027-いつでもいつも、ホンキで生きる
隣町チェマへの護衛依頼が完了して2日が過ぎた。
クシードは人が死ぬ現場を初めて目の当たりにし、ショックは隠しきれないものの、普段通り生活をしたり仕事をしたりしながら、気を紛らわせていた。
本日の仕事は午前中で終わり。
午後からは、今住んでいるアパートの日用品を買い足しつつ、息抜きをすることにした。
よく晴れた空に活気のあるルシュガルの昼下がり――。
クシードとミルフィは買い物袋をぶら下げ、メインストリート沿いの露店でテイクアウトしたホットドッグを食べながら散歩をしていた。
先日までクシードが凄惨な現場を目撃したことをこの街は知るはずもなく、何事も無かったかの様にルシュガルは今日も平和だ――。
アパートから程よく近い公園、ラバン噴水公園。
ミルフィと初めて出会った日。ラベンダーのような花が咲いていた公園に、クシード達はやってきた。
今日はなぜか人盛りができている。
「何かのイベントか?」
「……?」
大きな催し物があるのだろうか、道ゆく人に声をかけながらビラを配っている少年がいた。
クシードは、少年に声をかけビラを1枚もらう。
「開始時刻は13:30からだから、もうすぐだよ」
少年の言葉を聞き、クシード達は公園内にあるモニュメント時計を見ると13:25過ぎを差していた。
開始まで、もうすぐだ。
公園の広場部には、何やら木製の構造物の一部が見えるが、人が多くて全貌はよく見えない。
「ミルフィ、ビラには何て書いてあるん?」
「処刑」
「……」
久しぶりに聞いたよ、パワーワード。
当たり前のようにミルフィは話すので、クシードは思わず言葉を失っていた。
「ビロッ、ギロりン! ギロチン、やで!」
「首チョンパ……」
目の前で断頭される映像が流れるというのに、ミルフィはやけにウキウキと興奮している。
もはやこれはサイコパス――。
と思ったが、クシードはその昔、歴史の授業で処刑は娯楽だったということを思い出した。たしか、20世紀ぐらいまで普通に行われていたハズ。
「ごめんミルフィ。オレ、先帰るわ」
「えっ? 見い、ひんの?」
スプラッターなシーンは映画で十分な上、これ以上リアルで人が死ぬ瞬間なんて見たく無い……。
たくさんの人が集まり、とても人が死ぬとは思えない賑わいがある中、バーンッとシンバルの音が鳴った。雑踏にまみれていた空間が、ボリュームダウンのボタンを押したかの様に静まり返っていく――。
「せぇぇぇぇーーしゅくぅぅにぃぃぃぃぃーーーッ!!!」
“静粛に”と黒いマントを纏った執行人らしき人が、メガホンを持って、取り囲む様に集まっている観衆に向かって叫んだ。
公園の時計を見れば時刻は13:30。
ついに処刑が始まる。
「定刻とぉぉーー、なりましたのでぇーー、これより、罪人の処刑を開始するぅぅぅーーーーッ!!」
再びバーンっとシンバルの音が鳴り響くと、ギロチン台のそばにあった木製の小屋のドアが開き、中から罪人が姿を見せた。
手足に重しを科せられた状態で憲兵に囲まれ、髪を引っ張られながら、罪人はギロチン台へと向かっていく。
あの顔は――。
人混みの隙間から僅かな時間だが、クシード達に罪人の顔が見えた。
この罪人の顔は、見覚えのある顔。
忘れたくても、忘れられない。
「……弟の方やんな」
「悪い、人、やもん。と、とーぜんや……」
「なんか、なおさら見られへんわ……」
「……?」
「――罪人についてぇぇぇッ! 読み上げるぅぅぅーーーーッ!!!」
黒いマントの執行人は、手に持っていた資料を見ながら、再び大きく息を吸った。
「この罪人の名前はッ! トート・クゾーサ! 兄、キーア・クゾーサと共に行動しておりッ! 兄は、ヅェルコ街道にて冒険者により始末されるぅぅーッ!!」
冒険者……。
実際にトドメをさしたのはラファレードだ。
自社の従業員が手を下したとなれば、会社のイメージダウンに繋がるのか、社名などは一才公表されなかった。
「――罪状は、窃盗及び強盗、多数ッ!! 無銭飲食に婦女暴行、多数! そして殺人、多数ぅぅーーーッ!!」
「とんでもない極悪人やん。想像超えてんで」
「ほんまや……」
山賊の弟は手足は拘束されたまま、ギロチン台に首をかけられていく。
もう助からないと分かっているのか、往生際が良く素直に従っていた。
マントの無い黒服の執行人達も、段取りよくスムーズに事が進んでいるため、手際良く落ち着いた様子だ。
身動きが取れない様に手足と首をしっかりと固定し、切り落とされた首を受ける桶もセットされた。
一つ一つ計画通りに進んでいることが確認されると、いよいよ断頭の刃を吊るしているロープを引っ張る。
キリキリキリキリ……と軋む音。
人によってはショータイムか、果てまた目を背けたくなる旋律だ。
ゆっくりと、ゆっくりと広場に広がっていく……。
全ての準備が整ったのか、黒いマントを羽織った執行人がメガホンを持った。
「罪人トートからのぉぉーーーッ! 言葉ぁぁーーッ!!」
見物客達の視線は、一斉に山賊の弟に向けられた。
しばらくの静寂が間を挟むと、罪人トートは口を開いた。
「とうちゃん、かあちゃん、アニキ……、オレもそっちへ行く。そん時は家族全員でまた楽しく暮ら――」
「ふっざけんなぁぁぁぁーーーッ!!」
「この場で同情誘う気かぁぁーーーッ!!」
「死んで当然なんだ、てめぇはーーーッ!!」
罪人トートの声は、全てを受け入れたような涙声だった。しかし、それを阻止する様に切り裂く罵詈雑言が次々と浴びせられる。
同時に誰かが石を投げつけ、罪人トートの左こめかみに直撃した。
これを皮切りに、卵やトマト、陶器、汚物など様々な物が投げつけられ、中には刃物まで投げ込む人までいた。
汚れ、ケガをし、悲痛の叫びを上げながら無惨な姿になって行く山賊の弟。だが、悲痛の叫びをかき消すかの様に罵声は続いた。
半ば暴徒と化している観衆を止める者は誰もいない。
執行人達も、次の段取りの打合せを行なっているだけで、今の状況に全く関心が無い様子だ。
今までの行いの粛清だと思うが、これ以上私刑を見るのは辛い……。
クシードは、周囲の見物客と同じ様に嬉々としているミルフィに自宅に帰ると告げると、その場から去って行った。




