015-明かされた事実
クシードが異世界に転移されて、10日間の月日が流れた。
曜日の感覚は元の世界と似ており、7日間で1週間になるが、1ヶ月は全て30日で統一されている。
それが12ヶ月間あるので、一年は360日となる。
ちなみに1日も24時間で時間感覚も同じ。
曜日感覚に違いがないのは不便ではない。
不便ではないのだ。
しかし、異世界感があんまり感じられないんだよなぁ……。
クシード達は、日中は冒険者ギルドであるシーブンファーブンで日雇い労働者として業務に励んでいる。
夜間はミルフィと言う家庭教師による文字の勉強兼、彼女の会話のカウンセリング相手をしている。
昼間に従事している仕事は、図書館で返却された本を戻す作業や、サンドイッチマンという人間広告塔など多種多様な仕事を務めていた。
他にも、この世界の識字率は思っている以上に高くない様で、文字が書けない人も少なからず存在する。そこで、ミルフィの字の綺麗さを活用した代筆業なんかもあった。
いずれも“人との会話”が少なからず必要になってくる。人との会話が困難なミルフィには難しい仕事ばかりだった。
しかし、ミルフィはクシードと共に行動することにより、色んな仕事が出来るようになり、案外毎日を楽しんでいる。
だが、賃金が安いのがネックだ……。
「うーん……今日はオフになるんか」
クシード達がシーブンファーブンへ出向くも、出来る仕事が無かった。
アパートに戻ったクシードとミルフィは共用部のリビングでまったりしていた。
シーブンファーブンには、ファンタジー系の作品ではお馴染みの冒険者ギルド同様、雑用から討伐まで毎日様々な依頼が来るが、クシード達にできる仕事は雑用ぐらいなため、仕事内容はどうしても限られてしまう。
そして日雇い労働者である以上、やはり収入が安定しない。
時間にすごく余裕が出来たクシードは、この数日間の出費をベースに、月にかかる費用を分かる範囲でまとめてみた。
結果、約14,000ジェルト以上必要とわかった。
内訳は食費が2人で、1日約250ジェルト。
これが30日続くので、7,500ジェルトと試算。
アパートの家賃は2部屋で月額6,500ジェルト。
そして日用品や光熱費などの費用も加算しなければならないが、分からないので今は算入はしない。
依頼をこなす事で得られる報酬は、2人で平均500ジェルト。今日の様に仕事が全くない日もあるので、月収は24日想定で12,000ジェルト。
どう見ても大赤字だ。
賃金がさらに低いポーションの原料採取ぐらいの仕事で、今までどうやってミルフィは生活してきたのだろう。
「なぁ、ミルフィ」
「な、なあに?」
ソファーに腰掛けたミルフィはクッキーを食べながら、尻尾でグラスを器用に掴んでアイスティーを飲み、ニコニコしながら雑誌を読んでいた。
尻尾って便利だな――。
「聞いたらあかんことやと思うけど、あえて聞いてええかな?」
神妙な面持ちで、クシードがミルフィに話しかけると、真面目な空気を感じたのか、彼女は雑誌を閉じ姿勢を正した。
「色々と良くしてもらって毎日がありがたいんやけど、収入面って大丈夫なん? なんか支出の方が多い気がするんやけど……」
「だ、だ、だい、だいりょうりゅ。あの、わたし、私、ももももと、がんばんりゅうから」
“私、もっと頑張るから”
そのいやらしいカラダを使えば――っと、クシードは一瞬思ったが冗談でも言ってはダメである。
ミルフィはかなり真面目な性格なので本気にしてしまうだろう。
「オレが同じアパートで暮らしてから生活苦しくなってる、とかは無いよな?」
「う、う、うう、うん……」
ミルフィはゆっくりと頷いてはいるも、顔を背けながら、わかりやすく歯切れの悪い返事。
何か隠しているのがバレバレだ。
「ほんまに大丈夫なん?」
「……実は」
「実は?」
「あの……」
「うん」
「パパと、ママ、から、その……仕送りを……」
「仕送り……」
解けなかった脳トレ問題の解答を聞いた様な感覚で全てを納得、スッキリした。
どうりで優雅にティータイムを過ごしているわけだ。
先日も買い物に出かけた際、白い猫のぬいぐるみを“めっちゃカワイイやん♪”と呟きながら買っていたので、思いの外、生活には余裕があるのかもしれない。
しかし、仕送りをもらってまでこの街、ルシュガルで一体何をしているのだろうか。
彼女は西側の都市、オウレの生まれだったはず。
以前、行政庁舎でオウレからルシュガルまでの距離についてクシードは教えてもらっていたが、馬車でも1週間近く掛かるくらい遠方だそうだ。
「素朴な疑問なんやけど、そもそもミルフィは、何でオウレからルシュガルに来てんの?」
毎日生きることに精一杯で、今まで疑問に思わなかったが、今改めて思うと謎である。
「…………」
「ミルフィ?」
彼女は難しい顔をしながら黙り込んでいた。
そんなに言いにくい事情があるのだろうか。
「あの……、ままままじんが、その、あらわれたたん、やわ……」
「えっーと、何や? まじん……があらわれた?」
まじんって何だ?
創作物でお馴染みの魔神のことだろうか?
何かヤバいものなら彼女の性格上、親元にいるはずだが……。
「ま、まじんって、あのーアレ、むかしの、その、キンジュツ的な、アレで、ふ、フキンの、そのーあのー、シューラクが、アレで、あの、えーと……」
「ストップ、ストーップ! 何言うてるか分からへんでーーッ!!」
◆◆◆
ミルフィの話を要約すると、本当に【魔神】だった。
数ヶ月前に西側の地方都市、彼女の出身地でもあるオウレから少し離れた場所に位置する小さな集落の住人が、全員、姿を消したそうだ。
目撃者は誰1人おらず、襲撃された痕跡が少々あるだけで、死体はおろか、血痕が無いなど不可解な点が多かったと言う。
混乱を避けるため近郊の街では、“大型のモノノケのしわざ”と報じられたが、オウレで自営業の傍ら自衛団の役員も務めるミルフィの父親は、この状況を現場で確認しているため、真実を知っているみたいだ。
そして危険を感じたミルフィの両親は、娘をルシュガルへ疎開させて今に至ると、通訳に苦戦しながらなんとか解読した。
それよりも、こんな性格の娘を遠くへやる方が危険だと思うのは気のせいだろうか……。
他に、ミルフィ自身がなぜ、シーブンファーブンに所属しているのかも話してくれた。
彼女は魔神に関して調べているそうだ。
しかし、コミュ障という性格により、調査は案の定進んでおらず、ただ親元を離れただけのバイト生活となっている。
「ごめん、イマイチよう分からへんけど、ほとぼりが冷めるまで、大人しくしとったらええんやろ?」
ミルフィはコクリと頷いた。
「でも……」
「でも?」
「――パパと、ママが、一生懸命、なんに、私だけ、何も、せんのは……」
ミルフィは暗い顔で下を向き、立っていた耳もいつの間にかヘタってしまっている。
ここしばらく一緒にいて分かったが、彼女は平気でウソをつく性格とは思えない。
とても素直で優しい女性だ。
そんな彼女の性格から察するに、魔神は本当に存在するのだろう。
「逆に、何で両親は疎開させたと思う?」
「き、キケン……やから?」
「そうやと思うで」
方法はどうであれ、我が子を大切に思うのは世界が変わっても同じだろう。
「大人になったとしても、親から見れば子供は子供のままなんやろうな。守りたいと言う思いがあんやろ。そう言った気持ちを理解したった方がええかもしれんよ」
「でも――」
「――でもやないで! わざわざ危険な目にあってどうすんねん。両親悲しませたらあかんやろッ!」
“両親を悲しませてはいけない” これはクシード自身にも言える言葉でもある。
一人息子が行手不明になっているので、もしかしたら今頃、憔悴しているかもしれない。本当は元気に生きていると伝えたいが伝えられない。
すごく、もどかしい話だ……。
「やっぱり、パパと、ママが、めっちゃ、心配、やねん……」
「心配ならなおさら――」
「――私もパパとママの力になりたいッ!!」
一切吃らず、一切噛まず、そして覇気のあるミルフィの一声。
その眼には決意が宿っているのがわかる。
「魔神の、おらん、世界で、パパと、ママと、また、一緒に、暮らし、たいねん」
ミルフィは夢を語る様に話すも、どこか憂いな表情を浮かべていた。
元の生活に戻りたい、と言う叶えたい夢はあるが、自分自身はとても無力。コミュ障な性格も災いして相談は誰にもできず、何をどうしたら良いのか分からないまま、今日に至っているのだろう。
「……どうしても両親の力になりたいんか?」
ミルフィは顔を上げ、潤んだ瞳にクシードを映すと、小さく頷いた。
「親孝行はええことや。けどな、ミルフィ……」
ゆっくりと諭す様な口調のクシードに、ミルフィはその一言一言を聞き漏らすまいと固唾を飲み、彼を見つめていた。
「さっきまでクッキー食べながら雑誌読んでたんやで。全っ然、説得力無いやん……」
「……だ、だ、だって、楽しみ、やったもん」
ミルフィは顔を紅潮させながら目線を外に逸らした。
「確かに、小一時間程並んで買ったけどさ……」
案外“この程度のやる気”の方が良いのかもしれない。
現況は資金難な上に、実力不足なところも否めない。仮に出くわそうものなら、聞いた話の内容だと瞬殺だ。
変に一生懸命になられても困る。
「……で、結局、魔神をどうしたいん?」
「まずは、その、情報を、集めて、えっと……」
ミルフィはモゴモゴと口籠もってしまった。
情報を集めて対策を練り、始末するのがセオリーだろう。
具体的な計画が無いあたり、本当にやる気があるかどうかは分からない。
ただ、両親のために頑張りたいと言う決意だけはあるとクシードは理解している。
「……情報を集めるにしても、相手は集落1つを消滅させたんやろ? 普通に考えて単独では出来ひんと思うし、多分、グループによる犯行やと思うねん。ヘタに動き回れば捕まるかもしれへんな」
「つ、捕まる?」
「いや、知らんよ。ただ、捕まったら凌辱されたり殺されたりするんのとちゃう?」
「ど、ど、どどどどどしゅたらええええののの?」
「……どうしたらええか?」
魔神に関わらないのが1番だが、そういう訳にはいかないだろう。
クシード自身は、そんな危険極まりない厄介ごとには関わりたく無い。
むしろ、手を切りたい。
だが、この世界で自立して生きていくには、ミルフィの助けがまだまだ必要だ。
それに、ものすごくお世話になっているミルフィの目的を無下に扱うのも気がひける。
人情的、そして経済的にも放っておいてはいけない。
と、思う――。
「うーん……、今のオレらに出来ることをしようか」
※本来ミルフィは吃りや、あの、えっと、といった場つなぎ表現がまだまだ多いですが、進行上、割愛している箇所があります。




