011-夢のような真実
ミルフィはクシードの事を男装をした、“ボクっ娘系女子”だと思っていたそうで、口をあんぐりと開けたまま、首を左右に振っている。
なんだか、故障したサイボーグみたいだ。
クシードは、その特殊な見た目からしばしば女性に間違われることがある。その時は、身分証明書を提示しているが、当の証明書は元の世界だ。
例え持ってきたとしても、文字が共通ではないので伝わらない。
オトコのカラダを見せれば、納得するだろうけど……。
「あ、あのさ、ミルフィ。オレの胸触ってみ? 筋肉つきにくいカラダやけど、硬いハズや」
「…………」
ミルフィは少し躊躇った後、顔を背けてながら恥ずかしそうにクシードの胸部に触れた。
コッチも恥ずかしくなるから、堂々と触ってくれればいいのに。
第三者から見ると、“何やっているんだこの2人は?”と、怪しい関係に見えていることだろう……。
クシードの胸部を確認すると、ミルフィは華奢で繊細さが残るしなやかな指で、自身の豊満な胸を感触を確かめた。
甘そうな吐息を漏らしながら、這う様に動ている指先を通して、マシュマロの様な弾力が伝わってくる。
しばらくサービスタイムが続くと、ミルフィは不思議そうな顔をしながら、首を傾げ、無理にでも納得する様に小さく頷いた……。
世の中には色んな人がいるのだよ――。
どうしても納得出来ないのであれば、下半身を露出する覚悟ではいるが、それはそれで、また別の異世界に連行されるのでやめておこう。
「ま、まぁ、お姉ちゃんでもお兄ちゃんでも、家族であることには変わりは無いし会話の練習、続けるで……」
会話の練習内容は至ってシンプルである。
クシードがよくある簡単な質問を行い、ミルフィが答えると言う内容。
もはやカウンセリングと言った方が正しいだろう。
「メインディッシュの白身魚のポワレです! 2種のキノコにクリームソースを添えてあります! 楽しいお時間をどうぞッ!」
明るい声で元気よく現れ、親指を立ててサムズアップのサインを出したボーイ。
席の空気に合わせて態度とか変えなくてもいいのに……。なんて言うか、素直なんだろうな。
メインディッシュを頂きながら、クシードとミルフィはカウンセリングを始めた。
◆◆◆
ミルフィの年齢は21歳で、クシードと同い年であった。
出身は、オウレと言う西側にある都市出身だが、当然、地理は全く分からない。
趣味は読書だそうだ。
今読んでいる本は、冒険ファンタジー系の様で、他にも恋愛小説や学園青春系など、深掘りしてよいのか分からないジャンルも好きみたいだ。
そして職業。
1番気になるところである。
クシードは、ミルフィを通して仕事を紹介してもらおうと思っていた。彼女の性格上、図書館等で黙々と執務を全うしているのかと思いきや――。
「し、ししし、しブン、しーぶぶブぶブん――――」
“シーブンファーブン”と言う、いわゆる冒険者ギルドに所属していることが分かった。
様々な依頼がギルドに集まり、所属する冒険者がその依頼を遂行し報酬を得るのは、もはやテンプレ。
まともに喋れない彼女がなぜ冒険者ギルドに?
と思うが、それでもまかり通るのが異世界なのだろう。
この冒険者ギルドへの登録はとても簡単で、身分証明書を提示するだけで出来るそうだ。
「身分証明書なんてどこで発行できるん?」
「アノ、えぇート、あのぉ、ややややく、やくそう……」
やくそうではなく、役所があるらしい。
キシュガル行政庁舎と言うみたいだ。
どこの世界でも戸籍の管理は役所で行っているとなると、機能も同じなのだろう。
――なんだか、書類作業がメインになりそうだ。
「ごめん、ミルフィ。オレ、文字とかほんまに書かれへんから一緒に行く……」
いや、彼女にも予定があるだろう。
こちらの都合を押し付けるわけにはいかない。
「……一緒に行くとかは、あかんよなぁ?」
「行クいクイく、いク、イクぅーーッ!!!」
サンタクロースからプレゼントが届き、テンションが爆上げしている子供のように、ミルフィは嬉々としている。
「……ほ、ほんま? ありがとう……」
しかし、急に圧が強くなりクシードは引いていた。
出身、趣味、仕事など簡単な個人情報を伺っている内に、ボーイがデザートの配膳に来た。
終幕が近づきつつある。
ひとつの質問に対して、答えがわかるまで時間を要したため、あまり多くの情報を得られなかったが、この世界のことや、彼女の素性について知ることができ、有意義な時間を過ごした。
ただ……。
「あのさ……、ミルフィ」
とても有意義な時間であったが、クシードは1つだけ、彼女に言わなければならないことがあった。
恥を承知で伝えなければならない。
とても大事なことがある。
「オレ……、実は……、今晩、泊まるとこないんやわ」
異世界生活初日。
ただ今絶賛、ホームレス中だ。
「宿泊先をどうか――――」
「ええぇ……」
◆◆◆
壁に掛かっている時計を見ると、おそらく午前7:00過ぎ。いつもより60分以上と大いに寝坊だ。
昨夜、ミルフィとは午前8:00に宿のロビーで待ち合わせしようと約束している。
食事代といい、ホテルの宿泊代といい色々と面倒を見てもらった。ミルフィはこの上なく、最高に素晴らしい女性である。きっと親の教育がしっかりしていたのであろう。
クシードは朝日が差し込む窓に向かい、外の景色を眺めた。
石畳の道路沿いには赤、青、黄、緑、白、桃色等々、色彩豊かなレンガ調の建屋が並んでいる。どれも似たような外観のため、色で区別しているのは一目瞭然だ。
これらの建物は異世界系では、もはやお馴染みだ。
少し違うのは照明や水道、給湯、空調設備が整っている所だろうか――。
イマイチ原理は分からないが、こうした電気や水道等は、どれも心の中で念じると操作ができたので、脳波式なのだろう。
だが、コンセントは無かった。
充電できそうなスタンド類も無いため、ミオや2丁拳銃の充電は出来ないままである。
クシードは窓からの景色を眺めた後、もう一度ベットに横たわり天井を見上げた。
昨夜寝る前と変わらない天井から思うに、これは夢でもなければ仮想空間でもない。
ケガをしたら痛かったし、食べた暖かい食事は美味く、人の温もり? のようなものも感じられた。
五感で感じてわかる。
これは紛れもない現実だと。
思えばミオは、異世界に来るのは何かに選ばれたからと言っていた。
立候補した記憶は無いのに当選するとは迷惑な話である。そして、帰れるかどうかは、例え目的を達成してもケースバイケースだとか。
「はぁー……」
まさか漫画やアニメの様な出来事が現実に起きるとは……。
今後の生活を考えると不安でため息ばかりが出ていた。
クシードがふと掛け時計を見ると、午前7:45頃を差していた。
おもむろに支度を整え、ロビーへと向かった。
午前8:00。
約束の時間。
ミルフィは来ない。
午前8:10。
約束の時間から10分が過ぎた。
ミルフィはまだ来ない。
午前8:30。
約束の時間から30分が過ぎた。
やはりミルフィはまだ来ない。
これは、おそらく来ないのだろう。
電気・水道類はあるが、なぜか電話は存在しないため彼女とは連絡が取れない。
普通に考えれば当然……か。
初対面なのにも関わらず宿泊代を要求するような男だ。
ものすごく驚いてた顔が思い出される。
クシードは、ミルフィが迎えに来ることはないと諦め、役所へは1人で行こうと、宿の受付で地図を書いてもらい、出発した。
しかし、宿のドアを開けた瞬間、図ったかの様に紙袋を両手に持ったミルフィが宿屋に駆けつけてくれたのである。
「――メン――ね、う――った」
申し訳無さそうな顔をしているので、多分謝罪しているのだろう。
「なかなか来んから、心配したで」
こうゆう時は何て言えばいいのだろうか。
気の利いたセリフが――。
などとクシードが考えた矢先、ミルフィは視界を遮るかの様に、いきなり両手を突き出してきた。
手を伸ばすと身体に触れることができる距離だったため、両手に持っていた紙袋がクシードの顔にめり込む。
顔の右半分は暖かくて左半分は冷たい。
「えっと、あの、あしゃしゃごごーはん、を、かっ、かっ、買って、きたで。い、いいい、あの、イショショに――――よ」
――多分、朝ごはんを一緒に食べよう。
この口調は紙袋に文章が書いてあるパターンだろう。
昨夜の食事会でミルフィとの距離感は縮まったのは良いが、物理的には縮まり過ぎている。
もう1〜2歩下がった方が、良い距離感なんだけどなぁ。
クシード達は、近くにあったベンチに2人並んで座り少し遅めの朝食を頂いた。
ミルフィが買ってきたのは、アイスティーとBLTのカンパーニュ、ソーセージのサンドイッチ
「美味いやん、コレ。ミルフィの手作りなん?」
「……」
ミルフィは、顔を横に振ると、アイスティーが入っているコップに指を差した。緑色で印刷された髪の長い自由の女神の様なロゴがあったので、どこかで買ってきたのだろう。
「ええ店知ってんのやな」
クシードは、サンドイッチを頬張りアイスティーを飲んでいると、その様子をミルフィは見つめていた。
「どうしたん?」
クシードが問いかけると、ミルフィの視線は彼の足元へ向き、つま先まで見た後、もう一度視線を頭に戻した。
「…………きた、ない」
「汚いッ?!」
確かに昨日の戦闘で服は擦り切れ、汚れもある程度は落としたが完全では無い。だが、昨夜はドレスコードがあってもおかしくはない様なレストランでも問題なく食事が出来たのだ。
今更、何の装飾も無く、そして吃ることも無く、ただシンプルに、ドストレートな表現で言われても……。
おまけに無表情なので、普通に傷つく。
いくら距離感は近くなったとは言え、それはない……。
きたないクシードを見たミルフィは、役所へ行く前に服を買いに行こうと提案した。
◆◆◆
服選びに案外手間取り、太陽は高くなっていた。
ボロついた真紅のロングコートと、機能しないナノマシンスーツから心機一転、赤色のタンクトップなのかベストなのかよく分からないトップスに、ローライズの黒のスキニーパンツに衣装チェンジ。
この世界の流行りなのか、なぜかヘソ出しスタイルだ……。
ミルフィも買い物をし、2つのショッピングバッグを引っさげている。
キレイなクシードにもなり、ミルフィはご満悦だ。
準備を整えた2人は、この街の中枢機関ルシュガル行政庁舎へと向かった。