戦線崩壊1
砲撃戦は夜まで続いた。互いに身動きできぬ旅団側の砲撃陣地と着底した帝国艦隊打撃艦の巨砲。旅団側の砲撃陣地は、帝国艦隊が着底したイーサンアルグーバ湖の周囲に数十ものリング状に配置されていた。四方八方の砲撃陣地からの十字砲火は、帝国艦隊へ向けて集中し、一隻筒吹きとばしていく。他方、帝国艦隊は、打撃艦の巨砲によって一撃で砲撃陣地の一つを吹き飛ばしていく。
冬の夜空の下で、吹き上がる爆炎が次第に数を増していった。一つの爆炎は一つの陣地か又は一つの打撃艦か強襲揚陸艦が吹き飛んだことを示している。その数が増すとともに砲撃戦は激烈さを増していく。
「私に聞こえてくるのは鬨の声、いや悲鳴なのかしら…・」
僕は娘の絶姫の言葉に驚いた。
「砲弾が飛び交い、爆炎の音が響く中で、人の声が聞こえるというのか?」
「帝国打撃艦隊には、強襲揚陸艦を伴っていたわ。その艦には帝国人の上陸強襲部隊が乗っているようね」
「ペルシア方面からの帝国陸軍は、ペルシア人の傭兵部隊だ。彼らは金と民族同士のつながりで懐柔できる。しかし、強襲揚陸艦が上陸させる陸上部隊は、多くが僕と同じ東瀛人と、北方漢族系帝国人だ。彼らは古来から国術に生きている。今、ここで打撃艦隊とともに彼らを壊滅しなければ、上陸したあとの彼らの大部隊に旅団は対抗できない」
「こちらも、打撃艦からの砲撃で砲撃陣地が次々に吹きとばされいているわ。どうしましょう?」
「急いでこの陣地から撤収しないと…・」
「どこへいこうというの?」
「メソポタミア方面軍に加勢に行くんだ」
「ジブチの司令部じゃないの?」
「メソポタミア方面軍は、兵士たちではなくジャラール・アルアラビーなどのペルシア人工作員たちからなる小部隊だ。彼らはペルシア人傭兵に入り込んで工作を始めている。懐柔し解散させればいいことだからな」
「私たちもいくの?」
「小人数しかいないのだ。僕たちは、何かあった場合にそなえて彼らのバックアップになっておかないと」
岩山から見下ろす砂原の向こう、眼下に見える湖。その湖の姿は干上がって水面は消えていた。だが、その代わりに帝国艦隊の打撃艦や駆逐艦の影が、湖の形に添って着座したまま炎上している。その一つ一つの打撃艦が、旅団側の十字砲火により次々に全て爆発し、壊滅していく。僕が睨んだとおり、上陸強襲管には通常兵器で武装化した上陸強襲部隊が乗り込んでいた。それらの兵士たちが火に包まれながら壊滅している姿が、遠くからでも見ることが出来た。
「このまま、艦隊が全滅してくれれば、われら旅団の勝利だが・・・・」
僕はそう言いつつ、メソポタミア戦線へと向かって行った。
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僕と絶姫が友軍と合流するはずのところに、メソポタミア方面軍はいなかった。
「父上、ここにメソポタミア方面軍が布陣していると?」
僕は、目の前の旅団陣地の姿に呆然とした。
「いや、彼らは潰走した後だ」
「潰走?」
ヘキサグラムからなるアラベスク模様の壁、あきらかに友軍司令部の跡。陣地を形成していた建物の廃墟。それらは無残に破壊されていた。残った尖塔の窓が、風に吹かれて音を立てる・・・・。
「潰走と言うより工作員たちの技が通じなかった。戦死者が出る前に離脱した…・。つまり、さっさと見切って離脱した。いや、恐怖に囚われて、ということかもしれない」
僕は、彼らの潰走した廃墟後に残されていた吹き颪の大剣を取り上げた。いや、大剣がいくつも捨てられていた。やはり恐怖に囚われて逃げ出したのだろう。それほど恐ろしい敵が現れたのだろう。僕は楽観的過ぎたようだった。
「メソポタミア方面軍はペルシア人傭兵を懐柔する工作はずだったのだ。だが、吹き颪の大剣を使ってまで、誰かと戦い、圧倒されたというべきなのだろう」
「父上、それはアサシンなのでは?」
「アサシン? しかし、傭兵部隊は単なる陸上部隊としてここまで来たはずなのに…。傭兵部隊にいないはずのアサシンがいたのか?」
「父上、味方は手練れの工作員たち。彼らが圧倒されたのであれば、それは国術院の師範級のアサシンがいたに違いない。それも、老練なアサシンに違いないわ」
「それは、ただ事ではないぞ、帝国の狙いは単なる軍事侵攻ではないことになる。非常に貴重なアサシンたちを拡散して用いるなど・・・・。集中して運用してこそのアサシンを、散開させて進軍させている。彼らでなければできないことを大規模にやらせている。それは何だ?」
「アサシンを展開している隠された理由・・・それはわかりません。しかし、いま大事なことはアサシンが広く展開されていて、そのアサシンに対抗しなければならないことよ」
「とりあえず、今はここに来ているアサシンを叩かなければ」
「そうね」
「彼らは霊剣操を使ったのだろう。まだ、神域となっている結界が充満している。武器もその技によって操作され吹きとばされた・・・・。転がっている剣はそのまま動かさないほうがいい。敵のアサシンに悟られる」
僕たちは、捨てられている武具はそのままにその場を離れた。ここに来たことを悟られずに、アサシンに近づくためだった。
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傭兵たちがアラビア半島傭兵たちを指導し、操っていたのは林康煕だった。
「旅団の工作員たちは、あまりにたやすいなあ。こんな奴らに杭州府の奴ら、それに鳴沢様まで警戒しているとは…」
オアシスから、追撃していく傭兵部隊を見送るのは、康煕一人。彼はいつもながら護衛を必要としなかった。近くの神邇たちが発動させている結界の中であれば、結界に繋がっている彼の感覚が彼の護衛だった。今は、彼の護衛になっているはずの警戒の心が緩み、康煕は勝利に酔っていた。
僕と絶姫も、その結界の中に気配を埋没させて動いた。この程度のことは、国術院出身の僕と絶姫には容易いことだった。さしもの康煕も、僕たちの気配に気づくことがない。僕は、ゆっくりとオアシスの木の陰から、康煕の後ろを取った。
「そうかい? おっと・・そのまま動かないこと。唇もね」
同時に絶姫が康煕の顔を覗き込むように、彼の前に立った。
「私の連れのいうことを聞いてね。林康煕先生」
「そういうお前、国術院にいた学生のはず…。アヤ?」
「林康煕!? そうか、お前だったのか。確かにお前ならやり手ではあるよな」
「この若造、お前は誰だ」
「その若い女の父だ」
「父? ほお、そうか。そのアヤを囲っているんだな」
「私を囲っている? 『パパ活』とでもいいたいわけ?」
「幼い女がそんな若い男を父と言って慕うわけだ。パパ活でないならなんだ?」
林康煕のあざ笑う声が癪に障る
「相変わらず、品のない奴だな。それなら名乗ることもない。ここで倒れろ」
「名無しの戦士。さあて、お前こそはここで終わりだ」
林康煕が剣を構え、僕は日本刀をサヤのまま後ろに引いて構えた。
「その技、どこかで見たことがある…」
「さあてね」
「その女、アヤの技ではないのか。…アヤに教わったのか?」
「何をたわけたことを」
「アヤ、お前はこの男に色々教えているようだな。技か・・なるほど房中術もだな」
僕は初めて聞く国術の名に動揺した。
「房中術? 何だそれ?」
「アヤ、あんたは知っているんだろ。パパは知らないらしいぜ。まあ、戦い方の一つだがな…」
絶姫は赤くなりながら剣を構えてもう答えなかった。会話が止まったと同時に、剣戟の響き。そして三人は霊剣操を使った。二人体一人では二人が有利なのだが、やはり 飛び交う剣は制御が効かずランダムに飛び交いはじめた。いくつかの剣が絶姫に、また僕に、そして林康煕に襲い掛かってくる。剣戟どころか、戦いさえ不可能なほど多くの剣が舞い上がっていた。
やっと剣の乱舞が終わった時、絶姫と僕は林康煕を挟撃していく。
「ほお、俺一人を相手に二人でやっと対応するんかい」
「いや、僕一人で十分さ。いや、僕一人にやらせてもらいたいね」
「女の前でいい恰好をしたいんだなあ。お前」
「そんな男なんか目じゃないわよ。私が直々に叩きのめしてあげるわ」
「へえ、アヤ、よく見りゃいい女に成長したじゃねえか。この老人を相手にしてくれるのかね」
それを聞いた絶姫は鋭い一撃、そして立て続けに打ちこんだ。その速さに康煕は顔色を変えた。康煕は低い唸り声を上げている。絶姫のいくつもの打ち込みが、したたかに打撃となったに違いない。
「お、お前、並みの国術院の学生じゃないな。かつて在学してた西姫と同じ太刀筋、いや西姫以上か…・」
その苦しそうな声に僕は油断した。その隙をとらえて、康煕は姿を消していた。彼の指揮下にあった部隊も、指揮官が敗走してしまえば、所詮は傭兵のペルシア人たちである。戦いをやめるだろう。メソポタミアの戦いは中途半端に終わった。
「房中術を使ったのか?」
「そんなもの・・・・・」
「僕にも教えてくれないかな」
絶姫は顔を赤くして僕を睨んだ。
「僕は聞いたことがないんだ。戦いの一つの術だと言っていたな」
「戦いと言っても、隠密の使う一手ではないかと…」
「それなら、僕も覚える必要がある。今までもいろいろな術を教えてもらっているが・・・・教えてくれないか」
「私が? 娘の私が教えるの?」
「ああ、うん」
絶姫は顔を真っ赤にして怒り始めた。
「そんなこと、娘が父親に教えるっていうの?」
「その口ぶりでは、房中術がどんなことなのかよく知っているんだろ?」
「そんなの・・・・。確かに私は知っているけど…・」
「じゃあ、おしえてくれよ」
「それなら説明するだけに・・するわ。普通は、夜に・・・・男女が二人だけ・・・・二人だけの夜に・・・・・その…男女は敵対している場合もあるし、互いを探り合っている場合もあるんだけど・・…情念を燃え上がらせたときに・・・・相手に働きかけ・・・相手の体に働きかける術…そのやり方・・・・あの…・」
僕はそこで手を振って、もうたくさんだというそぶりをした。それを見て絶姫はさらに真っ赤になって大声を上げた。
「あんたが教えろって言ったんでしょ!」
この口論を、僕たちはジブチの本拠に戻るまで繰り返した。
とにかく、こうして帝国の陸上戦力は全てが失われた。その知らせはジブチの陣営を狂喜させた。いくら海上戦力があったとしてももう陸の奥にあるマッカやエルサレムなどが蹂躙される恐れが無くなったと思われたからだった。ジャクランも僕も、もう帝国の力は奪い切ったと考えた。しかし、帝国の攻勢は終わらなかった。終わりだと思われた静けさは、帝国の次の段階への作業の期間にすぎなかった。




