014-はじめてのおしごと
冒険者ギルド、“シーブンファーブン”への登録を終えた翌日。
AM8:30過ぎに、クシードとミルフィはシーブンファーブンへ訪れていた。
各々得意な武器を携えた冒険者達が、こぞって掲示板を眺め、人集りが出来ていた。
どの依頼なら引き受けられそうか、クシードがミルフィに聞くと首を横に振るだけで受けられる依頼は無かった。
「空振りか……」
いつまでも無収入でいるわけにはいかない。
クシードが受付を見渡すと、リーゼは見当たらないが性悪キャルン先輩受付嬢は居た。
腹ただしいがアイツに、掲示板以外の依頼は本当に無いのか聞くしかない。
「おはようございます。ちょっといいですか?」
「おはようクシード、何? どうしたの?」
「単刀直入に言うんすけど、ボクらでも受けられそうな仕事って掲示板以外に無いんすか?」
「あるよ」
「えっ、ウソやん? ほんまに?」
「うん、依頼主は向こうに座っているおじいちゃんね。さっき受付を終えたところなんだけど」
キャルン先輩受付嬢がクシード達の後ろを指差すと、杖をつきながら腰をさすっている老人が立っていた。
「最近、腰が痛くて思うように動けないから応援が必要なんだってさ」
「ケガかなんかなんすか? 魔法でも治せる気がするんですけど……」
「って思うでしょ? 病気的なヤツみたいだから魔法じゃ治せないんだよね」
先日、ミルフィにケガを治してもらったあの回復魔法なら何でも治せそうなイメージだったが、そうでもなさそうだ。
「で、仕事内容なんだけど、リアローシ退治の補助で人手が2人必要なんだって。クシードとミルフィでちょうどいいんじゃない?」
「人数はクリアできたけど、補助ってなんすか?」
「始末はおじいちゃんがするから、それまでの準備をする……感じ? 狭い場所に身体を入れることになるみたいだね」
「ようわからへんが、ソレならボクみたいなのでも出来るんすよね?」
「そう。道具一式はおじいちゃん持ちで、作業服はシーブンファーブンから貸出すよ」
作業服で退治の補助?
モンスターと言うかモノノケでは無さそうである。
「わかった。ほんで、ナンボなんすか?」
「手取りで、2,000ジェルト。もちろん2人でね。半日で終わると思うし、案外割がいいよ」
1ジェルトが何ユーロなのかは分からないが、割が良い仕事なのだろう。
「ミルフィ――」
ミルフィは、苦虫を噛み潰しすぎたシワまみれの顔で首を横に振っていた。
このコミュ障、顔芸も出来るみたいだ。
「あのなミルフィ、今日出来る仕事はこれしか無いんやで。他に仕事してへんのやろ? 真面目に働かな貧困ルートやで」
「クシードいい事言うじゃん! そうだよミルフィ、いつものポーションの原料摘みじゃ生活できないでしょ。経験だと思って受けなよ!」
ポーションの原料摘み。
少し気になるけど、めちゃくちゃ低賃金なのだろう。
クシードとキャルン先輩受付嬢に説得されて、ミルフィもしぶしぶながら、リアローシの退治補助の仕事を引き受けることにした。
異世界はじめてのおしごとである。
気合いを入れて働くぞ――。
クシードとミルフィは薄いグレーの作業服に着替え、早速依頼主の元へ向かった。
「可愛い女の子2人がこんな仕事をしたがるのだねぇ」
同じ作業服を着て、同じように髪をポニーテールに結っているから、そう見えるのだろう。
それはそれとして、“こんな仕事”とは……。
虫の知らせなのか嫌な予感がする。
◆◆◆
腰を悪くした依頼主であり、親方にもなる老人を介護する様に連れて向かった先は、ルシュガルの街内にある、1棟のアパート。
ここの1階の共用キッチン辺りにリアローシがいるらしい。
クシードは親方の仕事道具一式が入った手押し車を押してキッチンに入った。
「そのキッチンの床下にいると思うから、そこの点検口を開けてくれるかな」
ミルフィはやる気が無いのか、キッチンから距離を置いている。
例え嫌な仕事でも引き受けた以上、一生懸命するのがプロだ。嫌々引き受けたからって、気だるい態度は許されるものではない。
後で説教だ。
「親方ぁ。リアローシってどんな感じで床下におるんですか?」
「ありゃ、クシードちゃん知らないの? この建屋、木造でしょ。大引きや根太って言うか、骨組の中に住み着いているのだよ」
親方の説明に合わせて、ミルフィがタガネとハンマー、照明器具をクシードに差し出してきた。
木材の中に住み着く。
そしてこの道具一式……。
クシードは過去に一度、似たような道具を用いて、似たような作業をしたことがある。あの時はトラウマになりそうなくらいの衝撃映像を見た。
「ぱっと見、分からないよ。でもハンマーで木を叩くと軽い音がするんだね。内部が空洞になっているから音が軽くなるんだな」
ああ……分かった。
以前も同じ作業をやったことがある。
放っておくと家が傾いたり、床が抜けるやつだ。
「そして、タガネを使って、音が軽い場所を叩き割ると中に白い虫が、ウジャウジャといるんだよ」
ああもう、それ、シロアリやんけぇー……。
なんで食べ物は共通なんにシロアリは異世界用語やねん。
サイアクや。
「リアローシの大群は中々グロテクスだからねぇ。女の子はやりたがらないんだなぁ」
男の子でもやりたがらないよ。
「ミ、ミルフィ、後でこうた……い……」
ミルフィを見ると、尻尾は膨らんでおり、耳を押さえながら瞬きを一切せず真顔でいた。
わかりやすい拒否反応……。
だからこの仕事、頑なに嫌がっていたのか。
「ミルフィちゃんは、おっぱいが大きいから、点検口につっかえちゃうかもねぇ〜」
親方はデュフフと、いやらしい目つきにゲスな笑顔でミルフィの大きな胸をガン見している。
その目線に対しミルフィは、“セクハラジジイ、ブッ殺すぞ”と言いたそうな態度で、耳に当てていた手は豊かに張った胸を隠す様にして、嫌悪感を露わにしていた。
そんな2人は余所に、斫り作業をやらなければならない。あの光景が再びだと思うと、想像しただけで吐きそうだ。
「クシードちゃん。斫るだけで良いからね。後はワタシが殺虫剤を塗布するから」
この任務を成功することにより、2,000ジェルトもらえるのだ。
結構な金額なのだろう。
命に関わる仕事ではないのに高額なのだ。
お金を稼ぐと言うのは辛い。
努力して得るお金も嬉しいが、苦労して得るお金もありがたみがある。
そして、この仕事は建屋を守る仕事だ。
やらなければ家屋が傾き、やがて倒壊する。
財産や人命にも関わるのだ――。
「ふぅー……」
覚悟は決めた。
「よっしゃ、行くでッ!」
クシードは点検口に上半身を突っ込んだ。
床下は風通しが悪く、少々蒸し暑い。
“明るくなれ”と念じて照明器具を点灯し、キッチン下を支えている木材をハンマーで叩いていった。
コンッ、コンッ。
コンコンッ、コッ、コンッ。
コンッ、カーンッ。
カーンッ、カーンッ……。
ハンマーで叩いた振動で分かる。
中身が空洞のため、響く感覚がした。
場所は木材が縦と横に重なっている、つなぎ目部分付近。ここだ、ここにいる。
「クシードちゃん、その音。そこ斫るとリアローシが居るよ」
タガネを当ててハンマーで叩くと木部が壊れ、その壊れた場所から無数のシロアリが出現し、ワサワサし始める。
特に何か攻撃を仕掛けてくることはない。
急に住居を破壊されて驚き、逃げ惑う無抵抗な様子を披露するだけだ。
ただ、無数の小さな集合体が蠢く姿は想像を遥かに超えてグロい。
何も考えずに以前実施した時は、しばらく米類は食べられなかった。ミオも記録を自主消去した程である。
クシードは躊躇いつつも、意を決して木部を叩いた。
「……うわあああぁぁぁぁーーーーーッ!!!」
わずか縦横4〜5cmの面積部分に、何百匹もの小さくて白い虫がウネウネウネウネ、蠢いているぅぅぅー。
ヒィィィ、ピンピン跳ねてるのもいるよぉぉぉー。
「おやかたぁぁー、キモいよぉー、グロいよぉー、キモグロいぃぃぃーーッ!!!!」
「クシードちゃん今引き揚げるよー」
親方は、点検口から伸びたクシードの足を掴んで引き揚げた。
「あれ? 案外お尻は固いんだね〜。どんな下着を履いてるの?」
「何触っとんねんッ!!」
どさくさに紛れてセクハラされた。
ただのボクサーパンツではなく、レース付のTバックでも履いていれば満足したのか、クソジジイ。
「クシードちゃん。後はワタシがやっておくから、後片付けをお願いね」
イタタと呟き、腰をさすりながら親方は刷毛と殺虫薬を持って点検口の中を覗き込み、薬剤を塗布していった――。
シロアリもとい、リアローシ駆除業務はこれにて終了。作業終了の報告をシーブンファーブンへ行い、この日の業務は終わった。
非常にトラウマになる仕事内容であったので、三度とやりたくない。
しかし、この様な仕事でも誰かがやらなければならない。その誰かがやってくれるから、当たり前の様に良い暮らしが出来るのだろう。
現在の業務は日雇いである。
日雇い労働者は、所得が低いため負け組と言われるが、仕事に勝ち組も負け組も無い――。
世の中は、精密機械みたいなものだ。
精密機械の部品同士みたいに、複雑に繋がりあっているので、どれか一つでも欠ければ稼働しなくなる。そんな感じに世間は成り立っていると思う。
今やっている仕事に誇りを持とう。
ただ…………。
「ミルフィ。オレ、今日はメシ食べられへんわ。喉、通らへんもん」
「私も……」