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伝説の勇者だから魔王と平和交渉することにした  作者: 伊藤 黒犬
第二章 人造魔物の数え方
11/55

03

 小屋の中で椅子に縛られている老男性。服や床が血まみれなのにも関わらず、老男性は無傷どころが元気そうな様子。

「まるで駄目じゃな。拷問と言えばまず魔法を封じるところからじゃろう」

 素直に頷く鬼と狼男。その光景は学校の授業の様。

「面倒だな。首切って声出ないようにした方が早くねえか?」

「首を切ったら死ぬじゃろ。よく聞くんじゃ、人の急所は……」

 あの鬼が教えを受けているだけでも異様なのに、教えているのが拷問対象だという違和感の尽きない状況。

「具体的にどれ程の量の血が出ると失血死するのですか?」

 知的好奇心なのか鬼への対抗心なのか、メモを片手に積極的に質問している狼男。

「しかし何だろう、この書き分けの出来てないキャラを見ているような気分は……」

 魔女は参加せずただ眺めているのみ。




 真夜中、魔女は音を立てずに毛布を抜けるとランプをもって老男性の方へ近づいた。小声で火炎魔法を唱えランプに弱い灯りをともす。

「……うわあ…………」

 思わず声を漏らす魔女。椅子に縛られた老男性は全身にえぐるような傷が入り、手には酷いやけどのあとがある。

「……こ、これ……あの二人がやったんだ……少し怖いな……」

 老男性は静かに寝息を立てている。その首元には狼男の爪のあとが残っていた。

 ランプの灯りの中老男性を眺める魔女。


「……眩しい……」

 ふと老男性が目を開いた。

 魔女は驚きのあまりランプを床に落とす。ランプの火は落ちた衝撃で消えた。

「あっ、危ない……引火しなくてよかった……」

 ランプを拾い火をつけ直す。

 老男性は目を薄っすらと開けて魔女を見ると、思わず声を出しそうになったのをこらえた。椅子が揺れて倒れかける。

「あ、その……拷問の続きをしに来たわけでは無くて」

 魔女は慌てて弁解する。

「それなら何故……」

「どうしても気になったんです。何で自分に不利になるようなことを、あの二人に教えたんだろう……と」

 老男性は成程、と数回頷き顔を上げた。

「人造魔物の生態に興味があったんじゃよ。それで観察でもしようかと」

「いや……流石にそれだけでこんなことはしないですよね」

 一蹴する魔女に老男性は数度瞬きをした。


 そしてため息をつきながら笑った。

「もう……何もかもがどうでも良くなったんじゃ」

 傷だらけの顔で力無く笑う老男性。え、と魔女は声を漏らす。

「ど、どうでも良くなったって……」

「誰も守れず、むしろ傷つけるばかりで老いていく……虚しいじゃろ」

 老男性は自分の手に視線を落とす。指先が潰れた右手。服で隠れていたが男性の左腕は無かった。

「大切な人々が苦しんでいても見ていることしかできないで、わしには何もできないんじゃよ」

 老男性の話に魔女は言葉を失う。

「だから……」

 老男性の頭が不意にガクッと落ちた。それは寝落ちというより気絶だった。


 反応のない男性からランプを離すと、魔女は足音を立てないようそっと寝床へと戻った。しかしすぐには眠らず、しばらくの間天井を見つめていた。

「私は……誰かを守れてたのかな」

 生前に思いをはせる魔女。

「…………何で皆忘れちゃったんだろう……」

 頭を抱えて横を向くと、諦めて目を瞑った。





 今朝から七度目の気絶をした老男性は、狼男に水をかけられて目を覚ました。

 水魔法を放った手を下ろし、狼男は腕を組む。

「しかし口を割りませんね」

 老男性はゆっくりと顔を上げ狼男に対し微笑む。

「勇者は正体を隠しておるからな。他に居場所を知っているものがおるか……」

 言い切る前に老男性は咳き込み血を吐いた。首には縄のあとが増えている。

 それは昨日の話を聞いた後ではより一層痛々しく見えた。


 一向に変化のない老男性に狼男は溜息をつく。

「協力的なのか何なのか分からない人間ですね……」

「もう飽きたしさっさと殺そうぜ」

 鬼が刀の刃の無い側を老男性の首にぶつける。後ろの方で昨日以上に苦い顔をして座っていた魔女が立ち上がった。

「聞き出す前に殺すなどどこまで残念な頭……と言いたいところですが、確かにこれ以上やっていても情報は聞き出せなさそうし」

「ほぼ言ってるじゃねえか。お前も殺すぞ?」

 鬼のツッコミを無視して狼男は爪を出し老男性の眉間に当てる。

「最後のチャンスです。勇者の居処を話してください」

 爪が刺さり眉間から血が流れる。それでも老男性は笑みを崩さない。

「残念じゃが言えん。世界に関わることじゃからな」

「そうですか。では殺します」

 淡々と言い狼男は手に力を入れる。


「転移魔法っ!」

 だが、その前に後ろで魔女が声を上げた。





 清々しい青空の下、城門前には数十人の武装した兵士が立ち並んでいる。昨日の襲撃を受け警備は厳重になっていた。

 頭から血を流し横たわる老男性。

「回復魔法」

 魔女が唱えると流れていた血は止まり、全身の傷の半分ほどが消えた。

「もっと早いうちにこうしてればよかった。そしたら全部治ったのに……」

 老男性を見下ろし魔女は呟いた。そして再び杖に魔力を込める。


「ま、待つんじゃ!」

 突如後ろから老男性に足を掴まれ魔女は前に転びそうになる。

「な……何ですか、急に危ない」

「わしも連れて帰るんじゃ。一人で帰れば間違いなくあの魔物らは……っ」

 立ち上がろうとした老男性は指先の傷から再び出血した。片腕しかない老男性はその手をついて立ち上がるしかなかった。

 魔女はその手に回復魔法を唱え、心配する老男性に笑って見せた。

「殺されることは無いです。まあ……せいぜいまた変な魔力流される程度かな」

 前回を思い出し苦笑いする魔女。老男性は魔女を呆然と見上げている。

 魔女は老男性の手を取り上に持ち上げた。

「そんなに自虐的にならないでください。お爺さんのことを大切に思う人だって」

「貴女が言わないでください!」

 老男性が声を荒げた。


「人を残して自殺した癖に……どれ程苦しめたら気が済むんですか」

 突然敬語になる。しかし魔女はそれよりも老男性の発言内容に凍り付いていた。

「……え、私……自殺したの?」

 魔女は自らの死因すらも知らなかった。……正確には忘れていた。

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