07 かき乱す幼馴染と陰気勇者と瓶底る
「ゆうさん!『産地直送フルーツパフェDX ¥1380』手に入れて来やしたー!」
昼休みの購買からダッシュで帰ってくると、その勢いのまま教室のドアを開け、忠誠心を示すように跪きながら滑り込み献上品を掲げる。
昼休み真っ盛りの購買はライブ会場の様に人がひしめき合っていた。注文のパンを突き出すおばちゃんが、マイクを客席に向けるミュージシャンに見えたくらいだ。マジカッコよかった。
まぁ、そんな密集地帯も俺にとってはお手の物。隠密で堂々と壁をカサカサと這い、天井をコソコソと渡ると、代金と引き換えに勝手に『産地直送フルーツパフェDX ¥1180』を取ってきた。
並ばずして、無傷で、俺はやり遂げた。
「おー!すごいじゃん。だてに腹筋割れて……ってこら。ゆうちゃん。¥1180でしょうが。さりげなくお釣りピンハネしようとしないでよ」
「ちっ」
《みみっちい男ねー》
足を組み俺を見下す悪魔な幼馴染。
傍から見れば悪女のそれだが別にこいつの性根は善人だから本気で人を蔑むようなことはしない。無駄に整った外見のせいで何しても様になるからそう見えてしまう気の毒な女なのだ。
ということは一応幼馴染としてフォローしといてやろう。
「あの瓶底眼鏡の男子って……御神楽?だっけ?」
「なんか優菜と親し気……?あーそういえば幼馴染だってきいたことある」
(しまった。弱みを清算するのに必死でついいつものノリが出ちまった)
《クラスメイトなのに苗字うろ覚えなの草》
遠巻きにゆうと俺のやり取りを見守る女子二人から不審がられてしまう。
クラスメイトに苗字を自信なさげにかろうじて覚えてもらえる程度の空気陰キャが、日向に立つゆう。いやむしろこいつが光源説あるくらいの学園の人気者、ぶっちぎり陽キャのゆうと話していること自体が不自然なのだ。
「てか朝教室入ってきた時も何か話してたし」
「それ。身振り手振りのわりにメチャクチャひそひそ声で何話しているかわからなかったけど」
(だよねーそっから変だよねー)
あの時は幼馴染の裏切りに我を忘れてたの。
そんな状態でも遮音魔法で会話を聞かれないようにした自分を褒めてあげたい。
「付き合ってんのかな?」
(何をどう見たらそう映る?)
恋愛脳JKめ!
なんかそういう風に見えるコンタクトでも入れてんの?大丈夫?瓶底眼鏡貸す?
(さてどうしたもんか。ゆうと親しげに見られてしまうのは俺の都合的に非常にまずい)
なによりそんな噂が立ってしまうと風紀委員長のファン共だけじゃなく、ゆうのファン達にも命を狙われてしまう。
普段は美化活動の時の様に多少一緒にいても、ゆうの圧倒的陽キャオーラに俺の情報・存在全てが覆われてうやむやになるから問題ないんだけど。
流石に朝から、今のやり取りは目立ちすぎた。
「それはあり得ないっしょ。瓶底の御神楽が優菜のこと直視したら目つぶれるレベル」
(なに?こいつ太陽かなんかなの?)
《ねぇゆーき。やってみて。ほら、ぷっ!あの…あ、朝焼けに焼けるアンデッド。幼馴染ちゃんの事太陽に……ぷぷっ!焼けるアンデッドやって》
《お前まだそれ引きずってんの?》
日食観察用のグラス仕様に変えた方がいい?この瓶底。
(まぁ、いい流れだからいいか)
そんだけあり得ない組み合わせと思われてるなら、この話の火種がこれ以上延焼することもないだろう。
「そんじゃ」
「………」
俺の圧倒的陰キャオーラのおかげでゴシップの炎が完全消火していく気配に満足し、『産地直送フルーツパフェDX ¥1380』の釣銭をゆうの机にチャリンチャリンと置いてその場を後に――――
「待って。ゆうちゃん」
ちぃっ。なんだかボケっとしてたからさりげなく釣銭をちょろまかして出したのに気づきやがった。成績微妙なのに妙なところで目ざといぜぇ。
「へ、へへっ。こいつぁ失礼を。学が浅いもんで勘定を間違えちまいやした」
《居たー。王都の貴族に寄生するなんちゃって貴族がそんな感じだったわー》
《あいつな。小物だと思ってたけどまさか魔神のスパイだったとは思わなかったわ》
ゆうに弱みを握られてる以上あのくらいまで自分を貶めなきゃ不安で仕方ないのよ。
「あのね……あの時の返事、なんだけど」
「……え?え?え、なに?どの時だ?」
「こうして私のために尽くしてくれるのは嬉しいんだけど、今まで通り『お友達』が一番いいと思うの」
《流れ変わったな》
《黙ってて?》
すごいねこの子。話の展開がジェットコースターな上にレールの途中にワープポータルあるよ。神出鬼没の変幻自在だよ。
「あーね」
「あーね」
学園のカリスマJKに振られる瓶底、という光景を見た女子二人は、納得の呪文とともに興味が失せたのか弁当をつつき昼飯を再開。
「え、なに?幼馴染の情緒が理解できないんだけど」
「付き合ってるって思われるより、ゆうちゃんが私のこと好きな男子。って思わせといたほうが納得いくでしょ?」
「………あーね」
明言はしないもののこいつ自身、自分が異性にもてる自覚はある。
だから瓶底幼馴染もその数多くいる中のなんてことない一人、貢物でアピールする恋するメン。
という隠れ蓑は確かに俺としても身を置きやすく………
「いや、ねーわ。あのままほっとけば俺がお前に気がある設定いらなかったのでは?」
「まぁまぁ。人の噂も七十五日っていうし」
「七十五日も待たなくても、あと数秒で俺の存在を目の前の弁当に塗り変えられてたんだよ」
「言ってて悲しくない?」
「陰キャの本懐じゃ」
《そうだ、お弁当!忘れてたわ、ゆーき早くあたしたちもママンのお弁当食べようよー》
つうか、そんな認識されたまましばらくゆうの言いなりにならないといけないの?
俺がゆうの事を好きという噂が広まったまま、周りがその献身を目にする度に……
『クスクス。実りもしない恋なのに、もうすでに振られてるのに。瓶底の奥絶対泣いてるよー。クスクス。涙で現実が見えないのかなー?でもあんな瓶底じゃ何も見えないかー?クスクス。カワイソ―過ぎて見てるこっちも泣けてくるー。視界が瓶底るー』
「言いすぎじゃん……!そんなの言いすぎじゃん……!『瓶底る』ってなんだよ!」
《なんだろー。ゆーきってよく勇者に選ばれたよね。その陰気さ魔のものなのにねー》
「ゆうちゃん。今朝から奇行が目立ちますよ」
あまりに悲しい未来に膝が折れた。朝方取り戻した涙も大盤振る舞い、瓶底る。
「……そんなに嫌だったの?………なんかむかつく」
「………ゆう様、お慈悲を」
なんか言ってるが己を憂うので精一杯の俺の耳には届かん。瓶底ってるから顔もよう見えん。
「お慈悲はありません。私は気分を害しました。ゆうちゃんにはきちんと課した責務を全うしてもらいます。手始めに美弥子さんのお弁当を分けなさい」
「………はい」
「せいぜい尽くしてね?片思い君?」
《いうねー幼馴染ちゃん。残念ながらその会心のキメ顔は、瓶底ってるゆーきには見えてないみたいだけど》
《お前もううるっせーよ!瓶底るっていうなぁ!》
《ゆーきの妄想が作り出したもんでしょうが……》
古い馴染みに死刑宣告を投げる幼馴染の顔は、さぞ悪魔のような顔をしているであろうその顔は、やはり瓶底った視界では見えなかった。