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9月16日(土)のお客様

ここは、とある北の大地の片田舎に存在する「石川商店」。


住宅街の端で商いをしている個人商店であり、食品だけでなく日用品も数多く取り揃えているのが特徴である。


地元や地域住民に根差して愛されてきたこの店は、別段儲かっているわけでもなく、細々と経営を続けていた。




時は、とある土曜日の夕暮れ時。


石川商店のカウンターには、店番をする一人の少年が座っていた。


彼は石川商店を経営する石川家の長男である。


石川少年はヘアピンで飾られた茶色の無造作ヘアーの毛先を指で遊びながら、ふああと大きなあくびをする。


基本的に石川商店は近隣住民しか客人として訪れないため、買い物客が多いとは言えない。


今日も数えるほどしか接客をしていないため、少年は暇なのだ。



「ったく…バイト代が貰えるとは言っても、やっぱり苦痛なほど暇だよなあ。」



閑古鳥が鳴く寸前の店内で、石川少年は誰に聞かせるでもなく嘯く。


明り取りのための小さな窓に目を向けて、ぼんやりと頬杖をついた。


遊び盛りの高校一年生にとっては、この時間はとにかく無駄に他ならない。


バイト代がなければ店番なんて放り出して遊びに出かけているところだ。



「あーあ、なんか面白いことでも起こんないもんかねえ。


なんでもいいから刺激が欲しいなあ…」



ぽつりと退屈に対して愚痴を言っても、石川少年の願いは誰にも聞いてもらえない。


冷蔵ケースの独特の音が響く店内には、相変わらず少年が一人。


刺激など願っても降りかかるはずがなかった。


人の気配一つない店内で、ため息を一つ。


そろそろ暇が限界突破して眠気に突入しようとしたところで、突如店の入り口にある引き戸が音を立てて開かれた。


ガラリという音を立て、入店のチャイムが響く。


その音に反射的に背筋を伸ばした石川少年。



「いっ、いらっしゃいませー!」



カウンターから少しだけ身を乗り出して、少年は入店してきた客を迎えた。


同時に、彼は自らの目を疑うことになる。




店の入り口に立っていたのは、この現代日本に存在するのには場違いすぎる人間であった。


重量感のある青い金属で作られ、金の装飾で彩られた鎧を身に纏い、赤いマントを背負っている。


その手には鎧同様に青と金の色を持った直剣を持ち、まるで杖を突くようにして体を支えていた。


白いズボンと皮のブーツ、そして逆立てられた黒髪は土埃で汚され、どこか過酷な環境の道を歩いてきたのだということだけは伺えるだろう。


この人物を一言で表すならば「勇者」。


まるで漫画やゲームの世界から飛び出してきたようなファンタジックな人物であるとしか形容できなかった。



「…はあ、はあ…


いらっしゃいませと…君は、そう言ったのか…?」



息も絶え絶えに、勇者は言う。


石川少年は言葉を失って口をぽかんと開けているのみだ。



「…ここは、商店…なのだな…


ならば、頼みがあるのだ…


私に、水を…水を売ってもらえないだろうか…」



口を利かない石川少年に、勇者は続ける。


ゆっくりと顔を上げると、青年の真っ赤な顔が現れた。


その目はどこか焦点を失いつつある。


その様子を見た石川少年の意識が急速に現実へと引き戻されていく。


しかし、少年の次なる行動は、水を売るという行為ではなかった。



「父ちゃん!父ちゃーーーん!!


なんか変な人が!めっちゃコスプレみたいな人が店に来たんだけど!?」



石川少年は店の裏で配達の準備をしているだろう父親に対して叫ぶ。


眼前に現れた非現実に近い存在の襲来を知らせんとしたのだ。



「うるっせえぞ馬鹿野郎!


客来たんだったら相手しとけ!


俺は今から配達に行くんだよ!」



現実は無情である。


少年の訴えは完全に聞き入れてもらえなかった。


挙句、父親はそう言い残して、本当に配達に行ってしまったようだ。


裏の勝手口のドアが閉まる音、そして配達に使っているバイクの排気音が遠ざかっていく。


つまり、見捨てられたも同意義。


バイクの背中に「この親は」という怒りの思念を送りつつ、勝手口方面をじとりとにらみ続けた。



「…ここは…商店で間違いはないのか…?」


「えっ、ああ、ハイ!


石川商店っスけど…」



息の荒い勇者が、再び問いを投げる。


先ほどとは打って変わって、素直に応じる石川少年。


首を縦に振り、勇者の言葉に肯定を示す。



「ならば、水を売ってはくれないだろうか…


先ほど砂漠を渡ってきたばかりなのだ…


それで体力がすっかり奪われてしまい…眩暈と頭痛が止まらん。」



石川少年は「はあ…」と気の抜けた返事を返す。


当然、砂漠なんてものはこの石川商店の前にも、北の大地のどこを探しても存在しない。


一体この勇者らしき人はどこから来たのだろうか、と少年は頭の隅で思案した。



「いや、お客さん、眩暈と頭痛があるならそれ熱中症じゃないっスか。


それなら水よりもっといいのあるっスよ。」



勇者の言葉を聞き、その様子を見た石川少年は気づく。


砂漠を来たという勇者は、赤い顔に焦点の定まらない目線。


頭痛と眩暈という症状がある。


間違いなく、彼は熱中症だと確信したのだ。


そんな人間を「不審だから」という理由で放置するほど、石川少年は薄情でも鬼でもない。


カウンターから出ると、正面に設置された冷蔵ケースへと足早に向かう。


ガラス張りのドアを開いて、中から青いラベルの飲料を取り出し、再び速足でカウンターに戻った。


そして、カウンターの上に、一本のボトルをどんと音を立てて置く。



「そういう時は、やっぱスポーツドリンクでしょ!」



石川少年が持ち出した青いラベルの500ミリリットルボトルの飲料。


それは水分補給に最適であると誰もが知る代物だった。


どこから来たのか、誰なのかもわからない勇者だが、人間ならば同じ効果を発揮するだろう。


熱中症ならば猶更だ。


そう考えたゆえに、少年はこの一本を勇者に提供する。


勇者は、明らかに不思議なものを見る目で、スポーツドリンクのボトルを観察した。


超が付くほど有名なものだというのに、彼は知らないのだろうか。



「おお…濁った水…?


一体これはどのようなものなのだ?」


「いいから、とりあえずグイっと一杯行ってください


さあ早く!」



石川少年は疑問を口にする勇者の前で、スポーツドリンクのキャップを捻る。


プラスチックのパキッという小さな音を立てて、ペットボトルが開封された。


口を開けたそれを、少年は勇者に向けて飲むように促す。


勇者はそれに応え、ペットボトルを手にすると、目を瞑り口をつけて一気にあおった。


見る見るうちに中身が勇者の中へと消えていく。


よっぽど喉が渇いていたのだろうと推測できた。


そして、内容をほぼ全て飲み干してカウンターにボトルを置いたところで、勇者の目が光を取り戻したことを確認する。



「うまい!」



ぷはあ、と息を吐き出し、一言。


人気のない店内で、響き渡る勇者の高らかな声。


真っ赤な顔をしていた勇者は、生き生きと空になったペットボトルに目をやる。



「飲んだことのない味だ!


爽やかな甘みと酸味と香味、そしてその中に隠れた僅かな塩味と苦味!


飲み干せば乾いた体に一気に染みわたるような涼感!


こんな果実のジュースは知らないぞ!


君!こんなものをどこで仕入れたというのだ!」



興奮冷めやらぬ様子でずいと石川少年に詰め寄る勇者。


本当にこのスポーツドリンクを知らないとしか思えない反応だ。


ありふれた代物がこんなにも彼を興奮に駆り立てるなど想像していなかった石川少年は、ただ勇者の勢いに圧倒されて身を引く。



「いや、普通にその辺でも仕入れられるほどのモノっスよ、これ。」


「そんなわけがないだろう!


現に私の国ではこのようなものは売っていない!


もう少しくれないだろうか!」



熱中症から回復したかのような勇者の勢いは止まらない。


空になったペットボトルを持って、石川少年に「おかわり」を要求した。


少年は「はあ…」と生返事をして、冷蔵ケースへと向かう。


次は2リットルボトルに詰められたスポーツドリンクを取り出して、勇者の待つカウンターへ戻った。


先ほどと同じようにキャップを捻って口を開ければ、勇者に「どうぞ」と差し出す。


差し出されたスポーツドリンクを手に取り、礼を言って流し込む勇者。


あっという間に1/3ほどをその体内に収めてしまった。



「うむ、やはり良い味だ!


気に入ったぞ君、これをいくつかまとめていただけるだろうか!」


「あっ、ハイ、了解っス!」



爽やかで精悍な、満面の笑みを浮かべた勇者が嬉しそうにまた注文をする。


荷物入れに使っていただろう背嚢を、どさりとカウンターに置いた。


石川少年は購入をしてくれるならば、それを販売するだけだ。


店先に出ているだけのスポーツドリンクを抱えられるだけ持って、カウンターに置く。


数を数えて設定された値段をレジで打ち、先ほど飲んだ分も合わせて料金を算出。


家業の手伝いで慣れているので、ここはかなりスムーズに行われていく。



「えっと、500ミリリットルが4本と、2リットルが2本で合わせて…900円っス。」


「…900エン?」



古いレジに表示された電子の数字を読み上げて、通貨の単位を添えて告げる。


だが、その言葉に何がピンと来ていないのだろうか、勇者は首を傾げて値段を復唱した。


石川少年も「何かおかしいんスか?」とでも言いたいように、首を傾げてしまう。



「…すまないが君、エンはこの地域の単位だろうか?」



耳を疑うような言葉だった。


この眼前の男は「円」を知らないのだ。


つまり、ここ日本国においての通貨を持ち合わせていないことの査証に他ならない。


どうするべきか、と眼前の彼の前で目頭を押さえ、「あちゃー」と言うような失念のジェスチャーを見せる。



「い、いや、金は持っているんだ!


決して無銭飲食しようとしたわけではない!


信じてくれ!


ただ、私にはこの『エン』がどの程度の価値かがわからん!


だから、とりあえず私の持っている通貨で支払わせてもらいたい!」



石川少年の意志を汲み取ってか、勇者がその両手をぶんぶんと振って慌てだす。


焦りがハッキリと見える表情と口調から、それが嘘ではないことが伺える。


彼が印象通りの誠実な人間であることがわかるだろう。


流石は勇者であるというべきか。


焦りを見せている勇者は、慌ただしく背嚢へ手を突っ込むと、薄汚れている革袋を取り出し、カウンターへどさりと置いた。


金属質のジャリンという重量感のある音が、店内に響く。


薄汚れた革袋には、ご丁寧に「G」の文字が記されている。



「中に1000ゴールド入っている!


これで足りるだろうか?」


「ごっ、ゴールド!?」



聞いたことがない単位と、革袋から覗く金色の硬貨に、石川少年は一瞬面食らう。


正確には、聞いたことがない単位ではなく、ゲームやアニメの世界でしか聞いたことがない単位だろう。


それが、今自分の前に取り出されて実在している。


冗談としか思えないような状況だが、現実なわけだ。


ゴールドの袋と、安堵した顔を見せる勇者とを、交互に見る。



「問題がないならば私はもう行かねばならない。


魔王の陰謀は私を待ってはくれないのだからな。


スポーツドリンクとやら、気に入ったぞ。


また必ずここに買いに来よう!」



勇者は一息ついて、カウンターの上にあった背嚢を持ち上げる。


液体の入ったペットボトルが入っているのだが、スッと持ち上げて担いでしまう。


そこもやはり勇者である由縁だろうか。


淀みのない口調で凛々しく、決意を決めたような声をかけ、勇者が身を翻した。


そして、彼が杖のようについてきた剣を再度手にすると、入ってきたときのようにガラスの引き戸を開き、夕暮れ時の中へ。


駅前方面の通りへ足を踏み出し、その姿が石川商店の中から見えなくなった。



「ちょっ、お客さん!?」



そのままの姿で出ていくのか。


ゴールドってこれどうしたらいいのか。


熱中症ならそんなにすぐ直らないだろう。


その他にも聞きたいことは諸々。


石川少年は慌ててカウンターから出ると、ガラスの引き戸を開けて、勇者が歩いて行ったであろう方を見た。


が、そこには誰もいない。


人気が少ない、駅前に至る通りがいつも通りにまっすぐ続いているだけだった。


さっきまで店内にいた勇者など、まるで最初からいなかったのかに感じるほどだ。



「…夢、じゃないよな。」



彼の言葉は、カウンターに置かれた革袋が肯定している。


これの存在が勇者の実在を裏付けていると言っても過言ではない。


石川少年は店内に戻り、革袋から顔を出した金貨を一つ手に取ってみる。


蛍光灯と夕暮れの西日の光を受けて、飾り気のない金色の硬貨がきらりと輝いた。





少年は手に取った硬貨を、おもむろに口元へ。


金色のそれをかみ砕かんとするように、真ん中に向けて上下の門歯を振り下ろした。


しかし、人体の中でも最も強固な器官であっても、その金色を真っ二つにすることは不可能。


それはこの硬貨がチョコレートなどの菓子の類ではなく、硬質な無機物によって構成されていることを示す証。


つまり本物であるという証拠だろう。



「いってぇ…マジで夢じゃないのかよ…」



金属を思い切り噛んでしまった痛みと、非日常の出来事としか思えない現実を受けて、少年は顔をしかめるしかなかった。


そして、次に考えるべきは、カウンターに叩きつけられた「ゴールド」の処理と、実質タダで渡してしまった商品に対する、家族への言い訳だろう。


丁度、店の裏に父親が帰宅したことを示すバイクのエンジン音が聞こえた。


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