017-異世界に馴染むには
開始早々、魔神に関する調査が行き詰まってしまったクシードとミルフィ。
現代に蘇った(とされる)魔神は、世間一般では過去の存在。調査を行うには費用や労力も要する上、力を駆使する場面も想定される。
この魔神調査と言う案件は、元の世界のビジネスで言えば大赤字の案件と、非常に厄介だ。スポットの客であれば断るが、今回は大口顧客からの依頼のような内容である。
下手に断れば取引停止。
つまり、“両親のためにも頑張る”と意気込んでいるミルフィからの生活支援が、最悪絶たれると考えた方が良い。
赤字の案件を引き受けなければならないが、かと言って、赤字幅を青天井で受けるわけにはいかない。
依頼を引き受けつつ、赤字幅を最小限に、あわよくば黒字転換――。
かなりの難問だ……。
一度魔神について、リーゼと司書の話しから聞いた内容を整理してみよう。
魔神は魔界から召喚される。
そして、昔は異世界間で交易があり、友好関係でいた。
しかし、約400年前にヒーズルの国王が殺害され、以降の国交は断絶。
魔神についての情報を規制しているのは、おそらく魔神召喚は、悪人でも出来るくらい簡単なのだろう。同じ過ちを防ぐため、法律で魔神に関することや召喚を禁止しているのかもしれない。
首都カロッサ・ヴァキノにある国立図書館まで行けば、そのあたりの本に出会えるそうだが、ルシュガルから首都まで歩くのは、かなり大変だ。
定期的に出ている馬車で行くのが一般的だそうだが、旅費や宿泊費、あと観光もしたいので、この辺りの費用は現段階では用意できない。
……他にも色々と疑問点はあるが、一つだけ言えることは、魔神は現在進行形でこの世界に滞在していること。
他の街に被害が及んだと知ればミルフィも反応するだろう。
そうなる前に、何か行動を――。
「あっ、そうや」
情報が頭の中を縦横無尽に錯綜する中、クシードは一つのアイディアを思いついた。
「あのなミルフィ、生きた情報を集めてみようか」
「いきた……、じょ、情報……?」
「まぁ、あくまで“できれば”の話なんやけどな……」
このクシードの言葉にミルフィの耳は立ち、固唾を呑みながら自身の青色の瞳に彼の姿を映していた。
「その生きた情報を集めるために、オレらもモノノケ退治をしようと思うねん」
「……?」
「どうゆうことかって言うと、確かにシーブンファーブンには情報は入ってへんと思うよ。けど、出入りしとる冒険者なら何か知っとるかもしれんやん? 町外の人とかチョイチョイ見かけるし」
「……うん」
「そうゆう冒険者と仲良くなって、情報を仕入れんねん」
「仲良く……」
魔神は、現在進行形で現在もどこかで活動していると思えば、外からやってきた人達から、何かしら情報はあってもおかしくはない。
ネット社会ではないため、こういった情報は、水面に発生する波紋のように徐々に広まっていくものだ。
「――でもな、問題があんねん」
「もん、だい……?」
「そう、先日もリーゼさんに相談してたんやけど、モノノケの討伐には魔法が不可欠なんやと。でもオレ、魔法は使えてないやん?」
リーゼは丁寧に何でも教えてくれる。
彼女によると、シーブンファーブンの依頼は、魔法が使えることが前提となっているそうだ。その魔法とは、映画などでお馴染みの攻撃的な魔法のことを指している。
この攻撃魔法は2つ以上使えることを推奨しているが、あくまで推奨であり、使えなくても問題はない。
学校教育の中で1〜2個は習得するそうなので、一般的にはそこまで難しい内容ではないと言っていた。
それと、この異世界に来た頃着用していたナノマシンスーツの身体能力向上の様な、身体能力強化の魔法も存在していると教えてくれた。
この魔法は老若男女、果てまた子供まで、ほぼ全ての人が使えるそうだ。
確かにルシュガルの街を散歩していると、小柄な女性が重たい物を易々と持ち上げたり、郵便配達員がニンジャのような動きを見せていた。それと、どれほど急いでいたのか3階から飛び降りて走り去っていく人もいた。
要するに、魔法は使えて当たり前。
元の世界で言う、電子機器や電気、水道の様な存在だ。
冷静に考えれば、その辺にいる人が皆、魔法の力によって超人化している。
もれなく、か弱く見えるミルフィやリーゼも……。
考えるだけで、ここは恐ろしい世界だ――。
「モノノケの討伐には魔法を使われへんオレが、魔法を習得するのが条件になるんやわ」
整然と話すクシードに対して、ミルフィは首を横に振っていた。
やはり、無理難題なのだろう。
モノノケの討伐を行うには、魔法を使って戦う必要があるが、この世界の住人であるミルフィは、魔法は使えても、戦闘においては素人。
魔導銃と言うファンタジーウェポンを持っているが、銃を扱う様になったのはここ最近とのこと。
彼女とクシードが初めて会った時も、射撃練習をしていたそうだ。
対して、モンスター駆除の仕事をしてきたクシードは、武器や戦闘には長けているが、魔法は使えない……。
攻撃系の魔法の使用は絶対ではなく、あくまで推奨である。身体能力強化系の魔法だけでも討伐は可能とのことだが、裏を返せば強化無しでは、負けてしまうのだろう。
負けは=“死”だ。
「魔法が習得できればなぁ……」
「……」
魔法の習得について、嘆くように言葉を漏らすクシードに、ミルフィは黙って聞いていた――。
クシードが魔法の習得にこだわるのは、モノノケの討伐をしたいからではない。
本音は、この世界で生きていくため。
帰り方が分からない以上、ここで生活をしていかなければならない。
しかし、現況は文字の読み書きは不十分な上、魔法が生活に密着しているこの異世界で、魔法が使えないのは死活問題。
こうなると、まだまだミルフィの支援が必要なのだ。
魔神の調査に協力しなければ、生活支援が絶たれる可能性は否めない。
例え今まで通りの生活がおくれたとしても、勝手に動かれて、何かの事件に巻き込まれるのは厄介だ。
ならば調査に協力するフリをしながら、自立できる術を身につけた方が得策だろう。
これがクシードが思いついたアイディアである。
運良く魔法が習得できれば、モノノケ討伐という高収入の新しい仕事ができるようになり、別に習得ができなくとも、文字の読み書きさえできれば、ある程度は自立できると思う。
クシードは料理が得意というスキルがある。
この特技をつかって飲食店で勤務するのも悪くはない――。
「正味、周りから魔力無しって、バカにされるんもしんどいねん……」
「――スタ」
「ん? なに?」
「ヴィ、スタ……」
「えっ? なにッ? びーすた?」
「うん。ヴィスタ……」
「なんなん? ヴィスタって?」
「あれ……、ヴィスタ……」
ミルフィは“ヴィスタ”と言いながら天井を指差した。
「…………照明器具?」
「あと……、あれ、も……」
あれもこれもと、狂ったAIの如くそこらじゅうを指差しながらヴィスタ、ヴィスタと連呼するミルフィ。
「わかった、わかった! ヴィスタなんはわかったから! その続きを言ってくれ!」
「まままマホー……、つきゃえっ、てんで……」
「えーーっ? どうゆうこと? オレ、魔法使えてんの?」
ミルフィはコクリと頷いた。
「ヴィスタ……」
「だからなんやねん、それぇぇぇーー!!」




