろしく頑丈だ。
身体のつくりとしては、コモドオオトカゲに似て、硬い鱗の下に柔軟な筋肉を持っているのだろう――。
クシードは、アサルトライフルの銃身に附属しているグレネードランチャーに弾薬を装填した。
現在所持している武器の中では、1番破壊力がある。
「超集中で回避しながら接近し、ハイジャンプ後に頭に攻撃するでッ! 頭部にロックオンッ!」
「はいッ! 了解ですッ! 超集中スタンバイ、頭部へのロックオン、スタンバイッ!」
動体視力を飛躍的に上昇させる、超集中を駆使し、スローモーションの中の世界で相手の動きをゆっくり観察しながら接近する。
目と脳に負担がかかる機能なため、多用には向いていない。
短期で勝負を決める――。
「超集中、レディ! グレネード、ロックオン、レディ!」
準備は整った。
後は頃合いを見計らい、一気に攻める。
ブラックドラゴンにとって目の前の人間が御馳走なのだろう。鼻息を荒くし、左右の腕を交互に伸ばしてクシードを掴み取ることに必死だ。
攻撃方法はワンパターン、とても単調である――。
真っ直ぐ伸ばしてきた左腕をすり抜ける様にかわしたクシードは、上半身を捻らせながら接近し、ブラックドラゴンの頭部にアサルトライフルの照準を合わせた。
数多の銃弾を頭部に撃ち込むも、一体どんな物質で出来ているのだろうか、やはりビクともしない。
「クシードさんッ! 頭が動きますッ!」
自らやってくる。
これはチャンスだ――。
クシードは意識を集中し、超集中を発動させた。
超集中の世界ではミオの声は聞き取れない。
正確には聞き終えるまで、体感的に時間がかかるため、異常がある場合は神経に直接信号を送ってくる。
近づいている頭部とは別に両腕の動きに注意を払うも、ミオから危険を知らせる信号はない。
鋭利な牙をもって噛み付いてくるのだろう。
クシードはグレネードランチャーのトリガーに指をかけた。
口を開けた瞬間にグレネード弾を発射し、体内から破壊させる。
……が、口を開ける様子は無い。
捕食するその刹那だろうか――。
回避が間に合わないとクシードは判断し、側宙で避けると同時にグレネード弾を発射した。
放たれたグレネード弾はブラックドラゴンの顎部に着弾。甲高い爆発音を放つと同時に頭部を仰け反らせる。
――効いたか?
クシードは超集中を解除し、黒煙が立ち込む様子を眺めると、巨大な身体は静止していた。
有効と判断すれば間髪入れず早急にグレネード弾を装填。
2発目、3発目と発射する。
携行してきたグレネード弾は全部で3発。
これで、弾切れだ――。
黒煙によってブラックドラゴンの頭部は覆い隠されているため状況は不明。しかし、肉片が飛び散ってこないあたり、頭部は健在なのだろう。
あの硬い表皮にヒビでも入ってくれれば、勝機はまだある。
顔を覆っていた黒煙が風に乗り、その損害状況が徐々に判明してくると、クシードはため息を漏らした。
全くの無傷……。
「目ぇなんか閉じて……、マッサージでもしてやった感じやんか」
「一旦距離を取りましょうッ!」
クシードはバックステップで距離を取り、ブラックドラゴンの身体全体を視界に収めた。
他に攻撃が通用しそうなところ……。
クシードはアサルトライフルを構えて爪や腹部に撃ち込むも、結果は同じで、攻撃が全く通用していない。
「ど、どうしましょう、クシードさんッ!」
「今考えてんねんッ!」
クシードが所持している武器は、アサルトライフルとグレネードランチャーの他に、装弾数 12発のビーム弾型の2丁拳銃【ファンネ&レーヴェン】と、刃渡り25cmの鋼製サバイバルナイフ。
とても3階建の家に相当するサイズのモンスターと対等以上に戦える装備ではない。
そもそも、ドラゴンとの戦闘は想定外。
戦うにはミサイルの様な兵器レベルの武器が必要だが、無いものねだりである。
次の行動……。
攻撃は無力化され、助けを呼ぼうにもここは電波もGPSも届かない地域。
「逃げましょう、クシードさんッ!」
「やっぱりそれしか――――」
起伏のあるだけの草原を見渡し、撤退するためのルートをクシード達が模索していると、ブラックドラゴンの周りに光が舞い始めた。
その光は真昼間なのに輝いている。
原理は不明だが、真冬の夜空を彩るイルミネーションのような光は、戦闘中にも関わらずクシードの心を少しの間、魅了した。
この隙にブラックドラゴンは両腕を上げ、地面を叩くと大地が大きく揺れた。
「なっ、何やッ?!」
「地震ですか?!」
足元には地割れが発生し、急激に隆起しては沈む、縦揺れの直下型地震。
不可解なことに大地が割れて揺れ動いているのは、クシードの周囲だけである。
ピンポイントに、その場所だけが揺れる非科学的な現象が起こった。
転倒に備えクシードはアサルトライフルを背負った。
不規則に変動する地面にバランスを崩し、地表が勢いよく突き上がった拍子に、逆バンジーさながらの要領でクシードは空へと跳ね飛ばされた。
――まずい、空中では身動きがとれない。
「クシードさんッ! 後ろッ、後ろーーッ!!」
ミオが危険を知らせているが、クシードは後ろを確認する間も無く、視界が歪んだ――。
同時にバキバキと何かが折れて砕ける感覚もあった。