019-夢と希望のカケラ
「割れたんは、窓本体のみやな」
割れたガラスのカケラは燃えないゴミとして処分。そして、開口となった部分には木板を当てて応急処置。
直すには窓ガラス本体のお金と、取付施工費が必要……。
痛い出費だ。
応急処置を施した後、クシードは夕飯の支度をしていた。
蛇口から出る水やお湯と言った水道関係、コンロから出る火、冷蔵庫などの家電。これらは全てヴィスタと言う魔石で稼働している。
原理は不明だが、ライフラインが魔石で補われていると考えたほうがいいのだろう。
不本意にガラスを割ってしまったミルフィはすっかりヘコみ、尻尾をダラんと下げソファーで横になっていた。
「ミルフィ! メシやで!」
食事でもしながらメンタルケアをしなければ――。
今晩は羊肉が好きな彼女のために、スペイン料理でお馴染みのチリンドロンを作ってみた。
「あの、サーバインなんとかって魔法、なんて名前やったっけ? メッチャかっこよかったで」
「で、でも……ガラス……」
「ベニ……、木の板で塞いだからもう大丈夫やろ!」
コミュ障の改善には、周囲の人の協力と理解、メンタルケアが必要だと言われている。ただ、専門医では無いクシードにとっては地味に重労働だ。
生活費を工面してもらっている以上、弱音を言える立場ではないが――。
食事を終える頃にはミルフィも元気になり、クシード達は、寝る支度をして毎夜の様に行っている、文字の勉強会を兼ねた、コミュ障改善カウンセリングに入った。
「今日は、ヴィスタとグリスタやったっけ? 文字では無くて、そっちについて教えて欲しいな」
日常的な会話ではなく、今回はこの世界の魔法について学ぶことにする――。
◆◆◆
家庭教師ミルフィによる魔法講座は、とても複雑だった。
彼女の説明が下手と言うわけではなく、初めて聞く内容が多いからだ。
この調子だと何度も復習が必要になる。
いや、習うより慣れた方が早いのかも知れない。
しかし、魔法に関することはこの世界では一般常識だ。
勉強嫌いのクシードも危機感を覚えたのか、受講後は内容を忘れない様、“自国語”でノートにまとめていた。
勉強会から一夜明けた翌日。
クシードはいつも通りの朝を迎え、朝食の準備を始めていた。
「ミルフィ、起きやッ! 朝やでッ!」
「……」
布団から耳だけ出して、顔を隠すのがミルフィの就寝スタイル。クシードが何度か名前を呼ぶと、ミルフィは尻尾を振って反応した。
これは、“もう起きたから”の合図。何度も声を掛けると不機嫌になる。
寝坊は自己責任なので、さっさとリビングへ戻ろう――。
身支度を整えたクシードとミルフィは、お互いが揃ったところで朝食を食べ始めた。
「なぁ、ミルフィ、今日シーブンファーブンから帰ってきたら、魔法の練習してみようと思うねん」
「うん……」
「昨日の夜教えてくれたこと、また教えてな。結構複雑やったし、もう1回頼むわ〜」
「ええよ……」
クシードは、用意した朝食のベーコンエッグパンケーキを口に入れながらソイラテをかき混ぜていると、対面に座っているミルフィの視線に気付いた。
「どうしたん?」
「……なんで?」
「えっ? えっ? なにが?」
「あぶ、ない……」
「危ないって……、魔法の練習が?」
ミルフィは首を横に振った。
「モ、モノノノ……モノノケ」
――要約すると、なぜモノノケ討伐と言う危ないことをしてまで、魔神の調査に協力してくれるの? と言う内容だった。
「そりゃあ、まぁ――」
この世界で生きていくには、最低でも身体能力強化魔法の取得は必須で、今後はもっと収入のある仕事をしたい。それに、ゆくゆくは文字も覚えて自立したいのが本音。
魔神調査への協力は表向きだけで、モノノケの討伐はあくまで名目だ。
ミルフィの目的である魔神調査への協力はフリ――。
だ、なんて言えるハズが無い……。
「――受けた恩を返す……、かな?」
「……?」
ミルフィは不思議そうに目をパチパチさせていた。
「記憶を喪失しとって、見ず知らずのオレなんに、こうやって手を差し伸べてくれたからさ。ミルフィやなかったら、路頭に迷うか、最悪、もう既に死んでたかもしれんのやわ」
思えば、宿泊費も出し役所まで同行してくれて、さらに住居まで用意。しかし、なぜか同じアパート。そして生活費まで工面してくれるといった、異次元の高待遇――。
普通の人はここまで絶対にしない。
「こんなにも良くしてくれてんのに、ミルフィの平和になってもう一度両親と暮らしたいって言う夢を聞いたらさ……。それより、知っとる? 夢ってな、ジグソーパズルみたいなもので、希望のピースを繋げて作り上げるもんねんよ」
夢は希望のピースを繋げたジグソーパズル、と言う言葉は、クシードが過去に経営セミナーで聞いた受け売り。
実現させるには時間がかかる。
本人の熱意や技術はもちろんのこと、ヒト、モノ、カネ、情報等といった希望のピースが必要になり、時には運も求められる。
悩んで、迷って、コツコツとした地道な努力を重ねることになるが、完成した時の達成感は計り知れないものだ。
しかし、全てを正しく繋げなければいつまで経ってもジグソーパズルは完成しない。
複雑で正解がわからないが故に人の夢は『儚い』と言われるが、今は言う必要はない……。
「ミルフィが想い描く夢と、希望のピースを見つけるお手伝い、あと、組み立ての手伝いやな。それらができたらええなぁと、思ったんやわ――」
“だから、これからもよろしく。オレらなら出来る”といった言葉もクシードは添えようとしたが、言い止まった。
本当は魔神を探すフリ。
それっぽいことをしている間に事件が解決することを願うところだが、思いもよらない言葉がよくもまぁ、次から次へと……。
相手を信用させようとする言葉は、真実であれば良いが、そうでなければ墓穴、詐欺だ……。
幸か不幸か、ミルフィの目には涙が溢れ、朝食を食べる手は止まっていた。
「…………あり……が……とう、……ありが……とう……」
ミルフィは、コミュ障な性格が災いし誰からも相手にされていなかったが、今は協力的なヒトが目の前にいる。
希望のピースが1つ揃ったと思い、彼女は感動したのだろう。
大粒の涙を流しながら何度も、クシードに感謝の言葉を言っていた――。
自業自得とは言え、これは完全に墓穴を掘ったパターンである。純粋無垢な彼女は、間違いなく魔神調査に協力してくれると信じきっている。
ここまでくると、罪悪感を感じる……。
いや、もともと罪悪感は感じていたが、より一層大きくなっている。
遠回りに実行するのは許されるのだろうか……?
魔神よ、早く存在が世間に知られ、そして討伐されろ。
吉報が、欲しいのだ……。
「み、ミルフィ……、朝メシ、食べたら、シーブンファーブンへ行こうか……」
「うん!」
涙を拭いて、眩しく愛くるしい笑顔と、いつに無く元気な声で返事をするミルフィに、心が締め付けられるクシードであった。