018-ヴィスタとグリスタ
魔法とは、素質のある者が魔導書を読み、呪文を唱えることで発動する創作の世界でよく見られる不思議な力。
イギリスはロンドンにある、キングス・クロス駅の某プラットフォームから行けるあの作品が有名だろう。20世紀末に公開され、続編やリメイクが施されて22世紀でも人気がある。
この異世界の場合、魔法という不思議な力は、“ヴィスタ”と呼ばれるもので発動可能とミルフィは言う。
では、その“ヴィスタ”とは何か?
ミルフィの説明によると、いわゆる電化製品や給排水設備に内蔵されている魔石のことで、“ヴィー・クリスタル”、略して“ヴィスタ”と言われているそうだ。
普段の何気ない行動――、朝起きて歯を磨く時に出す水、髪をセットするドライヤー、料理で使う湯沸かしポットやコンロ、換気扇、照明、冷蔵庫……etc
クシードは、てっきり脳波式で稼働するものと思っていたが、知らず知らずの内に魔法を駆使していた。
そういえば、生活に困らない程度の魔力があったのだった。
でもなんだか思っていたのと違う……。
「……そっか。なんか魔法ってオレのイメージやと、炎を出したり、バリア張ったり、水出した――」
「グリスターッ!」
「うぉぉい、なんや急に? ナニスタやって?」
「グリスタ……」
「グリスタ?」
「グリスタ……」
「ゴメン。グリスタって何?」
疑問に思うクシードを余所に、ミルフィがおもむろに両手を伸ばすと、彼女の両掌からビリヤードの球ぐらいの大きさの水晶玉が4つ出てきた。
青色が2つと、緑色が1つ、そして黄色が1つある。
「うわッ! なんやコレッ!?」
「グリスタ……」
「これが?」
「グリスタ……」
緑色の“グリスタ”を手に取り、クシードは不思議そうに眺めていた。純度の高いエメラルドの様に綺麗で神秘的な球体である。
「ち、ちりょーの……、グリ、グリスタ……」
「治療のグリスタ? 何をするもんなん?」
「こりぇ、は――――」
ミルフィが言うには、ケガをした時に使用する回復系の魔法が使えるようになるらしい。
異世界に転移した頃、ドラゴンや蜂との戦いで負った傷も、このグリスタと呼ばれる物を使って治してくれたそうだ。
重症を負ったのにも関わらず、一瞬にして治してしまう奇跡のチカラ――。
これだよッ! コレッ!
転移前の世界の人達が想像している魔法だ。
「なぁなぁ! ミルフィッ! これ、どうやって使うんッ!?」
「――――」
「ん?」
クシードが興味津々に使用方法を聞くと、ミルフィは周りをキョロキョロと気にし出し、赤面しながら下を向いた。
多分、呪文を詠唱するタイプだ。
とてもカッコいい言葉を紡いで発動させるお馴染みの仕様なのだろう。
ただ……、言葉で簡単に説明すれば良いものの、この場で回復魔法を実演する気だったのだろう。
家族連れで賑わうレストランにて披露するのが恥ずかしかったのかもしれない。
「アパート帰ったら教えてくれる?」
ミルフィは小さく頷いた。
◆◆◆
自宅アパートの共用リビングで、向かい合って座るクシードとミルフィ。
ミルフィは、レストランでやった時と同じ様に、テーブルの上に4つのグリスタを出した。
ちなみに、グリスタは、“グリモア・クリスタル”の略で、ヴィスタとは似て非なるものだそうだ。
「グリスタ使ったらどんな感じで魔法が発動するんッ!?」
「み、みず……」
「みずッ!? 水系の魔法が発動すんのッ!?」
「……うん……」
「メッチャ気になるッ! どんな感じで発動するかメッチャ気になるッ!」
ミルフィは首を横に振った。
「なんや? 大した事無いって言いたいん? いやいや、魔法使えるなんてオレからすればスゴいことやでッ! カッコええわぁ〜」
「…………」
早く魔法が見たいと目を輝かせているクシード。
そんな彼に魔法を見せたい。
奇跡の瞬間を目の当たりにできると興奮して饒舌になっているクシードに褒められて、ミルフィは満更でもなかった。
「い、いくくで……」
嬉し恥ずかしいそうに、ミルフィは腕から出していたグリスタを、再び腕の中に吸収した。
「しゅ、しゅしゅとっく、いいいんてぐれっちょ!」
何を喋っているかさっぱりだが、健気に一生懸命な姿は、どこか小さな子供が頑張っているようで微笑ましく、なんだか可愛い。
娘の活躍を嬉しそうに見守る父親のような眼差しを向けるクシードを余所に、ミルフィはスケッチブックに何か文字を書き、スケッチブックを見ながら腕を伸ばすと、フゥーっと少し長めに息を吐いた。
【我が進む道を妨げる者。此れを突破するに必須となるは正義の槍――】
「うわッ! なんや? ビックリしたッ!」
あのミルフィが、急に流暢に喋り始めた。
【水系魔法・直進する投擲槍ッ!】
ミルフィの伸ばした右腕から、青色に鈍く光り、幾何学模様の描かれた魔法陣が現れた。
彼女の手のひらより2回り程大きい魔法陣から、勢いよく水の槍が放出され、荒ぶる轟音を立てる。
これは手品ではない。
そして、CGでも何でもない。
映画のスクリーン上では何度も見た事があるが、実際にこの目で見るのは初めてである、奇跡の瞬間。
これが、魔法――。
ミルフィは、桜色の唇を一文字に結び、眉一つ動かさずに放たれた槍の先、その一点を見つめていた。
クシードもまた、放たれた槍の先、ミルフィが向ける眼差しの先を見ていた。
「ミルフィ……、ヤバいやん……」
放たれた水の槍――。
それは万物をも貫くような勇ましさがあった。
そう、万物をも貫くような勇ましさ……。
そして、放たれた先にあったのはガラス窓。
出力の調整ができるのであれば、する必要があったのだったのだが……。
「ガラス割れてしまっとるやん……」
「…………ちゃうもん」
ミルフィの勇ましかった顔は一気に崩れてしまい、涙声で自身の行いを否定した。
「ちゃう……もん…………」
「そうやな、違うよな。魔法を見せてって言うたオレが悪いんやんな。ミルフィは何にも悪くないんやで。後でベニヤ入れとくから泣かんといて……」
クシードは必死に慰めるも、ホロホロと泣いてしまうミルフィであった。
成人女性がガラスを割ったぐらいで泣くなんて――
「はぁ……」
「……ため息?」
「ちゃうちゃうちゃうッ! 深呼吸や、深呼吸ぅ!」




