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Contemporary novels

名無しの猫

作者: よた


 ある夜。外は雨が降っていました。そんななか、公園で二匹の子猫が段ボール箱の中で暖をとり、寒そうにしています。いっぽうは灰色と黒のシマシマ模様のメス猫。もういっぽうは白に黒いブチがあるオス猫。二匹には名前がついていません。だから、生まれた時から呼び名は「あなた」と「お姉ちゃん」でした。


 弟は、飼い主に捨てられたとは夢にも思いませんでした。だから、いつか飼い主がやってきて、温かい毛布とミルクを用意してくれるのだと信じています。でも、一日経っても、二日経っても飼い主は戻ってきません。


「お姉ちゃん、おなかすいたよ」と弟が箱の隙間から外を眺めながら言いました。「それと寒いよ」


「大丈夫よ、あなた」姉は段ボール箱の隅でうずくまりながら言いました。「もうじき迎えに来るわ」


「ほんとに? お姉ちゃん!」弟は微笑みました。


「えぇ、そうよ。もうじき……」


 二匹はこのまま三日目の晩を迎えます。雨は止んでいましたが、外は寒いまま。箱の中も寒いまま。だから二匹は、身を寄せ合い暖をとります。


 弟は寒さで夜中に何度も目を覚ましてしまいます。一方、姉はぐっすりと眠っているようで、まったく動きませんでした。弟は姉にもっと身を寄せますが、ちっとも温かくなりませんでした。結局、弟は一睡もできずに朝を迎えます。


「お姉ちゃん、おはよう、朝だよ」と弟は姉に声をかけました。


 でも、姉は返事をしません。おかしいと思った弟は、もう一度姉に呼びかけます。


「お姉ちゃん、どうしたー? げんきないの?」


 肩をゆすってみますが、姉は眠ったまま動きません。


 きっとおなかが空いて動けないんだと弟は思いました。何か食べればきっと元気になる、そう思ったのです。


《そうだ!》と弟はあることを思い出しました。


 姉が今の弟よりも子供だったとき、飼い主が白い食べ物を姉に与えていたのを思い出したのです。姉はそれをおいしそうに食べていたのです。それが何だったか、弟は知りませんでしたが、弟も一度だけ口にしたことがあったので、不思議な香りや味をしっかりと覚えていました。あんな不思議な食べ物は他に見たことがない。


 そうと決めた瞬間、弟は段ボール箱を飛び出しました。でも、すぐに首を傾げます。いったいどこへ行ったら、あんなものが手に入るのでしょうか。


 弟は公園を見渡します。公園には背の高い樫の木が冷たい風に揺られています。建物の隙間から見える蒼く薄暗い空半分には白とオレンジ色の光がこぼれていました。その光は、弟の冷え切った体をほんのちょっとだけあたためてくれました。まるで、いま眠っているお姉さんのように。


 弟は公園を出て、街の商店街へと向かっていきました。そこへ行けばあの不思議な白い食べ物が手に入ると思ったのです。朝早いので、人はほとんどいませんでした。案の定、商店街の店はぜんぶシャッターが下りています。


《困ったな……これじゃあ、お姉ちゃんに不思議な食べ物どころか、不思議じゃない食べ物もあげられない》


 猫は商店街をキョロキョロと見渡し、辺りを言ったり来たりしました。


 すると、一件の店がシャッターを、ガラガラ……と音を立てて開きました。どうやら店がはじまったようです。


 猫は、待ってました、とでも言うように、見せの前にちょこんと腰をおろします。


 顔をだしたのは、おじいさんでした。


 猫はおじいさんの足元にすり寄ります。おじいさんは「なんだい、どうしたんだい?」と声を掛けてきました。


「不思議な食べ物を知りませんか? 白くて、変なにおいがするんです。でも、とっても美味しくて、ほっぺたが落ちそうになる、そんなものなんですが」


 おじいさんは「どっからきたんだい? 飼い猫かねぇ?」と喋っています。おじいさんは耳が遠いのか、まったく話が続きません。


 すると、店の奥からおばあちゃんがやってきました。おばあちゃんは猫を撫でると、おじいさんに言いました。


「おなか空いてるんじゃないかい?」


「猫って豆腐食べるのか?」


「食べる食べる。あんまりやりすぎちゃだめだけんどねぇ」


 おじいさんは、おばあさんに言われると、豆腐を皿に盛り付けて、猫にやろうとしました。


 猫は豆腐に顔をうずめるように食べはじめます。しかし、猫がいくら食べても豆腐はなくなりませんでした。疲れた猫はいつの間にか、深い眠りに落ちていたのでした。

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