01 異世現戻ったらついてきたものと変わらないもの
《あなたは選ばれたのです》
『ゆうくん、なぁに?その石』
『ゆうくん!見つけたよ!キレイでしょ!』
『えへへ・・・ゆうね。ゆうくんにほめられるの・・・・だいすき』
『ゆう・・・くん?』
そんなこと俺が望んだんじゃ―――
『待て待てゆうちゃん!』
『これ、なんかかっこいい・・・!』
『ゆうちゃんもそう思わない!?』
『ゆうちゃんとわたしは『しゅくめい』なんだよ! え?いみ? んー・・・テレビで言ってた!』
やめろ・・・
《あなたこそまさしく、救世の―――》
『勇者・・・まさしく勇者!』
『封印が解かれたか・・・!』
『その力、神の祝福か、あるいは・・・呪いか』
『やがて王女をめとり・・・』
『勇者とその六人の英雄たちよ!』
『この世界を、救ってくれるか?』
『お慕い・・・申しております』
『何が・・・救世だ!』
『くくく・・・ヤツは四天王の中でも最弱』
《さぁ、目覚めるのです》
うるさい。
『ゆうくん』
『ゆうちゃん』
『勇貴!』
黙れ、やめろ―――
―――キ
『ば、馬鹿な!?この魔神、『イシュヴァリタス』が・・・人間ごときにぃいいい!?』
『ゆうちゃん!受け入れるのだ!』
うるせぇっての―――
『我を・・・我を滅したところで・・・!微かな延命に過ぎぬのだぞ!』
『勇貴・・・様・・・』
『よくぞ成されました。あなた様の功績を称え―――』
『ゆうくんのおかげで毎日楽しいんだー』
―ユ――!―――テヨ
『それは、貴様の、真の意思だったのかぁぁああぁ!!?』
『ありがとね!ゆうくんっ!』
うるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさい!!!
『哀れな・・・まるで・・・道化、よ』
『ゆうくんがいたから・・・わたし―――』
『帰るがいい―――破滅の木偶め』
―――ゆーき!
《ゆーき!遅刻するってばぁ!おーきーてー!! 起きないとー・・・・チュー♡しちゃーうぞ☆》
「うるっっっさいわぁぁあぁああぁ!!」
《ひゃっ!?》
何とも目覚めの悪い夢を見ていた気がする。
普段寝つきよく悪夢なんぞ見ない俺が、こんな不愉快な気分でカーテンの隙間から差し込む清々しい朝日を浴びにゃならん原因。
寝起き早々に忌々しいその発生源を探そうと脳をフル回転させようとするが。頭にキャンキャン響く声がその答えを突き出す。
《ちょ、ちょっとー!この時間に起こせって言ったのゆーきじゃーん!いきなり『五月蠅い』はないでしょ!》
「・・・悪い。ちょっと夢見が悪くてさ」
誰もいない自室で俺は一人声を発する。
誰かに見られたら奇人のそれだろうな。
《えー?ちょ、ありえないんですけどー。あたし傷ついちゃったー。もうPTAなんですけどー》
「多分、PTSDな?」
客観の痛い視線をあおるように俺はやれやれとため息交じりに首を振る。
いや、わかるよ。
ヤバい奴だよ。
一人で実体のない何かと、虚空に向けて話しかけるこの姿は誰にも見せられない。
自覚はあるよ。
でも、しょうがないだろ。
こいつは確かに存在するんだから。
《これはもうあれね。朝ごはんの締めに、ママンが大事にとってあるヨーグルト。あれに例のベイグの実みたいな果物を乗せてあたしに献上してもらわないと、この心の傷は癒えないよ?》
むしろそんなんで癒えるほど安っぽい傷なら唾でもつけとけ。
「あーはいはい。ヨーグルトにブルーベリー乗せたのが食べたいってことな」
《さっすが元勇者!話がはっやーい!ヨっ!異世界交流第一人者!!》
「第二に次ぐ奴がいるならお前を押し付けたいよ」
《ひっどーい!女の子にそんなこと!パワハラ!元勇者がパワハラ!世が世なら聖騎士に売りつけてやるところだわっ!》
「・・・・・その『世』が真っ黒だったんだから、こんなシミみたいな汚れ、滲んで消えるだろ」
《―――あたしは、あなたの味方よ。勇貴》
「どうだか」
さて。
自室のベットから起き上がり、ドアを開け、階下から立ち上る朝食の香りを鼻腔に感じつつ階段を下りていく日常的な場面のここで説明しておこう。
異世転勇者救世現帰日常戻!
以上!
要は異世界へ呼ばれ勇者と奉られ、その世界を救えと言われ、救って帰ってきた。
《うっふふーん♪この世界の甘味はどれもおいしいからぁ、たっのしみー☆》
そしてさっきから五月蠅いこの女の声は、まぁ。
いわゆるシステム音だ。
俺が救ってきた世界も例の漏れず、こっちでいうゲームみたいな世界で。
レベルが上がったときとか、都度都度解説役みたいな立場で干渉してきた。
《この『世界の観測者』を差し置いて、こんなにも甘美なものであふれているなんて、ゆーき!最高じゃないの!こっちの世界は!》
救ってきたあっちの世界から戻ってきたらなぜかこいつだけついてきた。
ついて来るだけならまぁまだ良かったんだが・・・
「はぁ・・・ほんと、ずいぶんとキャラ変わったよな。おまえ」
《あーっ。異性に対して『お前』なんて言うのも下手したらハラスメント認定される世の中なんだからねぇー?》
「はいはい。気を付けるよ」
こっちの世界に来てからというのも、お堅く最低限の発言しかしてこなかったこいつは、それはもうここぞとばかりに『自分』というもの。
つまり個性を押し出してきた。
挙句。
《ゆーきはあっちにいた時から女の子の扱いへたっくそなんだから、そういう気をつけなさいよー?》
そう言いながら眼前に見せつけるように主張するは凶暴なまでに暴れ狂う女体の双丘。
「・・・おっまえ、いきなり姿見せんなって言ってるだろ・・・」
《あっっっるぇーーー?ドキッとしちゃった?あたしのカ・ラ・ダ・に♡》
「そういや俺が持つスキルには思念体に対する物理干渉ができるやつがあったな。それ使いたい気分だわー」
《やん♡あたしに触ってぇ、なにするつもりぃ?》
このシステム音、声だけでなく俺だけに見える思念体を出現させるようになった。
さらに厄介なことにその容姿、艶めかしい肢体がこの上なく魅惑的なのだ。
身に包む衣装もかなりきわどく、もはや狙っているとしか思えないほど。
中身アホのくせに非常に腹立たしい。
俺も元勇者とはいえ、基本的に普通の男子高校生。
その扇情的な姿に心を揺さぶられることが―――
「お前が昨日興味深そうに見ていたプロレス動画の技、全部かけてやるよ」
《鬼!悪魔!勇者!》
そんな時期が僕にもありました、はい。
異世界から帰ってきて一週間経った今となっては倦怠期の夫婦のように見飽きた。
《―――もう。イ・ジ・ワ・ル♡》
「―――耳元で話しかけるな!システム音なら頭に響かせろやぁ!?」
《んなははは!なにそれバンドマンみたーい!胸に響かせろみたいなぁ?》
たまに不意を突かれたりもするが、まぁうまくやってるよ。
「おはよう。母さん」
「あら、やっぱり起きてきたのね勇貴。変な独り言が聞こえたから」
《おはよー、ママン☆》
《聞こえてないっての》
ちなみに、このシステム音とは声に出さず念話ができる。
けどあっちとこっちの世界では色々勝手が違い、これをやるとまぁまぁリスクがあるので周りに人がいない時は声に出して話している。
「いや、ちょっと廊下の角に小指ぶつけてさ」
「そうなの?てっきり優菜ちゃんの面白いクセが移ったのかと思ったわよ」
《はいはーい。この人あたしの身体に興奮していましたー》
「母さん。今日は冷蔵庫のヨーグルト賞味期限切れる前に早く食べちゃいなよ」
「あらほんと。早く食べちゃわないと♪」
《あー!ゆーきはほんとにイジワル!》
あらかじめ言っておくと、母さんと俺は血が繋がっていない。
勇者として異世界に転移するような星のもとに生まれたせいか、まぁ、色々抱えてはいる。
でも何があろうと、今の俺は―――
『ゆうちゃーーーーん!御神楽勇貴ちゃーーーーん?』
・・・なんかセリフとられた気分だ。
「あらあら?今日は少し早めなのね?優菜ちゃん」
「―――って、そうだ!美化委員会の早朝活動があるんだった!」
やっべー。
だから、このポンコツシステム音に目覚まし頼んでおいたのに。
「ごめん!母さん!食べてる暇ないみたいだ!」
「スン・・・ママより、かわいい幼馴染を選ぶのね・・・?」
「ぅぐ・・・!」
俺の強みも弱みも何もかも。
俺の人格を形成する殆どがこの女性の影響を受けている。
だからこそ頭が上がらない。
泣き顔なんてもってのほか。
あっちの世界で対峙した『勇者殺し』の人造人間を相手取っていた時のほうがなんぼかましだ。
「―――なんて、冗談よ。早く行ってあげなさいな」
「・・・帰ってきたら絶対食べるから!取っておいて!」
《マッザコーン♪》
「あとヨーグルトはほんと早く食べたほうがいいよ!」
《陰険!陰険勇者!!》
「いってらっしゃーい」
リビングのドアを開け母さんの視線から抜けると。
「よしっ」
あっちの世界から持ち帰った特殊能力の一部である空間魔法、『アイテムボックス』を発動、応用し一瞬で制服へと着替える。
《見てる側からしたらつまんない着替えねー。腹筋見せなさいよ、腹筋》
「見せもんじゃねぇんだよ!!」
いちいちうるさいシステム音にツッコミを入れつつ玄関のノブに手をかけ。
「わるい、ゆう!少し待たせた!」
早朝の訪問者を迎えると―――
「このくらいかなぁ?・・・・いやでも、このくらい翻っていたほうが―――」
「…………」
これまた扇情的なアングルで自ら短いスカートをはためかせている―――
《わぁお☆幼馴染ちゃん、今日も攻めてくるねー》
「・・・ゆう。何してるんだ・・・?」
「はぇ?ゆう、ちゃん・・・?」
というか、完全にこちら側にショーツを見せつけている幼馴染の姿があった。