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10月10日(火)のお客様


ここは、とある北の大地の片田舎に存在する「石川商店」。


古い住宅地の端に位置し、昔から地元の人々を相手に商いを行ってきた個人商店である。


そんな石川商店は、最近夕暮れ時に限り、奇妙な客人が現れるという現象が発生していた。


その奇妙な客人は、なぜか商店の長男が店番をしている時にのみ現れるという。


異変や奇妙な客人が既に日常の一部となり始めた今日この頃、商店の長男はまたしても夕暮れ時に店番を任されていたのであった。




つい昨日の出来事があり、石川少年は大きな悩みを抱えていた。


知らなかったとはいえ、何か舞い上がって正気を失っていたとはいえ、自分はとんでもないことの片棒を担いだのではないかと考えていたのだ。


気になることがあるせいで、今日は少し寝不足気味である。


眼の下にくまを作りながら、彼は大きなため息をついた。



『どうしたのですか、イシカワ様。


まだあれで悩んでおいでですか?』


「わかってんだろリリ…


どうなったか気になるに決まってんじゃん…」



薄い水晶板の彼女が気軽に、電子音のような無感情な声で問いかける。


それに対して、どこか不満そうな様子で石川少年は返す。


そして、明るい色の跳ねっ毛頭を抱え、首を左右に振って見せた。


呟くような「あー、どーしよー」という声は、商店内の冷蔵及び冷凍ケースの稼働音にかき消されてしまう。


そんな折、石川商店の重いガラスの引き戸が、ガラガラとゆっくり開かれる。


誰かが店の中に足を踏み入れるであろう合図となっていたチャイムが二度鳴って、石川少年は顔を上げた。



「いらっしゃいま…せ。」



決まり文句である挨拶を告げようと入口に目をやり、そこに立っていた人物の姿を認めた彼の言葉尻は消えていく。


そこにいたのは、かつてこの店を訪れたことがある人物。


逆立つ黒髪を持つ精悍な青年。


美しかったであろう青と金の鎧はどこか薄汚れ、赤いマントは所々破れが見られた。


いつぞやこの店を訪れた時のように、得物である直剣を杖のようにして、再び彼は現れたのだ。


勇者である。



「こ、ここはもしや…いつぞやの…?」


「勇者さん!?


大丈夫ですか!?」



がくりと膝をつく彼の前に、カウンターから躍り出た石川少年が跪く。


最早歩く気力もあまり残っていないことが伺える。


疲れ切った様子で肩を上下させ、直剣を落とした彼は、最早意識を朦朧とさせたような表情で、心配する声をかける彼に目を向けた。



「…すまない、店員よ…


私に、どうか、水と…食料を…」


「あわわわ、わ、わかりましたぁっ!!


今すぐ持ってきまーす!!」



カウンターから躍り出た時と同じくらいの身のこなしで、彼は店の棚の中へ。


彼がすぐにでも栄養を摂取できそうな代物を、いくつか見繕っていくのであった。




数刻。


久方ぶりであっただろう食事を終えた勇者の周りには、菓子の空袋やレトルト食品のパック、空のペットボトルが転がっている。


差し出された食料を豪快に平らげた勇者は、床に座ったまま満足そうに腹を撫でた。


死に体に見えた姿も、今や活気に満ち溢れている。


食事というものはつくづく大事なのであると、石川少年は実感した。



「ごちそうさまでした。


またも命を救われたな、店員よ。」


「いえいえ…助かったなら何よりっスよ。


一体どうしたんスか、また砂漠で遭難でもしたんスか?」



問いかけに対し、勇者は苦々し気な表情をして首を左右に振る。



「いや、今回は砂漠ではない。


海で遭難をした。」



結局は遭難の話であったらしい。


勇者は手にしたスポーツドリンクのペットボトルから一口水分を摂取すると、一息ついてまた口を開く。



「実は、魔王の軍隊に所属する魔物と海で遭遇し、海を渡っていた私たちの船が沈められたのだ。


その魔物は美しい歌声を発し、海原を行く船に乗る人間を狂わせ、海の藻屑にするという能力を持っていた。


…まんまと奴の能力によって船を沈められてしまってな…」



彼の語る内容を聞いて、石川少年は密かに心臓を跳ね上げる。


顔色も変わっただろうか。


その性質は、先日彼がのど飴を売った魔物のそれとそっくり。


というか、そのものだった。


自分がのど飴を売ったことで、この勇者は危うく死ぬところだったのではないかと考えると、胸が痛い。


だが、そのことを口に出さず、石川少年は黙って彼の話の続きを促した。



「なんだかんだで魔物を退けることには成功したのだが、船を失った私は近くの島に投げ出されることとなった。


装備していた武器や鎧、手荷物として携えていたものは失わずに済んだのだが…一つ大きな問題が発生したのだ。」



石川少年は、その言葉の続きに息を飲む。


勇者は自身の周囲にある食料の一つである、せんべいの袋を手に取った。


透明な小袋に包まれた、薄焼きでデコボコで褐色のそれを取り出し、勢いよくかじりつく。


バリンという小気味よい硬質な音を立てて、せんべいが割れ、勇者の口の中へ。


それを暫し咀嚼して呑み込んだ後、彼は口を開いた。



「…食料が、全て駄目になってしまったのだ。


流されてしまった他、塩水を吸ってパンや乾物は食するには適さない代物になってしまった。


背に腹は代えられんと、島にあったものを食べていたが、毒を含んだものを食べたりして大変な目に遭った。


…今まで旅してきた中でも、指折りの災難だったな。」



ため息交じりに告げられた言葉に、石川少年はただ頷く。


勇者たちの住む世界の文化レベルがどれだけのものかはわからないが、少なくともペットボトルやプラスチック製の包装が存在していないことはわかる。


従って、食料を持ち歩く場合は、保存食のようなものを簡単な包装を行っていくか、生身で持ち歩くしかないのだろう。


海に投げ出されれば、そのような問題が発生すると考えるに易い。



「そこでだ、店員よ。


流されてしまう問題はどうにもならないが、この食料のように、水に濡れず、保存のきく食料を提供してもらいたいのだ。


君ならば私の要求するような代物を用意できるのではないのだろうか。


どうか、頼みたい。」



勇者は手にしていたせんべいを一度に口に放り込み、咀嚼して呑み込んでから、新たな小袋を手にした。


そしてその封を開ける前に石川少年の前に翳すようにして見せる。


石川少年はその小袋のせんべいを手にすると、勇者の顔と見比べる。


そして、首を縦に振った。



「わかりました、これくらいなら簡単っスよ。


勇者さんが満足しそうな食料持ってくるっス!」



手にしたせんべいを勇者に返し、彼はしゃがんだ体制からすっくと立ちあがる。


踵を返すと、店に並んだ品物の前まで歩んでいく。


この申し出は絶対に満足させて叶えねばなるまい、と石川少年は意気込んでいた。


なにせ多分自分が蒔いた種なのだから。




数刻の後、石川少年は両腕に商品を抱えて、勇者の元へと帰ってきた。



「お待たせしましたっス!


これはどうっスか?」



彼は腕の中にあったそれを、勇者の前に下ろして見せる。


勇者はそのうちの一つを手に取り、持ち上げて興味深そうにまじまじと観察し始めた。


金属製の包装によって包まれたそれには、彼にとって見慣れない文字と茶色い料理の絵が描かれている。



「見慣れぬ包装の物だな…


これは何というのだ?」


「はい、これは『缶詰』っていう保存法で作られた料理っス。」



石川少年は、問われた勇者よりの言葉に、明るく返答を。


そして彼が勇者の前に下ろしたうちから、角の取れた長方形のものを一つ持ち上げた。


「さんまのかば焼き」と大きな文字でハッキリと書かれ、内部の食品の写真が掲載されている。


だが、勇者たちの世界にはこのようなものがないのか、彼は不思議そうな顔をして缶詰へ視線を。



「…見たことのない文字は、君の国での言語なのか?


それに、料理の絵も見たことがないものだ…」


「まあ、そんなモノっスね。


これは『さんまのかば焼き』って料理の缶詰なんス。」



石川少年はそう告げつつ、さんまのかば焼き間のプルタブに手をかけると、引き起こして蓋を開ける。


薄い金属製のそれは、多少力を込めて開けなければならないものの、簡単に中身を曝け出す。


中に詰まっていたのは、照りのついた茶色いタレをまぶされて調理された魚の肉である。


何の変哲もない、さんまのかば焼きだった。


少年はそこに、以前コンビニでスイーツを購入した際に貰って、使わなかった小さな使い捨てフォークを突き刺す。


そして、そのまま勇者に差し出して見せる。



「はい、これでもう食べれますよ、どうぞ。」


「なんと、この金属の箱は料理の保存容器であったのか。」



勇者は石川少年の手際の良さ、用意された食物の提供の早さに驚く。


そしてどこか遠慮がちにその缶詰を手にすると、突き刺さったフォークを持ち上げて、先に刺さった魚の肉片を口にする。


少年はその様子を、じっと見ていた。



「…うむ、これは…私が今まで食べたどの魚料理とも違う味だ。


甘辛くて香ばしく、濃厚。


君の国の料理なのか?」


「あ、ハイっス。


俺たちの国独特の料理かもしれないっスね。


食べにくかったら、もう少し食べやすそうなのを選びますけど。」



勇者のいる世界に、醬油やみりんといった調味料があるとは思えないが故、この反応は予想通りである。


だが、食べられないという評価ではないようだ。


他の物を開けようとした石川少年に対して、彼は「いや、これで十分」とも告げている。


そしてまた一口、かば焼きを味わう。



「しかし驚いたな、金属の箱に入った料理など。


料理の味も面白いが、この提供方法も面白い。」


「ですよね、初めて見たんなら驚きますよね。


あとこれ、超実用的なんスよ。


実はこの金属の箱は密閉されていて、開けるまではほぼ腐らないし、水とかに浸かってても大丈夫っス。


更にこのまま炙って、温めて食べるってこともできますね。」



石川少年は畳みかけるように、どこか得意げに缶詰の性能を語る。


父親が酒を飲む際のアテとして缶詰をコンロで炙っていたことを覚えていたのも功を奏した。


自分もその光景を見た際にはセンセーショナルな感情を抱いたものだ。


案の定、この缶詰の利便性を知った勇者は、その両目を輝かせている。



「おお、見事なものだな!


長期に渡って持ち運びが可能で、水の中でも食物が駄目にならないとは!


挙句温かい食事にまで変貌するなど、なんと機能的な包装なのだ!」



まるで祭り上げるかのように、缶詰を掲げて賞賛を贈る勇者。


自身と同じセンセーショナルな感情を露にする彼の様子を尻目に、石川少年はまた新たな缶詰を手に取る。


持ち上げたのは、皮を剝いた果実の写真が載せられたものであった。



「こっちは『黄桃』の缶詰っスね。


中には甘―いシロップに漬けられた、黄桃が入ってるんスよ。」


「なんと、食事以外にデザートまで持ち込むことが出来るというのか!」



勇者は掲げていたものを一度コンクリートの上に置き、石川少年が手にしたそれに手を伸ばす。


石川少年はそれを拒否することなく差し出して、勇者の手の中へ缶詰を。


彼はまじまじとその包装を観察するように眺めたり、触ったりしている。



「他にも肉の缶詰や野菜を使った惣菜の缶詰とかもあるっスね。


勇者さんが食べたことありそうなのはあんまりなさそうっスけど…どれも味は旨いっスよ。」


「うむ、文字として書いてある内容はわからんが、変わった料理が描かれているのは間違いないな。


店員よ、ぜひこの『カンヅメ』とやらを、君がいくつか見繕って、私に売ってはくれないだろうか。」



石川少年の言葉がまた決め手の一つとなったか、勇者は桃の缶詰を差し出しながら、購入の要望を告げる。


その申し出を受け、石川少年は桃の缶詰を受け取りながら「ありがとうございます!」と答えるのだった。




石川少年は三缶シュリンクのさんまのかば焼き缶や、黄桃の缶詰、塩味の焼き鳥の缶詰やとりごぼう、ぶた大根、カレーなどの缶詰をいくつか見繕って、白い半透明の袋の中へ。


その中の一つを手に取って、石川少年は勇者へプルタブを見せる。



「開ける時はこの輪っかに指をかけて、起こして、引っ張ってやってください。


そうしたら蓋が開いて、食べられるようになりますから。」


「うむ、簡単だな。」



開けるふりをする動作を勇者は顎に手をやってしっかりと見届ける。


これで彼がこの食物に対して困ることはないだろう。


石川少年はその缶詰を半透明の袋に入れてから、レジスターの数字のキーを叩いていく。


勿論、彼が飲食した食物の料金も忘れずに計算に入れた。


値段は四桁に登るくらいだが、彼の前ではあまり意味を成さないであろう。



「うむ、今回も世話になったな、店員よ。


是非またここに来ようと思う。


その時まで、しばしさらばだ。」



別れの言葉を告げて、半透明の袋を手に取る勇者。


その代価としてカウンターに上げられたのは、どこかから取り出した、パンパンに詰まった革袋。


中身は彼の世界の通貨であろう「ゴールド」だと考えられる。


前回よりも大きな袋に収められたそれは、それなりの金額が入っているのだろう。


ただし、このゴールドがどのような通貨なのか、どの程度の価値があるのかは、石川少年に知る術がない。


商品を購入し、料金を差し出した彼は、満足そうに意気揚々と店の出口へ。


最初に訪れた時は重そうに開けていたそれを、今度はいとも容易く開けて、勇ましい大股で出ていった。


そうして一人の人物が立ち去った商店の中は、再び黄昏の日差しと静かな電動音のみが残る。


一気に静かになった店の中で、石川少年は密かに安堵のため息をついた。



『よかったですね、小市民のイシカワ様。


これで勇者様に罪滅ぼしが多少は出来たのではないでしょうか。』


「…あー、うん、まあな。


言うことは余計だけどその通りだよ。」



少しは反論したかったものの、正しくその通りであったためか、石川少年はリリの言葉に同意するのみ。


いじけたように最後に「ちくしょうめ」と付け足して、彼はまた頬杖をつき、退屈な日常の店番へと戻っていくのだった。

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