04 幼馴染と風紀委員長と謎の変人
「ふむ。はぐれた」
学園への通学路を進む生徒たちに背を向けながら、俺のIQ200(自称)の陰キャ頭脳はそう答えを出していた。
あれは、悲しい事件だった―――
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「ふふふ……ふははっ……あーーっはっはっはっは!見たまえゆうちゃん!まるでごみの様だ!」
「まぁゴミなわけだが」
物言わぬ投棄された無機物の集合体の行きつく場所。
通称・ゴミ袋の中身をまるで神視点で見降ろし、見事な笑いの三段活用をぶちかます、絶好調幼馴染。
「人が生み出し『暗黒物質』。いずれその罪が麻ひものように、自らの首を絞めることになると何故誰も気づかないのか……深淵をのぞ―――」
「聞き飽きたわ」
「ふっ……罪深い……」
悲しきかな。
通学路に毎朝毎朝ごみが捨ててあるのは事実で、比較的素行の良いウチの学園の生徒がポイ捨てしている可能性が高いと考えるのが自然だ。
同じ学び舎の級友を疑うのは大変心苦しく……も無いんだが、俺としては。
ぶっちゃけ、『千里眼』を使えばポイ捨て犯を現行犯で注意するのは造作もない、が。
『旅の恥は搔き捨て。一時の気の迷いで妄りなことをしちゃう人もいるのはしょうがないよ』
とは、美化美化行脚隊長:広瀬 優菜のセリフ。
俺が美会員に入ったのもこいつに無理やり誘われただけってだけだし。
隊長がこういってるんだから隊員の俺も大人げなく犯人捜しするようなことはせず、せっせと奉仕活動にいそしんでいる。
「でも空き瓶が割れたやつとかはほんと危ないよね。踏み抜いちゃったりしちゃうかも」
「みんな見てみぬふりでも、しっかり見て避けてるから心配ないだろ」
「あー。またそう言うひねくれたこと言うー」
《お人好しのくせにドライなとこはドライよねー。異世界でも自業自得の尻ぬぐいは極力しなかったもんねー》
うっせ。
「「「広瀬さん!!おはようございます!!」」」
ちくりと俺を刺す幼馴染とあほシステム音に悪態をついていると。
キレイにハモっているのに不思議と不協和音に聞こえるむさくるしい声共が、朝の清々しい空気を揺らす。
「お前の追っかけじゃん」
「うわ。困るなぁ……」
ゆうには珍しく、わかりやすく困った表情を見せる。
このむさくるしい方々は、左から。
広瀬 優菜のおっかけABCDEFGHIJ。
人気者の彼女は交友関係でなく、異性の恋心も一心に集めている。要するに彼らはそういう連中だ。
好きな女相手をつるんで追っかけるという心情はよく理解できないが、とにかく、ゆうに恋心を抱いているボーイズたち。
の、ほんの氷山の一角。
「あのー、今美化委員のお仕事だから、ね?」
「「「はい!御傍で応援してます!!」」」
そして、こういう時こいつは第三者を巻き込むようなことはしない。
幼馴染の俺が相手であっても、ゆうのくせに巻き込んだその後までを想定して、決して関わらせようとはしない。
だから、瓶底眼鏡を装備して空気と化している俺は、ゆうの隣からおっかけ連中に弾かれるように蚊帳の外に放り出されてしまう。
「相変わらず熱いな」
《いいのー?幼馴染ちゃん困ってるみたいだけど》
《毎度のことだからな。あんな連中でも犯罪のラインは超えてこないから大丈夫》
《ラインを越えたらどうにかするってことか。勇者は遅れて登場するものだしねー》
「君達!これは何の騒ぎだ!?」
あほシステム音の皮肉めいた言葉に心のざわめきを感じていると、むさくるしい不協和音とは打って変わって、凛とした鈴鳴りのような声が響き渡る。
「「「ふ、風紀委員長!!?」」」
「うっわ。もっと大変な人が」
(げ。風紀委員長じゃん。流石にこれは間が悪すぎだろ・・・・)
八方美人のゆうをもってして悪態をつかせるその人物。
二字熟語を並べるなら、快活・豪胆・女傑・美女。
そして何より風紀の乱れを律する、風紀の番人。
「なにやら風紀の乱れを感じるな。この『柴乃女 厳』の目の前で、いい度胸だ」
「ぃよっ!」
「ん?」
いかんいかん。
俺のモノローグといい感じにシンクロして名乗りを上げたから、ついついはやし立てちまった。
「……まぁいい。で、この騒ぎは―――やはりお前か、広瀬」
存在感を極限まで薄めた俺は、武芸に秀でているらしい彼女でも見つけられなかった。
そして矛先は幼馴染へと向けられる。
「え、こわい。なんでそんな怖い顔してるの?いわおちゃ……厳ちゃん」
場が凍り付く、というのはこういうのを言うのだろうか。彼女の下の名前をそう呼ぶのは周知のNG行為なのだ。
中二もクソもないキャラで上目遣いのゆうが発した言葉を皮切りに、風紀委員長からとてつもない怒気が放たれる。
《へー。こっちにもあれくらいの子いるのね?街一番、一万人に一人ってかんじかな?》
《おまけに怒らせるとめちゃ怖い》
《全界に一人の勇者様が良く言うわ》
「ほう・・・広瀬、お前はいつも面白い」
ゆらりと、追っかけが取り囲むゆうへと歩み寄る。彼女が近づき始めると、モーゼの十戒のようにおっかけの群れは割れた。
それも当然。
彼女の触れる範囲、その間合いに『弱者』が立ち入った瞬間問答無用で迎撃されると、生徒たちの間でまことしやかに囁かれている噂があり、それを信じているのだ。
そして、その領域に―――
「? その割にはやっぱり怖い顔してるけどなー」
易々とは入れてしまうこの幼馴染は一体なんだというのかは、言うまでもない。
そう言う意味でもやはりハイスペックなのだ。
「お前の周りはいつも風紀が乱れている。いずれ学園全体にその影響が及びかねない」
「人を病原菌みたいに言うのやめてくれないかなぁ」
二人の美少女が至近距離で見つめ合ってるのはなかなか捗るものがあるかもしれないが、実際には一触即発のメンチの切り合いだ。
微妙に人だかりができて、立見席のギャラリーたちもこの光景を見慣れているので、それをわかったうえで見ている。
この二人の相性はどうにも悪いらしく、小さな小競り合いが絶えない。
(こういう時、止めてくれるのがあの先生なんだけど……)
あいにく、彼女たちに割り込めるカンフル剤的なお方はこの場に居ない。
ギャラリー越しに千里眼で二人の様子を眺めながら、誰もみようとしない通学路のゴミたちをせっせと拾い美化委員としての使命を全うしていると。
「―――いかんな。生徒たちの関心をいたずらに集めてしまったか」
先に牙を収めたのは風紀委員長。
登校中の生徒たちの足を止め遅刻者を出すのは、立場上不本意という事だろう。
その役職に忠実な行動理念は手放しに尊敬できるな。
「広瀬。いずれお前を正して教えてやる。……その厚すぎる人望というのは周囲の人間をキズつけかねないと」
「………」
(この子も大概だな。ゆうの中二センサーには引っ掛からないみたいだけど)
ゆうに背を向け長い艶やかな黒髪を翻し颯爽と歩みを再開すると、例の如くギャラリーの壁が割れていく。
「んべー」
(小学生か、おまえは)
そんなかき分けるような移動をしているからだろう。
「・・・ん?」
風紀委員長の背中に舌を出す幼馴染に呆れつつも。
俺の美化委員としての使命感と千里眼が、風紀委員長の数歩先の地面、ギャラリーたちの足下に紛れている危険物を発見する。
(板・・・?に、釘)
なんでこんなものが落ちてるのかと。
鋭利な釘が天に向かってそそり立つ、極めて危険な悪意無きトラップがそこにあった。
そしてあろうことか、彼女がこのまま進めば数秒後にその釘を踏み抜くのが今確定した。
『未来視』ではなく、彼女の動きを『洞察眼』で読み切った限りなく確定に近い想定された未来。
(行先の足下が見えなきゃしかないか)
彼女が数歩。
歩を進めるほんの数秒間で、俺は呑気に長考した。
別に風紀委員長がケガをするのを見過ごすわけではない、こっちとしても瓶底眼鏡までかけてる以上目立ちたくないというのが念頭にある。
極力目立たず、釘を踏み抜く未来から彼女を救う方法。
加速する思考と緩やかに動く世界で、俺がはじき出した最適解は。
「きゃっ!?」
「―――大丈夫かい?仔猫ちゃん?」
別人になり切る事だった。
「え?ぁ……え?」
「あのままだったら、足元のくぎを踏み抜いてたぜ。そのすらりと綺麗な脚が台無しじゃねぇか」
別人、といっても顔を造りかえられるわけでも、幻術魔法を使うわけにもいかないので。
瓶底眼鏡をはずして、話し方を変えるだけというなんともお粗末なものだった。
《え……ゆーき、どったの?ゴミ拾いの時間違ってそのまま変な物食べちゃったの?》
《……やかましい》
さて、どうしたものか。
体感時間を引き延ばした世界の中、咄嗟の天才的機転で眼鏡をはずし、『神速』で風紀委員長の体ごとかっさらい釘を踏み抜く未来を回避した。
つまり今、風紀の番人たる風紀委員長をお姫様抱っこしながら、ギャラリーたちに背を向けている状態である。
(マジでどうしよう)
ここから離脱するのはなんという事はないが、突然目の前から消えたら白昼の幽霊騒動になる。
眼鏡をはずしているとはいえ、顔を見られるのもリスキー。
このまま固まっていたら、不審に思ったギャラリーたちが顔を覗き込んでくるかもしれん。
「ぁ、う……あ、あ」
「……」
腕の中であうあう言っている風紀委員長にはもうガン見されてっけど。
「は……はなしてーーー!」
「ぅおっと」
衆人観衆のお姫様抱っこがよほど恥ずかしかったのか、カバンを側頭部に叩きこんでくる。
こんな体勢でも急所を狙ってくるのはさすがだ。
ていうか登場すぐキャラ崩してごめんなさい。
「お転婆なお姫様だ」
「ななな、なにを!貴様は何を言っている!」
一度演じてしまったからと、謎のプロ意識に促され訳の分からないキャラを演じつつ、カバンを避けながら彼女を下ろすと、ぷんすか言いながら襲い掛かってくる。
(はっ!これだ!)
詰め寄る風紀委員長をみて、きわめて自然にこの場からフェードアウトしていく算段がついた。
「このっ!よけるっ……なっ!」
「あっはははは。捕まえられるかい?」
カバンだけでなく蹴りや裏拳まで打ち込む彼女をいなしながら。
「なっ、んで!当たらな……ひゃ!?」
「素敵なダンスだ」
《マジなにやってんの……?》
ギャラリーに顔を見られそうな角度の時は、チークダンスのように彼女の体を引き寄せ遮蔽物に。
間合いを離す時は彼女が躓かないよう、不得手な体勢を避けるように立ち回り。
まるで流麗なダンス。
それを数回繰り返すと、所定のポイント。
ガードレール傍まで誘導したところで―――
「このっ!っく……きゃ!?」
「夢の様なひと時だったよ……足元のゴミには気を付けろよ」
最後に彼女を引き寄せ忠告。
位置を入れ替えガードレールの外へ出ると、そのまま斜面を滑り降りていった。
学園への通学路であるここは、勾配が激しいところがあるからこんなこともできる。
スカートの彼女では追ってこれまい。
顔も見られなかったし、ギャラリーたちもちょっと身体能力の高いアクティブな変人という認識で、そのうち記憶の片隅に埋もれていくことだろう。
地域の変質者注意報に取り上げられなければいいが…………
……
制服だもん大丈夫だよね?
そして、状況は冒頭に戻る……
なお、
「……ゆうちゃん、なにやってるの?」
「~~~~~~~っっっ!!」
俺が消えたガードレール傍で、幼馴染だけが呆れながらにそう呟いたのと。
赤面して地べたにぺたんと座り込む、涙目の弱弱しい風紀委員長様にファンが急増した話は、
また追々。