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9月19日(火)のお客様

ここは、とある北の大地の片田舎に存在する「石川商店」。


石川家の曽祖父が開業し、今の時代まで地域の人々に愛され、細々と営業する個人商店だ。


その店先のカウンターに座っているのは、そんな石川家の長男。


地元の高校に通う、本当に普通の少年である。




石川少年は思案する。


それはつい三日前に訪れた不思議な客のことだ。


まるでRPGやファンタジー舞台の漫画に出てきそうな「勇者」のような恰好をした人物。


スポーツドリンクを飲んで買いあさり、まるで夢のように消えてしまった存在のこと。


しかし、彼の実在は手元に残された「ゴールド」の袋と、脳天に振り下ろされた父親の拳骨の痛みの記憶が物語っている。


確かに、あのファンタジー世界の住民はここに居たのだ。



「結局、なんだったんだろうな、あれ。」



考えても答えは非現実的な何かにしかならず、まとまらない。


少年は小腹が空いたからと、先ほど自分で購入した「うまい棒」を一口頬張り、頬杖をついてため息をつく。


彼が実在したところで、日常は変わらない。


またこうして、夕暮れ時に家族の用事を理由として、アルバイトがてらの店番をするのだ。


そんな折、不意に商店入り口の引き戸がガラリと引き開けられる音がした。


客の来店を知らせるチャイムも、店内に響く。



「あっ、いらっしゃい…ませ…」



石川少年は来店者へ挨拶をしようとカウンターから身を乗り出す。


が、その挨拶の言葉は、訪れた客の異質さによって途切れ途切れになってしまうのであった。


石川商店の入り口を塞いでいたのは、入口よりも一回り以上巨大な影。


縦も横も、そのままでは狭い入り口をくぐれそうにない。


まるでカニ歩きでもするように、体を横にして、ようやくそれは店内に侵入する。




それは、つい三日前を思い出すような客人であった。


全身を包む真っ黒な金属で構成された鎧。


豪奢な金の装飾で彩られたそれは、先日見た勇者のモノよりも、尖ったパーツや禍々しい意匠で作られている。


血のような真紅の宝石が所々にちりばめられ、豪奢な赤いマントまで備わった姿は、悪役そのものだ。


顔はねじ曲がったヤギや羊の角のような飾りがついたフルフェイスの兜で隠され、全貌を拝むことはできない。


石川少年はその人物を表す単語を頭に思い浮かべた。


これは紛うことなき「魔王」だと。



「…フン、狭き門だ、この魔王を迎えるには矮小すぎる。」



フルフェイスの顔が引き戸の入り口を睨みつけて、鼻を鳴らす。


地の底から響くような低音の声が、小さく呟いた。


この言葉にて、少年の予測が当たっていたことが示される。


眼前の巨漢は、間違いなく魔王だ。



「…母ちゃん!母ちゃーーーん!!


魔王が来た!!この前言った勇者の次は魔王来たんですけどーーー!!」


「もう、うるさいよー?


母ちゃんこれから祖母ちゃん病院に連れていくからー。


ちゃんと店番しといてねー。」



石川少年は再び家族に異邦人の来店を伝えようとするも、現実は再び無情である。


少年は再び、非現実の存在と対峙することを余儀なくされた。



「おい人間、やかましいぞ。


消されたいのか。」



先の騒ぎを耳障りと感じたか、魔王が尖った指先を石川少年に向ける。


何をされるのかは想像がつかないが、とにかく自身に危機が迫っていることだけはわかる。



「いや、あの、すんませんでした…」


「次に騒げば消す、覚えておくのだな。」



冷や汗をかきつつ、カウンターに縮こまって座る石川少年。


自身の前から指が退けられたことで、とりあえず危機は一つ去ったと認識できた。


だが、恐らくはその場しのぎであろう。



「…あの、魔王様。」


「なんだ。」


「その、魔王様ともあろうお人が、こんなちっぽけな人間の店に、何かお探しでしょうか…」



意を決して、石川少年は魔王に声をかける。


腕を組み、威圧感のある立ち姿を見せる魔王は、存外に怒りもせず、彼の言葉の続きを促した。


少年の言葉を受けた魔王は、その手をフルフェイスの顎もとに当てて思案する。



「ほう、ここは人間の店であったか…気まぐれに破壊でもしてやろうと入ったのだが…」



さらりと肝が冷える発言が聞こえたが、叫び声は呑み込んだ。


次騒げば、魔王の気まぐれが終わってしまうかもしれないと考えたが故。



「そうだな、興が乗ったぞ人間。


この我を楽しませるような品物を出して見せよ。


菓子でも玩具でも酒でも構わぬぞ。」



腕を組んだ魔王が、石川少年に向き直る。


告げられた注文はあまりにふわっとしていた。


注文というよりも、大喜利のお題に近い。



「もちろん、我が楽しめなければこの店はどうなるか…わかっているだろうな。」



しかも、罰ゲーム付きの大喜利だった。


少年がしくじれば石川商店はきっと破壊される。


このちっぽけな店の運命は少年の双肩にかかってしまったのだ。



(…って、どうすりゃいいんだよ!


魔王様が満足する物なんて、こんな場末の店で用意できるかっつーの!)



少年は脳内で頭を抱える。


思わぬ試練が降りかかってしまった普通の少年は、勉強では使わない脳をフル回転するしかなかった。


しかし、この店にあるのは駄菓子と、安い酒と、調味料や日用品などの雑貨諸々、そして地元野菜と地元の特産品が少々といったところだ。


どれも魔王を満足させるには程遠い、高級とは言えない代物ばかりである。



(どうする俺、どうする!?)



その間たったの3秒程度。


少年が16年間生きてきた中でも、未だかつてない思考能力だった。


思わず手に力を込めてしまったが、その手の中に食べかけのうまい棒があったことを思い出して、握りつぶすのは思い留まった。



「…おい人間、それはなんだ。」


「へっ、それ?」



不意に、魔王が声を上げる。


そして、その指をそっと少年の手元へと向けた。


魔王の指さした先には、石川少年がかじっていたうまい棒(コーンポタージュ味)がある。


石川少年は魔王の指先を見て、再び魔王のフルフェイス兜へ視線を移す。


間違いなく、魔王の興味はこのうまい棒に向いていた。



「これ、は…うまい棒ってお菓子っス。」


「ほう、うまい棒…だと?


自ら『うまい』と名乗るとは、酷く傲慢な菓子だな。


それをよこすがいい。」


「ちょ、ちょっと待ってくださいっ!


これ、俺の食べかけですんで!


今新しいの持ってきますから!」



魔王のガントレットの手が、石川少年よりうまい棒を奪おうと延ばされる。


だが、石川少年はそれを阻むようにして、うまい棒を魔王から遠ざけた。


流石に自分のかじった食べかけのうまい棒を渡すのは気が引ける。


当然の行動であろう。


魔王はどことなく不服そうにも見えるが、致し方ない。


言ったからには有言実行だ。


少年は手にした食べかけのうまい棒を一旦袋の中に戻して、カウンターにとりあえずと放置する。


そしてカウンターから出て、ほど近い駄菓子の棚へと歩んでいった。




そこには大小さまざまな駄菓子が並んでいる。


色褪せた手書きの値札が張り付けられた古い木棚は、曽祖父の代からの年季を感じることができるだろう。


そんな棚の中に並んだうまい棒の中から、少年は緑のビニール包みを纏ったそれを取り出した。


選んだうまい棒を片手に、再びカウンターへ入り、魔王の前に手にしたそれを差し出して見せる。



「ほい、どーぞ。


うまい棒『やさいサラダ味』っス。」


「やさいサラダ…味?


野菜だと?」



差し出された緑色の細長いそれを、魔王が掴む。


菓子と聞かされていたからか、魔王がうまい棒を受け取る手は存外に優しい。


中身が潰れてバラバラになることは避けたようだ。


緑の包みを受け取った魔王は、暫しパッケージのキャラクターとにらみ合いをする。


そして、不意に顔を上げて、石川少年にうまい棒を突っ返した。



「…人間、これはどういう包みなのだ。


開けて見せよ。」


「あー…開け方わかんなかったっスか。


ちょっと待っててくださいね。」



石川少年は再び戻ってきたうまい棒の包みを受け取る。


そして袋の上部に備え付けられたギザギザのビニールを摘まむと、引き下ろして封を開ける。


まるでバナナを剥くかのように、トウモロコシの外皮を剥くかのように、棒状の本体を曝け出した姿へ。


可食部分を露出させた緑の包みを持ち手として、少年は再び魔王へうまい棒を渡した。



「はい、どうぞ。」


「…うむ、よこせ。」



差し出されたうまい棒を、魔王が受け取る。


そしておもむろにフルフェイスに覆われた口元の装甲を指で引っかけて下げた。


どうやら可動式だったらしい。


口元には歯をむき出した真っ白いものが見えた気がする。


中身は骸骨なのだろうかと推測できたが、全貌が見えないために推測でしかない。


その白く剝き出しの門歯で、魔王がうまい棒を切断する。


ザクっという、小気味よい音が聞こえた。



「こ、これは…っ!?」



程よい大きさに砕かれた菓子の破片が、魔王の口の中へと放り込まれた時、魔王が感嘆のような声を上げる。



「歯切れよく、軽快な歯ざわり、噛み砕けばしつこくなく、程よい口どけで解けていく食感…!


なんと心地よい口触りだ、上質な菓子を食らっているような感覚に思える!


それでいて、香ばしく染みわたるようなまろやかな塩味に、僅かな甘みを感じるような…


決して野菜の味とは思えぬ、青臭さの抜けたこの複雑な味は…野菜をふんだんに使って、煮込んだスープのような風味を感じるぞ!」



魔王は手にしたうまい棒を一口食い進めるごとに、安価な駄菓子に賞賛を浴びせる。


見る見るうちに緑の袋に収まっていた細長い菓子は魔王の口内に収まっていく。


小さな袋を一つ食べ終えた魔王は、くしゃりと空の袋を握りつぶした。



「ええい、もう無いというのか!


もっとだ、もっとよこせ人間!」


「ああ、はいはいっと!


次は、次は…えーっと、じゃあこれで!」



このまま癇癪を起こして店をどうにかされてはたまったものではない。


石川少年はおかわりを要求した魔王に言われるがまま、再びカウンターから飛び出していく。


再び古びた菓子の陳列棚からいくつかうまい棒を見繕い、抱えてカウンターへ戻る。


そうして持ってきた中の一つから、次は銀色の包みを差し出した。


パッケージの開封法は一度見たから分かるのか、その尖ったガントレットの指先でうまい棒を受け取ると、器用に摘まんで剥いていく。


そうして露出した、先ほどよりも橙の色が強いそれを、躊躇いもせずに口の中へ突っ込んだ。



「むう、次は先と味が違う!?


乳製品の癖を感じる…だと?


これは、チーズか!?」


「そうなんスよ!


実はうまい棒って、袋の色や柄によって味が違うんス!


ほらほら、こっちはどうっスか?」



石川少年も興が乗ってきた。


うまい棒でここまで感動する様子が、なんだか面白く感じてきてしまったのだ。


少年の手には、また新たなうまい棒。


次の包みはオレンジ色だった。


魔王はチーズ味のうまい棒を片手に、オレンジ色の包みのうまい棒を受け取る。



「ぬう、今度の味はなんだ!


香辛料の効いた肉…?


ドライソーセージ、なのか!?


この赤いのは…今まで知らぬ味だ!


甘みは強いが仄かな辛みと酸味の癖が絶妙なバランスで舌を刺激する!


何よりこの赤い包みのうまい棒は、食感が少し固めになっているだと!?


茶色の包みは小さいが…チョコレートがかかっているのか!?


甘味も完備しているとは、恐るべしだうまい棒!」



石川少年が、次々と自分おすすめのうまい棒を開封しては差し出していく。


受け取った魔王はそれを次々と平らげて、大袈裟に駄菓子を褒める。


うまい棒をここまで「うまいうまい」と食べる人も珍しいのではないか、と少年は思案しながら魔王がうまい棒を食らう様を見届けた。


そうしてうまい棒の袋をカウンターに積み上げた魔王は、食後の一息を「ふう」と吐き出す。



「クク、クハハ…面白い、面白いぞ人間の菓子よ。


傲慢な口振りに違わぬ多彩な食味、この魔王を楽しませるとは…認めざるを得んな。


このような珍妙な菓子を仕入れるとは、侮れぬな人間の商人。」


「いやあ、まあ、うまいっスよね、うまい棒。


あと多分このあたりの店ならある程度みんな売ってると思うんスけど…」


「ほう、この地域特有の菓子であると言うのか。


それも面白い。」



空になったぺしゃんこの包み紙を摘まみ上げる魔王。


この安価な駄菓子をすっかり気に入ったようで、満足そうに頷いている。


石川少年は「確かにうまいものの、過大評価ではないだろうか」という評価を聞いて、ただ愛想笑いをするしかない。



「人間、名を何という。」


「え?俺っスか?


えっと…石川…っスけど。」



うまい棒のビニールの包みを持ち、視線をそれに向けたまま、魔王が問う。


魔王の問いに、少年は若干面を食らいながらも、反射的かつ素直に答えた。



「ほう、イシカワと言うのか、覚えておこう。


ではイシカワ、このうまい棒を貴様がいくつか見繕い、この魔王によこせ。」


「あっ、わかりましたっス!


少々お待ちください!」



魔王からの注文を受け、石川少年は再びカウンターから飛び出していく。


菓子の陳列棚の前に置いた子供用の小さな籠を手に取ると、先とは違う味のうまい棒を掴んでは、次々と籠へ。


石川商店に置いたうまい棒の味を制覇できるように入れていった。




色とりどりの細長い包みを入れた小さなプラスチックの籠をカウンターに置いて、石川少年は自身より高い位置にある魔王の顔を見上げた。


「これでどうでしょう」という言葉を雄弁に語る目線を受け、魔王はまた満足そうに大きく一度頷いて見せる。



「うむ、ご苦労。


十分な働きであるぞ、イシカワ。


貴様の働きに対価を払わねばならぬとは思うのだが…我は人間の世の通貨など持っておらぬ。」



悩むように、俯いて首を振る魔王。


石川少年はなんとなくそれを予想していた故、内心で「でしょうね」と返答を返す。


出力された言葉は「はあ」と気の抜けた相槌であるが。



「故に、今はこれで対価としよう。


受け取るがよい。」



魔王がごそりと赤いマントの裾に手を入れて、何かを取り出した。


それは、魔王の鎧に散りばめられた真っ赤な宝石にもよく似た色をした果実。


見た目だけを見れば、こちらの世の「ザクロ」にそっくりだろうか。


ほんのりと魅惑の甘酸っぱい匂いを漂わせるそれと、魔王の顔を、少年は交互に見た。



「…ザクロ?」


「ふむ、似ているようで異なるものであろう。


これは魔界の瘴気が色濃い場所でしか育たぬ、魔性の果実よ。


人間が喰らえばその内に蓄えた瘴気による熱病の呪いに蝕まれ、たちまち死に至る恐ろしき代物。」


「ちょっ!?


そんな危ないモンなんスか!?」



どこか惹かれる香りに誘われて、血のように赤いそれに触れようとした手を引っ込める。


触れただけで何が起こるかわからない、特級レベルの危険物だった。


お代替わりとして差し出された果実だが、受け取ることすらできない可能性もあるだろう。


石川少年は驚愕と混乱を隠せず表情に出してしまった。



「あくまで喰らえばの話だ、触れるだけでは問題はなかろう。


それに、この果実は生で喰らえば恐ろしき熱病を伝播させるが、適切な処理と調合を行えば、どのような病もたちまちに癒す万能薬となり得る。


全ては扱う者の腕次第ということだ…受け取るがよい。」



ずいと押し付けるように差し出される真っ赤な果実。


少年は落としてしまわないように、細心の注意を払ってそれを両手で受け取る。


果実にはあり得ない、内側から脈動するような熱を感じるところが、この世界には存在しないものであることを証明しているだろう。


果実を手放した魔王の手が次に掴んだのは、自身の前に置かれたちっぽけなプラスチック製の籠だ。



「今日はなかなかに楽しませてもらったぞ、イシカワ。


喜べ、貴様とこの『うまい棒』を作る職人だけは、我が魔王が統べる世界においても存続を許してやろう。


クク、クハハ、クハハハハッ!!」



魔王は酷く楽しそうに、三段活用の笑い声を放ちながら、プラスチックのちゃちな籠を片手に、カニ歩きでゆっくりと立ち去っていく。


石川少年と「やおきん」に対する安全保障を言い放った魔王は、ガラスの引き戸を開けて、夕暮れの店外へと出ていったのだ。


最後に引き戸のガラガラという音を残して、店内には静寂が舞い戻る。



「ありがとうございましたー…って、聞こえてねえよな…」



買い物を終えたお客様へ、お決まりの一言を投げかけるも、引き戸の向こうには既に誰もいない。


またしても勇者のように、幻だったかのように消えてしまったのだ。


石川少年の元に残されたのは、食べかけのコンポタうまい棒と、色とりどりのうまい棒の空袋、そして魔王が代金にと置いていった果実のみ。



「…呪いの果実、ねえ。


どこでどうすりゃいいんだろ、これ。」



残された熱病を引き起こす果実。


呪いを秘めていると言われた魅惑のそれを、少年はどう処理してよいのかと戸惑うのみである。


当然、少年はこの果実を上手く使える自信はないわけで、ただ持て余すだけだ。


少年が思案のため息をついたところで、家族の帰宅を示す勝手口の鍵が開く音が、かすかに聞こえた。


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