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伝説の勇者だから魔王と平和交渉することにした  作者: 伊藤 黒犬
第二章 人造魔物の数え方
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10

 星空の元、セルが一人で湯に浸かっている。

 数分近く鼻まで湯に浸っているはずだが表情は平然としている。水面に空が映り、まるで湯の上に星が浮かんでいるかの様。

 セルは水面から目だけを出してじっと浴場の扉を見つめている。


 ふと浴場の扉が開いた。

「あ、セルさん。本日は本当にありが…………ど、どうなされましたか?」

 入ってきたのはフレアだった。セルは湯から顔を上げ激しく咳き込んだ。





 机を囲む五人。

 窓の外は村人たちがいない代わりに兵士たちがたむろしている。


「王族なのはだろうなって感じだが……第二王子ってのは絶対嘘だろ」

 テラはフレアの顔を鋭い目つきで眺めている。傍から見ればそれは最早尋問。

「ほっ、本当です! さ……先ほども私はきちんと男湯に」

「姫様なんとはしたないことを。爺やは悲しゅうございますぞ」

 爺やの一言に一同が疑いの目でフレアを見る。必死で弁解するフレアだったが、湯上りでほんのり赤くなり一層色っぽくなった姿では何の説得力も無い。

「せ、セルさんも何か仰ってください……」

 唯一の証人であるセルは黙々とそのやり取りを眺めているのみ。

「それはいいとして。その、洗脳というのはどういう魔法なのかしら」

「いいとして……確か洗脳は魔力を相手に流し込むことで可能……で、ですが」

 明らかに目を光らせたケシィに慌ててフレアは付け加える。

「い、一部の人造魔物にしか使えないと言われています。ですから所長は恐らく自ら作成した人造魔物に使わせて、父上を洗脳していたのかと……」

 気落ちした様子で手に込めていた魔力を戻すケシィ。テラは昨夜と同じ怖さを感じ本能的に後ずさった。



 運ばれてきた料理は海辺の村らしく魚介類を中心とした豪勢な物であった。今朝とはまた違い特別感あふれる食卓。なお作成者は同じくテラ。

「今朝のリベンジだ。全部食え」

 一人前の半分に満たない量しか料理が盛られていない皿。それでもセルは困ったように顔をそらす。テラの目つきが余計に鋭くなった。

「……じゃあ全部口ん中ぶっこんでやろうか?」

 咄嗟にセルは首を横に振り皿を受け取った。スプーンを手に取るも動きは止まる。

「あ、あの……セルさん、体調がすぐれられないのですか……?」

 心配そうにセルを見るフレア。周囲を見渡すと机についていた一同が同じ視線をセルに向けていた。セルは両手を横に振り慌てて料理をすくって口に入れる。

 その様子を見てセルに集中していた視線は散らばった。

「セル? そんなに慌てなくていいのよ、制限時間がある訳じゃないんだから」

 相変わらず極端なんだから、と呟くケシィの表情はどことなく嬉しそう。

 先ほどの問答の続きを始めた女子達。その中で爺やは何かが気掛かりな様子でセルを眺めていた。

「付かぬことをお聞きしますが、セルさんはここまで寡黙な方でしたかな」

 爺やの問いにケシィは戻ってきてからの会話を思い返してみる。

「そういえば……さっきから身振り手振りで、どうも変ね」

 ケシィがセルの方を向いた。セルは口を押さえ食べたものを戻していた。



 再び全員がセルを見た。

「……せ、セル!? ど、どうしたの急に」

 椅子から離れてケシィはセルの背中をさする。咳き込み続けるセル。まだ皿の料理はほとんど減っておらず、僅かに手の中に戻しただけで胃液しか吐かなくなった。

「吐くほど食べるなんて……って、まだこれしか」

 机の上の皿を見てケシィの手が止まる。

 落ち着いたのか咳き込むのは止み、セルは下を向いたままよろめきつつ椅子を立ち上がろうとした。しかしテラに肩を掴まれ椅子に戻される。

「何かあったんだろ。言え」

 テラに睨まれてもなおセルは俯き口を閉ざしている。その様子を見てテラは舌打ちをし、乱暴にフードごとセルの頭を掴み上げた。

「テメェ……さっきからだんまり決め込んでんじゃねえよ、ふざけやがって」

「テ、テラさん、今は手荒なことは」

 濡れ布巾を手にしたフレアがテラを止めようと足を踏み出した。

「ここ二三日もロクに食ってねえ癖に…………ん? やっと何か言う気に」

 セルが口を開いた。


 突然セルは椅子から立ち上がりその場でしゃがみ込んだ。後ろに倒れる椅子。

 肩に椅子がぶつかり事態に気が付いたケシィはセルの前に回り込み両手を握った。セルは床に視線を落とし何かを叫んでいる。

「セル落ち着いて、そんなに激しく呼吸をしたら駄目よ」

 手を強く握りしめるケシィ。セルの声は誰の耳にも届いていない。

 ケシィの語りかける声とセルの呼吸音だけが聞こえる中、急なことにテラとフレアは立ち止まってその様子を見つめていた。


「…………やはり。声が出なくなっているようですな」

 ふと発された爺やの言葉に、セルは息を止め顔を上げる。







 月明りの差し込む暗い部屋。ため息をつく音が響く。


 シーツをずらしてベッドから降り、セルはおぼつかない足取りで部屋を出た。

 暗い廊下を何かに怯えるかのように進んでいくセル。その足元に半透明のゲル状のものが広がっている。

「うわっ」

 誰かの声が薄暗い中で聞こえた。セルは足に触った謎の感触に後ろへへたり込む。恐る恐る左右を見回し、後ろを確認して前を向いた。

 目の前に青年が立っている。


 無音の中に鋭く息を吐く音。セルは後ろへ後ずさった。

「そ、そんなに驚くことないじゃないっすか……」

 聞き覚えのある声。よく見てみればそれは夕方の水色髪の青年だった。

「天井の穴から入ろうとしたんすけど……命中しなくてよかったっす」

 青年が指さした先、天井の板の間には小さなすき間があった。

 理解出来ないという表情で青年を見るセル。青年はああ、と言って手を差し出した。

「自己紹介まだだったっすね。俺はプル、人造魔物のスライムっす」

 にっと笑う青年改めプル。プルプルのプルなのだろうが、それを言及する人はここにはいない。

 立ち上がり、セルがプルの手を握ろうとすると手は突き抜けてゲル状になった。驚いた様子でセルはプルの顔を見た。

「とりあえずそっちは兄貴って呼ばせてもらうっす。俺これでも三歳なんで」

 プルは構わず話を進めていく。セルは戸惑っていることしかできない。

「にしても意外と元気そうで良かったっす。じゃ、さっさと言って帰るっすね」

 手を人型に戻しプルはわざとらしく咳をついた。


 プルは別人……別のスライムかと思うほど真面目な顔つきに変わっていた。

「兄貴は相手を信用しすぎっす。そのままだと仲間まで危険に晒されるっすよ」

 窓の隙間を潮風が通り抜けて笛のような音を立てる。

 後ろで扉が開く音。誰かが足音を殺してこちらへ歩み寄ってくる。

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