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9月29日(金)のお客様

ここは、とある北の大地の片田舎で商売を営む「石川商店」。


住宅街の一角に店を構え、近隣の住民たちを主な客とした個人商店である。


最近は黄昏時に限り、不思議な買い物客が訪れる、世にも奇妙な個人商店になってしまった。


そんな石川商店の夕暮れ時に店番を担当しているのが、石川家の長男である少年。


普通の高校生であったはずの彼は、今日も一人ぼんやりとカウンター前に座って、客の訪れを待つのである。




秋が深まり、夕暮れ時の時間も日が落ちる時間も早まる時期。


石川少年は頬杖をついて、ぼうっと西日の照る店の外を眺めていた。


普段から住宅街のご近所さんしか訪れない個人商店は、今日も彼が店番の時間は閑古鳥が鳴いている。


それでも時折訪れる客のために、一人は店番を置く必要があった。


スマートフォンをカウンターの傍らに備え、まだ見ぬ客人を待つ少年。


決まってこういう時は、あの奇妙な客人が訪れるのだ。


まるで少年の「暇だなあ」を感じ取っているかのようにである。


そして、石川少年の予測は完全に的中することになった。



「邪魔をするぞ、イシカワ。」



ガラリとガラス戸が力強く開かれる。


石川少年が声の方へと顔を向けると、その声の主がハッキリと視界に捉えられた。


真っ黒で刺々しく禍々しい鎧に身を包んだ巨体。


先日店を訪れ、大量のうまい棒を購入していった人物(?)


ここではないどこかから来た、魔王であった。



「あ、いらっしゃいませ…って、魔王様じゃないっスか。」



頬杖から己の顔を上げて、少年は声を上げる。


彼の出迎えの声を受けつつ、魔王はにじにじと横歩きで、入り口に引っかからないよう注意しながら店の中へ入ってきた。


相変わらずこの店が巨体の存在にとって矮小であることは変わらないらしい。


今日はどんな御用ですが、と問いかけようと思った直前に、不意に聞き覚えのない声が挿入される。



「ほう、ここが魔王様が絶賛していた人間の店ですか。」



どこか機械的なエフェクトのかかったような音だ。


落ち着いた雰囲気と理知的な様子を併せ持ったような声だと、石川少年は思った。


声を発した存在が、魔王の後ろから音もなく現れる。


その姿は、おおよそ人間の範疇を超えたものであった。



真っ白なローブで覆われた体は、まるで物体の気配を感じない。


まるで透明人間にそのまま布切れをかけたかのようであった。


ローブから突き出た顔は、金色の金属で作られたフルフェイスの甲冑で覆われ、全貌を伺うことはできない。


少年の手よりも一回り以上に大きな手は、甲冑同様の金色の金属で作られたガントレットを装備している。


ガントレットは真っ白なローブの隙間から生えておらず、ふわふわと宙に浮いていることが伺えた。


物理の法則を無視した存在は、彼らが人間とは遠い存在であることをわからせてくれるだろう。



「えっと、こちらの方は?」



だが石川少年は動じない。


これも数回に渡る未知との遭遇によって鍛えられた精神力の成せる業であろう。


石川少年の視線を受けた魔王は、ちらりと自身の後をついてきた存在を見て、疑問の主を確認した。



「これは我が魔王軍の参謀にして、我が右腕。


貴様の話を以前から聞かせていたところ、やたらと興味を持っていたのでな。


今回は我に同行させてみたのだ。」


「お初にお目にかかります、人間…イシカワと言いましたかな?


ふむ、見た目ではそこまで驚異的な人間ではありませんが…失礼致しますよ。


『アナライズ』!」


「うわっ!」



挨拶もそこそこに、参謀役の発光する赤い双眸がじろじろと石川少年をカウンター越しに見る。


石川少年は「はあ」と生返事をしたのだが、次の瞬間、参謀役の目から発せられた赤い光を真正面から受けた。


少年は唐突なフラッシュに両腕で顔をカバーし、体を少し仰け反らせる。


まるでスキャンするように、頭の先からカウンター越しに見える部分まで、光が貫いていった。


赤い光のせいか、若干人体への有害性を疑ったものの、ゆっくりと目を開けていく少年の身体には、何の変化もない。


自らの顔を保護していた腕を除いて、恐る恐るカウンターへと戻っていく。



「…戦闘力たったの5…ですか。


ゴミですね。


魔王様、この人間の何が一体素晴らしいというのでしょう。」


「…まさかそのセリフを自分が言われるとは思わなかったっス。」



「アナライズ」という名称の何かで、石川少年の「戦闘力」とやらを計測した参謀役。


彼の目には見えているであろう情報を受け、ため息交じりに問いかけた。


一生に一度は無いだろうシチュエーションに遭遇した石川少年は、口に出された数値に若干不満を覚えつつ、呟く。


疑問を呈した参謀役に、魔王は「フッ」と笑い声で前置きをする。



「我が右腕よ、このイシカワの強さは戦闘力ではない。


イシカワが売る品にこそ価値があるのだ。


…見よ、この店の品ぞろえを。


どれも我らの世界では見たこともない代物であろう。」



魔王は手を広げ、周囲へ視線を移すことを促す。


参謀役は宙に浮いたまま、体の方向だけを切り替えて、様子を伺った。


石川少年にとっては日常そのものであり、見覚えのあるありふれた品物だけが並ぶ店内。


だが、異世界から来たであろう彼らにとっては、奇妙な代物が所狭しと並べられた場所であるのだ。


だからこそ彼は、異世界人にとっては未知との遭遇を促す、宝の山に見えるのかもしれないなと思考した。



「確かに、少なくとも私たちの世界では見たこともないようなものばかりですね。


どれをどのように使うのか、皆目見当もつかないものが多く見られます。」



参謀役は魔王の主張を肯定する。


黄金の甲冑で覆われた首を縦に振り、とりあえずと言わんばかりにカウンターに置いてあった商品を手に取った。


カウンターの隅に箱で置いてあったそれは、水晶玉を持って座布団に座った動物の姿を模した小さなオブジェ。


カラフルなカラーリングは風水に対応しており、対応した方角に置くと縁起が良いという、いわゆる開運グッズだ。



「何より、イシカワの仕入れる菓子は絶品だ。


それこそ我らの世界では味わえぬものばかりだぞ。


…そうだイシカワ、貴様の実力を我が右腕に見せてやるといい。」


「えっ、実力?」



宙に浮いたガントレットで甲冑の顎を撫でていた参謀役を観察していた石川少年。


唐突に振られた魔王からの言葉に、思わず顔を上げた。



「そうだ、貴様はこの参謀役に求められたものを提示する。


我が右腕を見事に唸らせて見せよ。」


「…えっと…自分それ出来るかどうか、ちょっと自信ないっス。」


「安心するがよい、貴様は我が認めた存在。


我が右腕の求めるものも機敏に感じ取り、満足させることが出来るであろう。


期待しておるぞ。」



石川少年の耳は正常であった。


聞き間違いではなく、魔王は一介の小売店の店番少年に、自身の参謀役である存在が求めるお題を満たす商品を提示せよと命じたのだ。


魔王の時に行われたそれと同様に、命がけの大喜利と言えるだろう。


失敗すれば、何が起こるかわからない。


断ろうにも、魔王の期待が既に重く、逃げることも許されなかった。



「ほほう、この私の求める品を、貴方が提示出来るというのですかな?


面白いことを言ってくれますね…いいでしょう、その実力を見定めさせてもらいますよ。」



参謀役も乗り気すぎる。


手にしていた風水の置物をカウンター上の箱に戻して、その赤い双眸を石川少年へ。


ギラリと輝く発光体のそれが、石川少年を射竦めた。


最早本格的に逃げることは一切許されない、石川少年は覚悟を決めるしかないだろう。



「そうですね…では簡単な要求としましょう。


『この私を驚かせるような品物』を持ってきなさい。


…魔王様に期待された人間ならば、簡単ですね?」



そうして参謀役から出されたのは、魔王の時同様にふわっとした要求。


謎かけのようでもあり、ストレートな内容でもあるそれを、石川少年はどう乗り切るのか。


そんな彼をどんな表情をして待っているのか、参謀役の甲冑頭からは窺い知ることができなかった。



(出たよ無茶振り大喜利…!


参謀さんを驚かせるって、一体どうやれば驚くんだよ…


相手は異世界の人だし、味で驚かせるのもいいけど、やっぱりインパクトが必要だよな…


…待てよ、なら「アレ」はどうだ?)



石川少年はくるりと二人に背を向けると、考え込むように頭を抱えて蹲る。


頭の中は無茶振り大喜利の答えを考えるためにフル回転。


アイデアが泉のように湧き上がることはなかったが、石川少年の頭の中には一つの答えが浮かぶ。


ピンと頭上に電球を浮かべると、カウンタースペースから跳び出した。



「おや、閃いたのですね?


まあ期待せずに待っていますよ。」



参謀役はそんな石川少年の背中を見送りつつ、まるで「やれやれ」とでも言うようにガントレットの掌をひらひらと動かして見せる。




数刻の後、石川少年はペットボトルに入った水と、青い長方形のパッケージの菓子をカウンターの上に持ち込んだ。


パッケージの中心にはまるで輝いているように描写された奇妙な渦巻きの物体と、一頭身の生き物、そして、文字の羅列が印刷されている。


こちらの言葉が読めないであろう異世界の住民二人(二体?)は、置かれた物体を見下ろしていた。


二人の表情は甲冑のせいで窺い知ることはできない。



「お待たせしました、これでどうでしょう。」


「…これは、一体なんですか?」



参謀役は問いかけをしつつ、カウンターに置かれた二つの品を見つめている。


手を触れないのは、警戒をしているからであろうか。



「こっちは、容器に入ったただの水です。


本命はこっちですね。


これは『ねるねるねるね』というお菓子です。」


「…ねるねる…」


「…ねるね…?」



聞き覚えのない響きの菓子の名を聞き、どこか間抜けなその言葉を反芻するように二人は口にした。


掴みはOK、という反応であったと願いたい、石川少年はそう思う。



「これは、とても不思議なお菓子なんですよ。


中に入っている粉を使って、自分でその場で作って食べるお菓子なんです。」


「ほう、調合と調理を楽しみながら食す菓子ですか。


それはなかなかに面白い性質ですね。


ですが、その程度ではまだ私を驚かせるに至りませんよ。」



石川少年は説明をしつつ、ねるねるねるねのパッケージを手に取ると、バリと開く。


魔王は黙って、参謀役はどこか得意げな石川少年に冷ややかな声で答えつつ、その動向を見守る。


ねるねるねるねのパッケージの中身は、プラスチックの特徴的な形状の容器と、透明なビニール袋に纏められた材料、そして小さなピンクのスプーンで構成されている。


少年は取り出したそれをカウンターの上に再度置くと、空になったパッケージを裏返して作り方を見る。


石川少年もこれを食したのはもう十年以上前になるだろうか。


懐かしい気分に浸りながら、少年は指示されたとおりにねるねるねるねの調理を開始した。



番号の書かれた袋を、パッケージの裏に記載された通りに入れて、容器についていたカップで計量した水を入れつつ、小さなピンクのスプーンで撹拌していく。


あっという間に白い粉はとろりとしたクリーム色のペーストになった。


ペーストになった材料に次の番号の粉を入れて混ぜ合わせていくと、石川少年の混ぜるそれは、見る見るうちに色が変化し、体積を増していく。



「おや、色と量が変化しましたね…混ぜ合わせるだけで膨れ上がるとは、一体どのような原理を利用しているのでしょうか。


…ふむ、この色、粘り気、なんだかスライムにも似ていますね。」


「スライムは食べたことないっスけど、多分思ったより似てないかもっすよ。


もう少しで完成っスから、見ててくださいね。」



石川少年の脳裏には、RPG作品に登場する粘り気のある半固形の液体のような存在が浮かぶ。


ねるねるねるねの形状や雰囲気は確かに似ているかもしれないが、食感を思い出すとそんなに似ていない気がする。


故に、少年は軽く否定側の答えを示しつつ、調理の工程を続けていった。


クリーム色の液体は、容器のスペース一杯に、すっかりパンパンに膨らんだ青白い何かになっている。


そんな容器の空き部分に、石川少年は最後に残った袋からラムネ菓子を注ぐ。


カラフルな固形物がプラスチックを叩いて現れると、参謀役と魔王がその様子へと熱心に視線を送った。


そこまで真剣に見るものではないのだが、と思いつつも、石川少年はピンクのスプーンで青白い物体を掬い取る。


そして容器にあけられたラムネに押し付けて表面に付着させると、菓子を完成させた。



「ほいっ、完成です。


どーぞ食べてみてください。」



完成したピンク色のスプーンに乗ったそれを、石川少年は参謀役に差し出して勧める。


差し出された物体を宙に浮いたガントレットで受け取る参謀役。


観察するように暫し赤い双眸の視線を突き刺していたが、意を決したのか、それを口元に運ぶ。


金色の甲冑の隙間に差し込むようにしてねるねるねるねを口に含んだのだと推測できるが、実際に彼がそれを口に入れたかどうかは見えない。


形容しがたい青白い半固形物が消えたところを見ると、恐らくはしっかり食したと思われる。



「ふむ…これは一度も食したことがない奇妙な菓子です。


見た目はひやりとしていそうな雰囲気ですが、むしろどこか温いとは、面白い。


口触りは…かなり柔らかいものですね、もったりとして、硬い泡を食べているようです。


正直スライムのようなものを想像していましたが、全く違いますか。


味は甘く、酸味が強いですが、少しの苦みを感じますね。


果実のようで果実ではない…奇妙なものです。」



参謀役はぶつぶつと味や食感を分析しながら、また一口、一口とねるねるねるねを食べ進める。


最初の粉状態からは想像がつかない膨らんだ物体は、少しずつ体積を減らしていった。


魔王がうまい棒を食べたときと違って興奮は見られないものの、彼がそれをそれなりに気に入っていることだけは伺えるだろう。


そうしてできあがったねるねるねるねは、参謀役の胃の中へ。


空っぽになったトレーの中に、ピンクのスプーンを置いて、試食を終えた。



「…ねるねるねるね…決して突出して美味なる珍味ではありません。


ですが、独特の製法や食感、斬新な香味は興味深くもあります。


…及第点としましょう、人間。


まずは少しだけ認めてあげますよ、命拾いをしましたね。」


「まあ、それならよかったです。」



絶妙に上から目線の、素直とは言えない感想。


だが、石川少年にとっては命がけの大喜利をクリアした証拠とも言える台詞だ。


そんな少年に対して、硬質にしてゆったりとした拍手の音が送られる。


その音の方へ、参謀と少年が視線を送るのはほぼ同時。


音の主は魔王であった。


その鎧に包まれた手を打ち合わせて拍手を送っていたのだ。



「見事だイシカワ。


貴様ならば必ずや我が右腕の求めるものを感じ取ってくれると信じていたぞ。」


「…まあ、今日は及第点っスよ。」


「そうです、まだ完全に認めたわけではありません。」



嬉々として賞賛を送る魔王と、苦笑いをして頬を掻く石川少年。


そして、石川少年の言葉を肯定するように、参謀役は頷いた。



「ですが…この奇妙な菓子は嫌いではありませんよ。


似たような菓子をいくつか用立ててもらいましょうか。


…作り方も読み上げなさい、覚えて帰りますから。」


「え、あ、ハイっス!」



口の開いた青いパッケージを摘まみ上げる金色のガントレット。


その喉奥はどこか嬉しそうにククと笑った。


なんだかんだで独特の知育菓子を気に入ったことがわかる。


予想外の反応に、一拍反応が遅れた石川少年。


だが、求められたことを脳で理解すると、カウンターから飛び出して駄菓子のコーナーへ向かった。




石川少年はねるねるねるねを含めて、いくつか知育菓子を見繕う。


粉の中からグミを吊り上げる知育菓子、香りの液体ゼリーを浮かべたジュースを作る知育菓子、つまめる液体ジュースを作れる知育菓子など、面白い現象を見せる菓子を中心に選んだつもりだ。


魔王が配下に与えたいと言ったためか、量としてはそこそこある。


知育菓子は駄菓子の中でも比較的高額なためか、レジで合計を打ち出してみると、3000円になった。


これは少々痛手になるか、と少年はううんと唸った。



「ふむ、3000円…ですか。


人間の世界の通貨の価値は知り得ませんが、これで足りますかな?」



表示された金額を見た参謀役は、おもむろにマントの中へとガントレットの手を突っ込むと、何かを適当に掴んでカウンターの上へ。


金属質な音を立てて置かれたそれは、輝ける金色であった。


端的に言えば、財宝の類と言える代物である。


大ぶりの宝石がはめ込まれた首飾りや、繊細な金属加工技術で作られたということが素人目にもわかるようなティアラ、豪奢な金の像などが目の前に鎮座した。



「…はい?」



唐突に眼前へ宝物を置かれれば、誰でも呆気にとられるのは当然であろう。


石川少年も例外ではない。


様々なことを短期間で経験し、それなりに突発的な出来事には免疫ができているつもりであった。


だが、この展開だけは予想していてもこの反応しかできなかっただろう。



「その辺の人間を狩った際に手に入れたものです。


我々には無用の長物ですが、人間にとってはそれなりの財宝になるのでしょう?


足りませんか?」


「い、いえいえいえっ!!


全然!全く!足りますっ!!」



むしろお釣りが来るくらいっスよと付け加えて、石川少年は首を勢いよく振って見せる。


その様子に何の感情を見せるわけでもなく、参謀役は「そうですか」と答えた。


そして支払いを終了した菓子の類を大きな金色の掌で掬い取り、マントの中へ。


このマントは四次元ポケットに近しい構造になっているのだろうかという疑問がわいた。



「ふむ…魔王様の贔屓の店、悪くはないでしょう。


まだ完全には認めてあげませんが、少しは評価して上げてもいいですね。


喜びなさい人間、あなたとこのねるねるねるね、そして魔王様が好む菓子を作っている職人たちは、命を繋いであげますよ。」


「…ありがとうございます。」



人間を見下していることがありありとわかる、傲慢とも取れる言葉だった。


だが、どこか素直ではない口振りの中に、参謀役なりの気づかいや好意が見て取れるようになったのは、適応のし過ぎであろうか。


石川少年はだからこそ、この発言を疑わない。


命拾いをしたとも思うし、やおきんとクラシエフーズに務めている人たちの安全は守られたとも思っている。


故に、短くシンプルなお礼の言葉を返した。


そんな石川少年の言葉に対して何を返すわけではなく、参謀役はくるりと体の向きを変え、ガラスの引き戸を開けてさっさと店の外へ出た。



「良いぞイシカワ、我が右腕がああいう時は、おおよそ相手の実力を認めている時よ。


紹介した我の鼻も高いというものだ。」


「いやあ、喜んでもらえたなら俺も嬉しいっスけど。


結局凄いのは俺じゃないですし。」



店の中に残った魔王が、参謀の背を見送ってから少年に賞賛を送る。


少年はその言葉を素直に受け取り、照れくさそうに笑って見せた。



「決めたぞイシカワ、今後このイシカワの店を我が魔王軍の補給拠点の一つとして正式に認めるとしよう。


今後我が軍の者たちが世話になるかもしれぬが、よくしてやってくれ。


おおそうだ、我が娘にも貴様を紹介してやらぬとな。


うむ、今日は気分が良いな、クッハハハハッ!」



魔王は至極嬉しそうにそう告げると、カニ歩きでにじにじと開け放たれたガラス戸から出ていく。


そろそろ出入口を多少改修した方がいいかもしれない、とその様子を見て石川少年は思う。


魔王の姿が黄昏時の西日の中に消えて、ガラス戸が閉まる様子を見届ける。


店内に残されたのは、冷蔵ケースの稼働音と静寂、そして、カウンターに置かれた金銀財宝の類だ。


石川少年は自身には分不相応なそれに目をやり、ごくりと生唾を呑む。



「…うーん…確かにこれはありがたいけどな…」



実は、過去石川商店で異世界の人間が品物を購入した際、支払いが行われなかった品物の料金は石川少年が立替を行っていた。


この店番のバイト代や小遣いで賄うのも限界があるのではないかと考えていた矢先。


正直ありがたいことこの上ないのは事実である。


参謀役が語ったその出自は、とりあえず横の方に置いておいてだ。



「…とりあえずアレか、休みになったら少しずつそういう店に売りに行くか。」



がし、と一度頭を掻いてから、ぽつりとつぶやく。


一度に大量に持っていくと、あまりに怪しい。


しばらくは電車に乗って、都市部の方に通う必要があるかもしれないと、石川少年は思った。

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