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異世界ガンスリンガー 〜静女に捧げる誠実な嘘〜  作者: ジュウニシカ
第4章 めざせメンタルマスター
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026-いつも上手くゆく保障は…

 作戦会議が終わったのだろう、山賊兄弟の身を守っていた土のドームが消え2人の姿が見えた。


 アニキは大剣を大きく弧を描きながらブンブンと振り回し、威風堂々たる姿で真っ直ぐ歩いている。

 後ろの方では弟がひっそりと林の中へ移動しているのが見えた。

 

 わざとらしいくらい大袈裟な動きを見せることでアニキに視線を集中させて、影で弟が攻撃する作戦なのだろう。

 つまり、アニキは囮。

 

 随分と陳腐な作戦だ――。


 

「来るでッ!」

「ウィッす!」


 クシードの合図と共にミルフィとラファレードは詠唱を始めた。


【け、ケンコー……堅牢なななるしょうへー、障壁のかかか……、開門をきよっ、強行し、勝利ノはばばを、旗をからあげ、掲げ、yo……】


 ミルフィの詠唱の声は裏返り、噛みまくっている。

 これは……発動するのだろうか。

 緊張するのは分かるが、大事な場面だ。

 頼む、発動してくれ……。

 

【あの場所らへんに、俺らをガチで守っちゃう的な、風の領域的なものをマジで顕現させちゃうことを、マジで誓言すんよ!】


 ミルフィとは対比的にラファレードの詠唱は順調だ。

 魔法の詠唱は“キーワードを用いる”のがポイント。

 この世界では、イメージする様なカッコいい言い回しとかしなくても発動するので、詠唱のワードは発動者のセンスが問われることとなる。


 

 魔法を詠唱している2人に合わせて、クシードは左手のデルバデルスの撃鉄を起こし照準はアニキに、右手にはラーシェを構えると、弟に向けて発砲した。


 目視25m以上離れた場所を移動している弟に、護身用の小さな銃であるラーシェでは牽制にもならない。

 

 ただの威嚇射撃。

 仲の良い兄弟のことだ――。


 アニキは弟に向けられて放たれた事に驚き、首を回した。

 

「今やッ! ミルフィーーッ!」


水系魔法(さーヴァいア)一点集中連射砲(ふぉンアシゅーく)!】

風系魔法(イーレン)耐侵撃攻防一対壁(レータランル・オー)ッ!!】

 

 出力を調整して放たれたミルフィの水魔法は、ラファレードの風魔法によりはじかれた。

 

 作戦通り霧状に変化し、大剣を構え突撃してくるアニキへと撒き散らす。


「うごッ!」


 アニキは火属性のグリスタをストックしている。

 弱点は水属性の魔法攻撃だ。


 怯んだアニキは、大剣で身を守る姿勢に入ったが、攻撃力自体は無いと気づいたか水滴を腕で遮り視界を確保し、クシード達を睨みつけてきた。


「なんだぁ? シャワーの時間にさせて――」


 アニキは余裕のある言葉を発したが、今、必要なのは動きを一瞬でもいいから止めること。

 

 十分に時間は稼いだ。


「――ちゃうな、フィナーレの時間やッ!」


 距離を詰めると同時にクシードがラーシェを上空へ向けて発砲し合図を送ると、ミルフィとラファレードは魔法を解除した。

 瞬間、デルバデルスが雄叫びをあげる――。


 放たれた銃弾は、以前ニッコーサの店でオマケとしてもらった水遁弾。

 水属性を宿した銃弾で、標準弾同様にマグナム仕様だ。

 身体能力強化の魔法で防御力を高めていると思われるので、確実に撃ち抜くには標準弾より、弱点属性の弾薬の方がよいだろう。


 直線の軌道を描く銃弾は、アニキの左腿を撃ち抜くと、胴体から左足は分断された。

 

 片足を無くしたアニキはバランスを崩し、その場に倒れた。

 ちぎれた太腿からおびただしい量の血が流れ始める。

 

「おおおおおああああぁぁぁぁーーーーッ!!!」

 

 アニキの苦痛の叫びが林の中に響いた――。

 

 


 無くなった左足を抑えながら、悶え苦しむアニキ。


「お、お、俺の足がぁぁぁーーーーッ!!!」



 クシードは流れ出る鮮血に染まっていくアニキを眺めていた。

 

 ただ呆然と。

 

 彼自身は何が起こったのか理解出来ていない。

 

 クシードの思惑では軸足を撃って機動力を奪うつもりでいた。弱点属性のマグナム弾とは言え、フルメタルジャケットの形状から太腿を貫通し、風穴を開けると予想していた。


 分断や破壊など考えられない。

 

 着弾時に水魔法が発動し、推進力が下がったのだろうか……。


 いずれにしろ、この出血量だと長くはもたない。

 街まで運んでも間に合わないだろう。


「クシードさんッ! 早く撃ち殺すっスッ!」


 ラファレードが最後の一撃を求めているが、冗談じゃない。

 目の前にいるのは確かに悪人だ。

 相手は悪人でも、命を奪う行為は許されるのだろうか?


 クシードは今まで、数多の命を奪ってきたが、それは“モンスター”と言う害獣駆除。あくまで仕事であり、人間の生活を守るためにやってきた。


 しかし同じ命を奪う行為でも、人間を殺すことは御法度だと、それこそ幼い頃から魂に刻み込まれるように教育されてきた。

 例え異世界であっても、殺人に関する法律は共通するところもあるため、許されない。

 

 だが、それを今、当たり前の様に背けと言う。

 

 ()らなければ殺られるのは分かっているが、誰かを守るためでしたとか、果たしてそんな正当防衛は働くのだろうか……。

 


「アニキィィィーーー!!」


 クシードは銃口こそ突きつけているが、迷いの属性弾が強制的に装填されて引き金を引けずにいると、少し離れた場所から、涙声をあげる弟が兄の元へ駆け寄ってきた。


「アニキッ! しっかりしてくれッ!」

「……なぜ……、来た……のだ」


「アニキィィィ……」

「おい、泣くな……」


「早く治療をッ!」

「因果……応報……だ……」


「何言ってるんだよッ!」

「……逃げ……ろ……」


「へ?」

「逃げ、る……んだ」


「ア、アニキも、一緒だろ?」

「兄ちゃんは……行くところが……」


「そんな身体で、どこへ行く気なんだよッ!!」

「道を……、切り開きに、行くんだ……」

 

「意味分かんねぇよッ! だから早く治療をッ!」


 引き金を引く意思があるかないかは別として、銃を向けられているのにも関わらず、容態を心配する弟と、その弟を気遣うアニキ。

 兄弟の中は本当に良く、お互いをとても大切にし合ってきたと窺える。方向性さえ間違わなければ、素晴らしい兄弟だったに違いない。


 そんな兄弟の関係を、一発の銃弾が終わらせようとしている。


 

「ちょ、何、ボーッとしてるんすか、クシードさん!」


 ラファレードは、放心状態となっているクシードからラーシェを奪うと、山賊兄弟に向けて銃を構えた。


「……トートよ……、逃げ……ろ……」

「あ、アニキは?」


「お前は――」

 

「――テメェらクソ兄弟はここで殺してやンよッ!!」

 

「お前は、兄ちゃんの分まで生きろぉぉーーッ!!」


 残された時間を短くしてでもアニキは渾身の雄叫びを上げ、弟を守ろうと突き飛ばす。

 隻脚ととなったアニキは銃口を向けるラファレードに襲いかかった。

 

 これに対してラファレードの覚悟は、引き金を通じて、アニキの左目、口、喉に命中した。


「――――ッ!!」


 口と喉を撃たれたアニキは発声しようにも声にならない。

 それでも弟を守るため、ラファレードの首を絞めにかかった。

 

 ラファレードも黙ってはいない。

 咄嗟に腰に携えていた護身用の短剣を抜き、アニキの首へと突き刺した。


「うおおおおおぉぉぉーーーーーーッ!!!!」


 確実に生命を奪う。

 

 ラファレードの決意の短剣は、更に深傷を与えようと喉元を大きく、そして深く切り開いた。

 アニキの大動脈からは血が吹き出し、ラファレードの両手は赤く染まっていく――。


「――――――ッ!!」

「さっさとくたばりやがれぇぇーーッ!!」


 絶命するその時まで。

 ラファレードは短剣を突き刺したまま、首をさらに切り開く――。


 

 ラファレードの鬼気迫る闘志が勝ると、ついにアニキの腕は重力に従う様になり、やがて力無く、動かなくなった。

 

 

「ああ、ああ、アニキィィィィーーーーーーッ!!!」


 血塗れの肉塊となった兄の姿を見た弟は、言いつけ通り逃走を図り、林の中へと向かった。

 涙を流し、悲しみの叫びを上げながら――。


「クシードさんッ!! 弟ぉぉぉーーーッ!!」


 ラファレードは叫ぶも、クシードは銃口を向けることは出来なかった。

 ただ呆然と、嗚咽をあげながらよろめき、フラフラになりながら走り去っていく弟を眺めることしか出来ないでいた。


「マジで何やってるんすかッ!!」

 

 チャンスを逃し、見かねたラファレードは、クシードが左手に持っていたデルバデルスも奪い、小さくなった弟へ向けて引き金を引いた。


「ちくしょうッ! 当たんねぇーーッ!!」


 弟を逃がし、その場で地団駄を踏んでイラついているラファレード。その傍で、クシードはアニキの血で染められた左手を眺めていた……。


 

 初めて経験する人間同士の、最後に立っていたものが勝者である殺し合いの場。1人はこの世から去り、もう1人は林の奥へと姿を消した。

 

 この場から危機は無くなり、安全は確保される。

 

 しかし、クシードは身体の芯から凍える様な感覚が襲いかかり、呼吸は荒くなっていることに気づいた。

 顔にはじっとりと纏わりつく汗が流れ、道中、ミルフィから施されたメイクも崩れてしまっている。


「ゔっ……」


 耐え難い悪心が喉元を這い上がってくると、クシードは路肩へと駆け、吐いてしまった。


 

 

「……大丈夫っすか? クシードさん」

「うがい……する?」

「ハァ……ハァ……」


 苦しんでいるクシードを心配して、ミルフィとラファレードが駆けつけた。

 

「……ありがとう、ミルフィ、ラファレード君。大丈夫やわ……」


「クシードさん、人が死ぬ瞬間見んの初めてなんすか?」

「……うん」


 覇気のない言葉を口にしながらクシードは頷いた。


「あー、やっぱ、そーなんっすね」

「他の冒険者やと、やっぱり慣れたもんなんかな?」


「そうっすね。半年ぐらい前だっけな? 今回みてぇに襲撃されたんすけど、そん時は冒険者がサクッと殺っちまったっすね」

「普通はそうなんやろうな……」


「でも、俺もこの仕事を始めた頃は、んな感じーでしたし、初めて野郎を殺った時も一緒したね」

「だいぶ慣れてきたんやな」


「慣れたのは、見るぐれぇっすよ。いくら戦闘行為許可証があって殺人がオッケーでも、気分は良くねぇっすよ」

「戦闘行為……許可証?」

 

「今回みたいに強盗にあったら、相手を殺しても罪になんねぇすわ」

「ってことはラファレード君は、今まで何人もの人の命を?」

 

「いや、今回で3人目っすね。久しぶりなんで、やっぱいい気分じゃ無ぇっすね」

「その割には、何ともなさそうなんやな」

 

「いやいや、殺人はやっぱ悪りぃことだし、マジ後味悪りぃっすよ。でも、生きるためだとか、正義のためだとか思ってやんねぇと、マジ精神ヤベェーッスよ」

「生きるため、正義のため……か」

 

「てか、あいつらに負ける=『死』っしょ? 俺、こんなとこで死ぬ訳にはいかねぇーんスよ」

「そうやな。誰でも痛い思いをして死にたくはないわな」

 

「まーむしろ、結婚を約束した彼女がいるんで、1人遺して逝くワケには行かねーっスよ」

「…………えっ? 何ッ? 結婚ッ!?」


 出発前の雑談で、ラファレードの年齢はクシード達の1つ下の20歳と言っていた。

 この年で結婚なんて随分と早い気もするが……と思ったが、昔は医療技術が低いなどの理由により平均寿命が低かったと思うと案外妥当なのかもしれない。


「そうっス、結婚するんすよ!」

「お、おめでとう」


「あざーっす。っつーワケで、こうして生きてるってことは、クシードさんにマジでガチで感謝っすよ」

「そ、そう……なん? 何か、逆に手を汚すようなことをさせてしまって……なんて言うか、その……申し訳ない」


「何言ってるんすか。俺、クシードさんみたいに強くねぇんすよ? 弱った相手にトドメ刺しちゃったくらいッすから!」


 ラファレードはケラケラと笑顔で話しているが、本心はどうだろうか。

 殺人は気分が良くないと言っていたが、今回で3人も人を殺めたことになる。いつか理性のタガが外れ、外道の道を歩むことにならないか心配だ。


「さっ、喋ってねーで、荷物の運搬、再開っすよ! さっさとやんねぇと日が暮れてしまうしね――!」


 

◆◆◆

 

 

 一行は準備を整え終わると、早々に再出発をした。

 


 荷台へ再び乗り込んだクシードは、遠ざかっていくアニキの亡骸を口を閉ざしたまま眺めていた――。

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