012-魔力測定
ルシュガル行政庁舎。
この街、ルシュガルのほぼ中央部に位置する中枢施設。戸籍や市税、公共施設の管理等、世界が変わっても機能は同じだ。
外観はアイボリー色のレンガで構成されてシックなデザイン。地上7階建の建屋の存在感は、他の建屋とは一線を画しているが、高層建築物に見慣れたクシードからすれば何とでもない。
クシード達は入り口付近の総合案内にて身分証明書関係の部署を尋ね、戸籍管理課へ移動した。
「あのー、身分証明書を作成したいんですが……」
「再発行ですか?」
「はい、そうです。実は紛失しまして……」
「無くされた場所は覚えていますか?」
「いや……全く……です。むしろ、今までの色んな記憶と一緒に失くしてしまいまして……」
「それは、大変でしたね」
対応に当たった戸籍管理課の職員は眉尻を下げている。しかし、クシードの想定した通りの反応だ。
クシードはルシュガル行政庁舎に来るまで、街並みや行き交う人々を観察してきた。
監視カメラや業務ロボット等、電子機器が全く見当たらず、唯一あるのは街灯ぐらい。そして、自動車では無く馬車が走っていた。なぜか馬では無く、黄色いダチョウの様な鳥だったが……。
庁舎内にも電光掲示板やモニターは無く、人型AIもいなかった。
ここはインターネットのような通信回線が無いアナログの世界、歴史ドラマの様な世界なのだろう。
現に戸籍管理課のひとは、みんなペーパーの資料を広げている。つまり、電子照合関係が無いので、役所言えども管理はザルなのかもしれない。
後は同情を誘う様にすれば身分証明書が手に入るかもしれないと、クシードは考えていた。
なんだか密入国者になった気分だ……。
「――でも、彼女に助けてもらって、何とかこの街にたどり着いたんはいいんですけど、身分証明書が無いんで生活が厳しいんですよ……」
「そうですか……。では、お連れ様の身分証明書を拝見できますでしょうか?」
ミルフィは自身の身分証明書を係員へ差し出した。
クシードはミルフィに対して、記憶喪失と入庁前に説明はしており、彼女はとても素直な性格なのか、あっさりと信じてくれた。
「ミルフィ・アートヴィーレさん……。こちらに住民登録を移動されていますね。そうしましたら、アートヴィーレさんを証人として住民登録をしますので、こちらに必要事項をご記入下さい」
今思えばミルフィが居て良かった。
1人で来ていたら大変なことになっていたかも知れない。必要事項の記入はミルフィに代筆してもらうことにした。
「えーっと、クシード・シュラクスさん。21歳。お名前と年齢は覚えられていたのですね」
「手帳の切れっぱしに書いてあった……みたいです」
「……文字はお忘れなのですか?」
「あ、いや、そのー……」
しまった、怪しまれた。
「失読症……っと」
相手が物知りで助かった。
「シュラクスさんは、女性なんですね」
「男性やでミルフィ、なんで間違うねん!」
「本当に男性なんですか?」
「本当に男性なんです」
職員は、“マジで?”みたいな顔をしているが、それは良しとして、ミルフィは唇を尖らせ、尻尾を勢いよくバタバタと動かしている。
何を考えているのだ? このネコ女。
下半身を触らせて納得させてやろうか。
「資料を確認しますとシュラクスさんの住民登録は無いですね。でも、西側の言葉の訛りが見受けられますので、もしかしたら、アートヴィーレさんと同じオウレ出身かもしれませんね」
「ほんまですか。なら未記入の出身地欄、オウレ(仮)とでもしときませんか?」
「不確定要素を記入するわけにはいけませんよ」
「えっ……、じゃあ……」
「この辺は空白でいいですよ」
――案外、適当だな。
クシードは職員に質問をされながら、書ける範囲で空白欄を答えた。
「はい、書類はこれで十分ですね。あとは向こうの魔力課で魔力測定をお願いします」
「魔力測定……」
異世界系名物のアレ。
異世界転移系の主人公である以上、それとなく結果は予想できる。結果に対するコメントは何と言うべきか考えなければ――。
クシードとミルフィは魔力課にて、魔力測定室に案内された。
会議室の様にシンプルな部屋にあるのは、木製の机と台座に乗ったリンゴより少し大きいサイズの水晶玉。
テンプレじゃないか。
「クシード・シュラクスさんですね? 魔力の測定を行いますので、こちらの水晶玉に手をかざして下さい」
目元に小皺があるベテランそうな男性の担当職員に促され、クシードは水晶玉に手をかざした。
「…………」
何も変化が無い。
「シュラクスさん。すいません、一度変わってもらってよろしいでしょうか?」
担当職員が水晶玉に手をかざすとライトグリーンに変わった。
「故障はしていませんね……」
「なぁ、ミルフィ、ちょっとやってみてや」
ミルフィが手をかざすと濃い青色、ロイヤルブルーだろうか、綺麗な青色に変わった。
「ああぁースゴッ! スッゴォォいぃぃぃーーッ!!」
まるで世紀の大発見でもしたかの様に、驚愕の声を担当職員はあげた。
「特級ッ! 特級の魔力量じゃあないですかぁーーーッ!!」
「そんな……、すごいんですか?」
「凄すぎますよぉーーーッ!!」
職員いわく、魔力の量は、9段階に分けられるそうだ。
1.低級
2.中級
3.准上級
4.上級
5.准特級
6.特級
7.超級
8.神級
9.オメガ級
最後のオメガ級の意味はよく分からないが、神級やオメガ級になるほど魔力量が多いそうだ。
一般的な魔力量は、中級〜上級なため、特級のミルフィの魔力量はものすごく多いのだろう。
担当職員に称賛されたミルフィは、『どう? 私メッチャすごいやろ? フッフーン♪』と言わんばかりのドヤ顔で、元々大きく張っている胸をさらに張り、尻尾を踊らせる様にフリフリと振っていた。
コミュ障ってこんなに表情豊かなのだろうか?
しかし、良い流れである。このままいけば良い結果が出るかもしれない。
クシードは再度水晶玉に手をかざした。
「……」
水晶玉は無色透明のままで全く反応が無い。
「シュラクスさん……。あのー、非常に申し上げにくいのですが……」
担当職員の申し訳なさそうな態度から結果は予想は出来た。
クシード・シュラクスも、数ある異世界転移系の主人公の1人である。
こう言うのは大体、計測不可能なチート級の魔力を秘めているのだ。この後、最強とか覚醒とか無双とか、カッコいいワードの発言が控えている。
そのはずだ。
間違いない。
絶対そうだ……。
◆◆◆
結果は無属性で魔力無しだった。
正確には、生活する上で何とかギリギリ困らない程度の魔力量らしい。
よーく見ると水晶玉は薄らと曇っていた。
――なんなんソレ?
これが転移特典ボーナスなんか? 女神様よぉ……。
元々魔力の無い転移者は魔法は使えないが、ストーリーの都合上、支障が生じるので申し訳程度与えてみました〜☆って感じやんか。
担当職員の話によると、色は属性を表し、魔力量は濃淡で現れるとのこと。
属性と魔力量は持って生まれた才能だそうで、属性は生涯を通じて同じであり、魔力量は個人差はあるが、普通は努力しても増えるのは少しだとか。
つまり、ライトグリーンだった担当職員は、中級の魔力量を持った風属性で、ロイヤルブルーのミルフィは特級と言うかなりの魔力量を持った水属性となる。
無属性の人も少なからず存在するが、魔力量が多い場合は結露した窓の様に曇る様だ。
ミルフィは恵まれた容姿と膨大な魔力量の持ち主。
天は二物を与えて良かったのだろうか――。
「はぁーーー……」
長いため息が出る。
身分証明証の発行手続きを終え、何事もなく仮発行証を受領したクシードは、ルシュガル行政庁舎付近にあったベンチに座ってヘコんでいた。
道ゆく人は、武器を携えていたり、中肉中背なのに重たいものを軽々しく持って歩いている。
ここはお馴染みの剣と魔法の世界なのだろう。
身分証明書の仮発行時、魔力の性質が同じ人はいないと説明を受けた。
何かと個人の判別に役立っているみたいだ。
つまり、指紋や虹彩の様な生体認証として機能していると思えるので、かなり生活に密着している。
それなのに魔力の量は、生活する上で何とかギリギリ困らない程度。少しでも無駄遣いをすると魔力切れとなってしまう。
この先、大丈夫なのだろうか……。
「この先、どうしたらええんやろうなぁ……」
「あの……、ね、ね、ねぇクシード」
いつもの朗読口調でミルフィは声をかけてくれた。
彼女の目から見て、無属性の魔力ほとんど無しってどうゆう風に映っているのだろうか。
「ラ、ラララランチェ、行って……えっと……、げん、げんき、だだだぞー」
気分転換のランチタイムのお誘い。
最初は危険な人だと思ったが、本当は優しい性格だ。
だけど、ショックの方が勝り、食事は喉を通る気がしない。
しかし、ミルフィの優しさを無下にすることはできないクシードは、彼女と共にランチへと向かった。