021-異世界をイキルチカラ
相手から微量の魔力を奪うスナッチ。
体外の魔力と体内の魔力を統合するインテグレイション。
そして身体能力強化魔法。
強くなるための特訓を行っている様な気分だが、これらはその辺の子供でもできる様なテクニック。
裏を返せば、誰でも出来る簡単な事。
確かに、クシードが初めてスナッチが成功したその日には、10回中7回はインテグレイション状態になるまでできる様になっていた。
インテグレイションができるようになってから数日が経過したある日のこと――。
次なるステップ、身体能力強化魔法の練習のためにクシード達はルシュガルを囲う城壁沿いにある空き地へと足を運んだ。
空き地の広さは家が2棟分とまずまずの広さ。
短い雑草が少し生えている砂利敷きの敷地だが、不当に廃棄されたと思われるゴミも散乱しているので、管理が行き届いてなさそうだ。
それと、所有者の看板が見当たらないので、おそらく足を踏み入れても問題ない……ことにしよう。
「勝手に敷地に入って、怒られない様に祈らなあかんな」
「うん、そ、そやね……」
この場所をロケーションに選んだのは、それなりに広い場所に加え、高さのある城壁が目の前にあること。
ミルフィの話を聞くに身体能力強化魔法は、以前まで着用していたナノマシンスーツの機能にあった、フィジカルアシストの要領とほぼ同じであった。
数日前、街を二人で散歩している時に見つけた練習には持ってこいの場所。
この空き地にて、練習を始める。
「ほな、始めようか!」
敷地内の適当な場所で、クシードが手始めに行うアクションは、垂直跳び。
やり方は今までやってきたことの反復練習だ。
まずはミルフィから魔力をスナッチで奪う。
奪った魔力と、自身の魔力を統合してインテグレイション状態になり魔力を身に纏う。
次に空高くジャンプ、それこそ身体をバネにするイメージを思い浮かべながら、脚力に意識を向けて――
跳ぶッ!!
垂直跳びは、クシードが目標とした一般住宅の2階の床の高さ、約4mの高さまで跳べた。
幸先が良い。
身体能力強化魔法の行い方は、フィジカルアシストと同じだ。
跳躍力と着地力の確認ができたので、次は腕力。
重量挙げにチャレンジする。
空き地には、散らかるゴミに混ざって馬車で引っ張っていた荷車だろうか、木製の大きな荷車が放置されていた。
構成する部材が腐食して朽ち始めており、車輪が1つだけ無くなっている。修繕の目処が立たず放置されたのだろう。
これが不法投棄だったら犯罪だよ。
この朽ちた荷車は、それなりの重量がありそうなので、これを持ち上げてみることにした。
再びミルフィから魔力をスナッチで得て、インテグレイション。
腕と腰に意識を向けて持ち上げる。
「ぬおぉぉぉーーッ!!」
重さは何キロあるか分からないが、クシードが精一杯の力を込めると、なんとか持ち上がった。
「……すごい」
ミルフィから賞賛の声が聞こえたと言うことは、結構やる方なのだろう――。
他にも走り幅跳びや三角跳び、宙返りなど、パルクールで見られる様な様々な動きを試行錯誤試してみたが、身体能力強化魔法は、どれもナノマシンスーツでやってきたことと同じ。
動きに関しては特段、問題はなさそうだ。
問題はなさそうなので、次に確認したいことがある――。
「なぁミルフィ、かけっこせぇへん?」
「ええよ……」
実際の戦闘を想定すると、走力はかなり重要だ。
さすがに徒競走を行うには空き地内では狭い。
城壁の内側だと障害物が意外とあるため、クシードとミルフィは、ルシュガルの外側へと出た。
堅牢な赤茶色のレンガで構成された城壁は、一定間隔で上から下まで白色で塗られた場所がある。これを目印に、スタートとゴールを決める。
「この壁の白いラインがスタートで、次のあそこに見える白のラインがゴールな」
「うん、わかった……」
交易都市であるルシュガルの外周は見晴らしの良い草原地帯が広がっている。
外側の城壁周りに障壁物は何もなく、あるのは短い草花と小石ぐらい。
徒競走には最適なロケーションだ。
「ええか? 始めるで」
ミルフィはコクリと頷いた。
「手ぇ抜いたらあかんからなッ!」
クシードのやる気にミルフィも、晴天の空のように輝く青色の髪を結ってロングポニーテールにし、唇を引き締め、ゴール地点を真っ直ぐ見つめている。
真面目な性格の彼女が手を抜くことは考えられない。
クシードも銀髪を結い、足元にあった適当な石を拾うと、真上に投げた。
地面に着いた瞬間がスタートの合図だ。
ゴールまでの距離は、目測500mぐらいだろう。
全力で挑み、クシードは勝つ気でいる。
夢を叶えるために協力すると、墓穴を掘ったからでは無いが、それ以前に男である以上、女性を守る運命にある。
迷ったのであれば、優しく手をひく。
雨が降るなら傘になって守る。
守るべき対象に負けるとなっては恥ずかしい話だ。
絶対に負けられない戦いがここにある――。
投げた石が着地する刹那、クシードはミルフィからスナッチで魔力を得て、インテグレイションを成功させた。
しかし、このタイムラグで、クシードのスタートは一瞬遅れる――。
だが、出遅れるのはクシードの想定内。
これから差を詰めて、勝利を収めるつもりだ。
得た魔力を、脚力の強化に変換して身体能力を強化。
目標に向かって視線は真っ直ぐにし、膝をしっかりと上げて、地面を蹴る。
――身体が軽い。
スタートダッシュは好調。
世界陸上の舞台に立った代表選手のような気分だ。
自己新記録を更新し、世界新記録も更新する勢い。そして、更新された記録を再び塗り替えるのは、他でも無く自分。
神経を研ぎ澄まし、無音となった大地。
クシードは風を切って駆けた。
インテグレイションで得たパワーは、ナノマシンスーツのフィジカルアシストを超えている。
最高にハイな状態だ。
だが、ゴールラインを越えるまで気は抜けない。
――徒競走の軍配はクシードに上がった。
ゴールラインを大きく超えて、ようやく止まることができたクシード。
彼が後ろを振り返ると、負けが確実でも途中で諦める様子はなく、最後までキッチリと走っているミルフィの姿があった。
ただ、クシードのブルーグレーの瞳に映る光景……。
ミルフィは女性らしい、とてもふくよかなバストの持ち主だ。
真面目な顔で懸命に走るその様子とは裏腹に、男の欲望を刺激的に揺らす、シリアスとエロスのコントラストが広がる。
彼女の大人しい性格とは対照的に、主張激しくワガママに暴れている光景は、ある意味予想できたがコンプライアンス的に、そのような目で女性を見ることは完全にアウトッ!
イケナイことだと分かっている。
でも悲しき事に、見ちゃうのが男の性なんだよなぁ……。
最後まで一生懸命走ったミルフィは負けたのにも関わらず、ネコ科特有の八重歯を照れくさそうな笑顔で見せながらクシードの元へ駆け寄ってきた。
「負け、ちゃ、った……」
「……」
「く、クシード……? どどどどし、たたん?」
「……いや、何でもないで」
邪な視線を送っていたなど言えるはずがない。
けど――
ミルフィ様、ここは平地だが、高い山頂からのような素晴らしい眺めのご提供、ありがとうございました。
「なぁ、ミルフィ」
「ん……?」
「もう1本やらへん?」
「ええっ? な、なんで……?」