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スパイの父、欧州からきた娘、師範の母・・家族のそれぞれ

 林正煕は、父林康煕の後を継ぎ、国術院の師範となっていた。妻である権西姫もまた、国術の優れた師範として、国術院で教鞭をとった。だが、記憶を失った西姫にとって、改築された建物が続く国術院とその周辺の町は、異郷の一つに過ぎなかった。


 国術院について、西姫は記憶を持っていなかった。それでも、いま教えている国術はまるで生まれた時から自らの体の一部のように感じられる技だった。それゆえに、違和感なく学生たちを鍛え指導していた。

「国術は、煬帝国の前身、明帝国初代皇帝の代の武術の達人、張三豊が武術全てを集大成したものです。南少林寺は、その伝統の武術を受け継ぎ、国術院として帝国の教育機関として生まれ変わったのです」

 国術院の教えには、「看」「健身」「実用」(武闘訓練)の実技と、国術の基盤哲学として思想的心性、思想的規範性、思想的解釈性の三つの座学とがあった。西姫は、それらの教えについて、教科書に書いてある言葉をそのまま学生たちに読んで聞かせていた。だが、学生たちは、国術をそれだけで理解できるものではなかった。不思議なことに、学生たちが質問してきた事項について、西姫は記憶にないはずの実技と座学の様々なことを、いとも自然に彼らに教えることもできていた。


 その中に、髪を剃った尼僧のような様相の若い女学生がいた。本名ではないがアヤと名乗るその女は、他の学生に比べて非常に秀でていた。ただ、彼女は国術ばかりでなく、国術の中でも西姫やその家族に限られた秘術であるはずの『霊剣操』についても、なぜか鋭く質問を繰り返し、その要となる知識に触れようとするのだった。

 ある日、西姫は文と名乗るその女子学生に呼び止められ、質問をぶつけられた。

「国術はわかりました。でも、師よ。操とは何ですか。操の本質を知りたいのですが」

「あなたは『操』と言いましたね。それは、国術の中でもごくごく限られた数名しか体得できないものですよ。あなたはどこでそれを知ったのですか。そして、あなたがそれを知ってどうするのですか?」

 西姫は訝し気にそのように質問に応じた。

「そうですね。私がその質問に答えてしまうと、私はおそらくここに居られないことになると思うのです。それほど隠されたことなのではないですか?」

「そこまで覚悟しているなら、答えてあげましょう。その前に、あなたは誰なのですか」

「私は、母親を知りません。母親にはある武芸に秀でたところがあると聞き、この地まで母親を探しに来たのです」

「あなたの母上はどんな方なのですか」

「父を裏切って別の男へ走ったことは覚えています」

 その言葉に、西姫はなぜか心がずきりと痛んだ。ベールに隠されて思い出せない過去に、何かあったのだろうかと、西姫は考え込んでいた。だが、記憶を操作された西姫に、思い出せるはずもなかった。

 西姫は、目の前の若い女子学生に当惑と渦巻く謎の激情を感じたこともあって、なぜか質問に答えてやることにした。

「霊剣操は、操たる者とされた数人が持ちうる技ですが、それが発揮できるのは、広範な渦動結界を形成する太極あってのものです。太極は帝国の基たる存在から制御を受けて、渦動結界を生じせしめる機能を持ちます。また、周囲にそのような結界が生じていればその結界をさらに増幅させる機能を持ちます」

 この言葉は、太極の一つの側面のみを説明するだけであるが、そこまで語って西姫は相手の反応を見た。

「それはごくごく限られた側面を説明しているだけではないですか。結局、霊剣操とは何ですか」

 やはり、このような質問がきた。この女子学生は、一つの側面を説明するだけで済ましてくれそうにはなかった。

「一言では説明できません。あなたには不十分でしょうが・・・・・」

 そう答えるのが精いっぱいだった。だが、その娘はまるでまだ完全には解明されていないはずの魔結晶工学と言えるものを、完全に理解しているかのような質問をしてきた。

「いえ、そうでもないと思います。それは結界に同調できる共振構造を持つ魔石、ガーネットを基にした魔結晶ということではないですか?」

 西姫はこのような答えを聞いたことがなかった。しかし、彼女は今それを理解した。そして、昔から理解しているかのように感じられた。

「そ、そうですね………その通りです」

 西姫は戸惑いながらも、答えることのできた娘を見つめた。娘は何かを期待するかのように指導者である西姫を見つめている。だが、西姫は彼女の目を見知っているように感じられたものの、彼女のことを思い出すことが出来なかった。


 次の日から、その若い娘は姿を消した。若い娘アヤ、すなわち絶姫は、その日までに太極の秘密を国術院の様々な講義、論文、研究報告などから様々に論理的推測をすませていた。彼女にとって既に国術院の講義は児戯にすぎず、あとは師範である西姫に色々な意味で確認的な問いかけをすれば十分だったのである。そして、この日までに絶姫は、師範である西姫、実の母親からその本質を確かめることができていた。また、目の前の母が記憶操作をされ、夫である僕と娘の絶姫の記憶をすべて消されており、いまは林正煕が夫として共に生活している現実も、把握していた。


・・・・・・


 煬帝国の首都である杭州府は、帝国政府元老院議会が開催されていた。もとより、帝国の七つの領域から元老院議員が参集されるのだが、ここへきて新しい動きがあった。皇帝を操る鳴沢は摂政官となって、従来とは異なって前面に出て帝国をすべて制御し始めている。それは、帝国の動員体制を確立する為のものだった。

 その帝国の動きを敏感に察知した旅団は、欧州にて魔石の安定化と不安定化を制御する魔結晶工学を学んだ絶姫を、技術スパイとして杭州府に潜入させたのだった。絶姫がつかんだのは、帝国の新たな陸上戦力としての動員戦略だった。それは国術院で養成中の学院生を含めたすべてのアサシンたちに対して、太極を橄欖石の中で安定化させたうえで魔石として嵌め込んだ金剛腕盾(バックラー)を与え、太極を得させることで全てが霊剣操の使い手となるように育てることだった。

 もちろん、帝国の動き、いや鳴沢の動きを探ろうと考えた僕も、別途杭州府に潜入していた。僕が把握しようとした事項はは、絶姫の把握しようとした魔結晶工学ではなく、戦力の増強の内容だった。戦力増強について、帝国の鳴沢やそのほかの要人たちが何を考え、何をしようとしているのか、特に絶対的に不足する陸上戦力を補う艦隊戦力の大幅な増強の内容であり、それによって旅団側が有効な対抗戦略を立てるためだった。


 僕の定宿は、杭州府にある悶焼飯店という小さな飯店だった。毎晩、燻製のような料理と老酒が僕のその日の終わりをいやしてくれる。それを楽しみにして、今日もふらふらと街をさまようふりをして杭州府の街をめぐっていた。もちろん、鳴沢の渦動結界が広がっているので、行動は慎重にならざるを得なかった。だが、それだけではない理由で、僕は慎重に行動していた。

 杭州府は、ひときわ渦動結界の感じられるところだった。街中に点在する霊廟には神邇ジニ達が配置され、帝国全域に及ぶ結界に重なるように濃い神域が伴っているものが感じられた。それでも、大きく目立つのは鳴沢の存在を感じさせる渦動結界だった。それによって鳴沢の存在を感じつつ、僕は自分の存在を悟らせないように慎重に動いていた。もちろん、この街中で霊剣操を使えば、たちどころに僕の存在は知られてしまうに違いなかった。

 

 ようやく近づけたのは、杭州府行政区画の端部だった。

「今夜ここから潜入しよう」

 警備は厚いのだが、薄い結界ゆえに鳴沢やアサシンたちに気づかれる心配はないと考えられた。夕刻になって悶焼飯店に戻った僕は、潜入用の装備を身に着け、夜の暗闇に身を没した。昼間に目星をつけた行政区画から侵入し、軍需部門のデータ蓄積部にたどり着く。そこで探すのは、今後帝国がどのような戦略によって動き、どのような新兵器を開発するのかという情報。それは、今後の戦いの趨勢を決するものに違いなかった。

 暗闇の中で、僕は会議録の保管庫にアクセスした。だが、めぼしいものはない。それもそのはずで、このころの帝国では艦隊を増強することが決まった程度であり、鳴沢自身が不十分な情報の中で今後の戦略を立てあぐね、あがいている段階だったからだ。だが、彼ら自身も工作員を罠にはめて旅団側の情報をつかもうとする動きは取っていた。


 様々なことが分かったのは、僕が別の情報を求めて深夜の杭州府行政機関内をさらに奥へ進んだ時だった。

 突然響いたのは鳴沢と西姫の声だった。

「師よ、艦隊はあと1年ほどで二個艦隊ほどを編成できると見込めます。ただ、先のエルサレムでの損失が響き、陸上戦力は絶対的に不足しています」

「艦隊戦力はどのような構成とするのだ? 陸上部隊は不足したままでは旅団攻略など無理だぞ」

「ペルシア人を傭兵とすれば…・」

「だが、彼ら自身も啓典の民だ。傭兵となるやつらはいるのか?」

「今の帝国の版図において、十分な人材はペルシアにしかありません。彼らをうまく使うのです」


 このやり取りで、帝国の将来の戦略は見えたと思った。その時、鳴沢と西姫は同時に僕の気配に気づいたように声を上げた。

「誰だ?」

 僕にとっては先ほどの会話を聞けただけでもう十分だった。だが、これは罠だったのかもしれない。一斉に追手がついて僕は追い立てられた。

 夜中の街中に脱出した僕は、ひたすらに街の路地裏を逃げ回った。後ろから聞こえるのは確かに西姫の声なのだが、この距離であれば僕のことが分かるはず。しかしそれにしては厳しい追い立ての声だった。

「待て、このスパイめ」

 その声に思わず西姫に振り向いた僕を、西姫は躊躇なく睨みつけている。まるで「お前なんか知らない奴だ」と言わんばかりの鋭い目つき。それに気づいた僕は、逃げ続けるしかなかった。


「こちらへ。逃がしてあげますよ」

 声をかけてきたのは黒装束の若い女。あとをついていくと、いつの間にか無事に街中の屋上に出ることができた。ただ気になったのは、黒装束の下の姿態。黒装束の下は髪を剃り上げた丸坊主なのだが・・・・女だてらに手練れの武道家なのだろうか。他方、僕は身だしなみに気を付けていないために長髪で髭面。対照的だった。

「あなた、帝国にスパイしに来たのね。旅団の工作員なの?。私は工作員じゃないけど、工作員よりは強いわ。いいわ。あなたを守ってあげる」

「『守ってあげる』? 僕だって単なる工作員ではないんだけどね」

「へえ、えらそうね」

「僕は一匹狼なんでね。そういうあんたは旅団の工作員より強そうだね」

「へえ、旅団の工作員の強さを知っているのかしらね」

「そうさ、味方だからな。帝国の敵なら味方以外ありえないからね。でも、あんたも一匹狼なんだろうな」

 目の前の若い女は旅団の手先なのだろうが、工作員ではないらしい。僕としては、正体不明の相手に対しては搦め手で正体を探るしかない。若い女であるからして口説くのも一つの手だろう。

「なあ、一匹オオカミの雌狼さんよ。少し相手をしてくれるかな」

「なにかしら?、私があんたを相手にするっていうの?」

「あれ、相手にしてくれないなら、なんでこんなに会話に付き合ってくれるのかな」

「あんたが帝国のアサシンたちに仕留められないように安全な所まで連れていくためよ」

「見くびられたものだね。僕だってアサシンの扱いは慣れているさ」

「その慣れている男が、私に助けてもらっているわけ?」

「そうだね。フフ、それなら助けられついでに、互いに少し情報交換をしないかい」

「ええ、いいわよ」

「ついでに、情を交わすのもいいかもね」

「へえ、私を口説くの?」

「いい女は口説かないと失礼だからね。それにそちらが応じてくれるということは据え膳なのだろう。じゃあ、据え膳食わぬは男の恥ともいうしね」

「フフ、いやらしい男ね」

 若い女はそう言ったが、まんざらでもないらしい。とりあえず、互いに互いの間合いを図りながら、僕は彼女を自分の本拠地まで招いた。


「へえ、ここがあんたの隠れ家ね…・」

「ああ、ゆっくりしてくれ」

 悶焼飯店は小さいとはいえ、客室はそれなりの豪華なつくりだ。サニタリーもしっかり作りこまれている。僕は女にシャワー室を勧めた。

「ええ、ありがとう。遠慮なく使わせてもらうわ」

 そう言ってシャワー室に入っていく彼女。そして、彼女はドアを半開にしながらシャワーの音を響かせている。誘っているのか・・・・。髪を完全に沿ったなまめかしい後ろ姿。その首筋から豊かな体へと、シャワーの湯が流れていく。だが、その中の女の首筋を見た時、僕は外へ戻らざるを得なかった。

「あ、あのロザリオは、・・・僕が娘に送ったものだ・・・・・ま、まさか絶姫なのか?」

 僕は一気に酔いがさめた。以前もこのようなことがあった。その記憶を思い出し、凍り付いたように椅子に座り込んだまま冷や汗を流し始めた。


 しばらくたつと、シャワー室から女が出てきた。

「へえ、案外意気地なしね。襲ってくるかと思ったのに」

「だ、誰が襲うかよ」

 女は、蒼白になっている僕の顔を見て嘲るように詰った。

「私の入浴をのぞき見したんでしょ。それで蒼い顔をして。私が怖いのね。それともこれから私と一緒に過ごすのが怖くなったのかしら…。冷や汗まで流しているわ…・だから意気地なしと言ったのよ」

「意気地なしかもしれんね。だが、意気地なしになる理由がある。それは、あんたの名前を僕は知っているかもしれない、ということだよ」

 女はまだ嘲笑し続けている。

「へえ、私の名前を知っているの?」

「多分な・・・・絶姫?」

「え、なぜその名を知っているの?」

 絶姫は今になって慌てた顔をした。

「その首の…・ロザリオ・・・・」

「え、見えないように下げているのに…シャワー室の私のどこを見たの? そう・・・・それで襲わずに出てきたわけ? ロザリオを見て、やめたわけ? へえ、敬虔なのね」

「ち、違う。僕はこれ程に罪深い男だということは今、わかった。でも、そういうお前も罪深い娘だ…」

「私に向かって『お前』?」

「まだわからないのか?」

「ま、まさか・・・・」

「お前は、宇喜田・・・絶姫だろ? そう、僕は宇喜田秀明だ」

「げ、父上・・・・」

「なんて娘だ、父親を誘惑するなんて…・」

「それはこちらのセリフよ! あんた・・・・父上なの? 父上が実の娘を口説くなんて。それもこれで二度目・・・・」

「なんて娘だ。ひどい娘だ」

「ひどいのは父上、父上よ」

 僕と絶姫は、互いをまじまじと見つめ、ようやく互いを確認できた。髪をすっかり剃り上げた娘と、長髪髭面の父親のにらみ合い。笑えなかった。だが、ここで必要なことは、やはり互いに持っている情報の交換と分析なのだろう。今に至ってこれが思ったより難しいことだった。


「お前、今までどこで何を調べて来たんだ?」

「何を、いまさら父親ぶっているのよ」

「神殿の丘から、お前はジャクランとともに去っていった。そして、今まで…どうしていたのだ・・・・」

「私は、あの後、ジャクラン師の指示で、欧州のトランシルバニアへ魔石生産技術を、スコットランドに魔石の理論を学びに行っていたの…。それは天啓の導きよ。ボスポラス海峡の先、トランシルバニア…、そして、さらに海を渡った島の北の果てにあるスコットランド。欧州はまだ帝国が手を伸ばしていない土地、ジャクランだけが知っていた土地。私たち帝国周辺の民たちから見ると、入り込んではいけないと恐れられた禁断の土地へね。でもそこは、禁断の地ではなくて…・啓典の民たちの地には違いないんだけど、私たちとは違って・・・・啓典の原典に言う自由を強調しているのよ。「啓典の真の姿・自由空間」と彼らが呼ぶ環境は、帝国の作り上げた太極が不安定化して自壊する仕掛けを欧州全体に有しているのよ。・・・・彼らは既に魔石をその学問の一つに仕上げていたわ。魔結晶工学…原子レベル変換工学とでもいうのかしらね。魔石の構造がガーネットの結晶構造に関連することも......」

「なんだ、その呪文のような説明は? ちんぷんかんぷんだぞ」

「わかりやすく言うと、帝国は、太極の一部の結晶構造を変換することによって太極を橄欖石の中で安定化させて携帯可能魔石とする技術を確立しつつあるわ。それを携帯すれば、アサシンであれば誰でも霊剣操の使い手になれるわ・・・・。でも、欧州ではそんな魔結晶工学の知識も、帝国がその知識を手にしつつあることも予見していて、欧州全土に太極の安定化をする橄欖石を不安定化させて、太極を自壊させる秘密の物質を展開させているの。そうすると、太極を携帯したアサシンたちが広く展開したとしても、結界は狭いところにしか展開できないし、場合によっては消えてしまうらしいのよ。そう、欧州の彼らの学問は私たち旅団が太極を積極的に打撃するのとは、とても異質な不思議な学問だったわ」

「そんな恐ろしいところへ行ってきたのか?、ジャクランの指示だといったな。確かに、ジャクランは僕たち帝国周辺の人間とは違っていたが・・・・」

「そう、彼は、そんな欧州の地から派遣されて来た人間だったのね。彼の知識と経験に基づいて、私はさっき説明したことを、学んでくることができたのよ」

「帝国にとって、また僕たちにとっては、訳のわからないことを追求している欧州は禁断の地だった。帝国の教育では、ボスポラス海峡の先に入ってはならないと教えられていたからなあ」

「父上は、帝国の東瀛で教育を受けていたものね。でも私はそんな恐れを持っていなかったわ。だからジャクランは素直に学べる私を行かせたのよ」

「帝国は、今のところは欧州に手を出さない。現実の聖杯城が欧州にではなくアラビア近辺にあるとにらんでいるためだ。ただ、・・まだ、彼らは我々の本拠地を絞り切れていない。それでも物量作戦で各地をしらみつぶしに調べるに違いない。その時、ユーフラテスから先のアラビアやパレスチナの地で再び我々と衝突するに違いない。しかし、旅団は物量に勝る帝国に勝ち目はない。各地に展開したままではなく、戦力を集中させなければならない」

「・・・問題は場所ね」

「そう、帝国がどこを狙うか、だ。もちろん、物量に勝る帝国のことだから、各所を一斉に襲うかもしれない。それならば各個撃破で対処できる。だが帝国はそうはしないだろう。彼らも戦力を集中させて来襲するに違いない。その際に、どこを狙うかが問題だ」

「精神的な打撃を狙い、マッカ、メディナ、そしてエルサレムを圧倒していくに違いないわ」

「それならば、工作員と陸上部隊をうまく集中配置しなければいけないね」

 

 その会話の最中だった。外の様子がおかしい。僕たちはつけられていたに違いない。そして僕たち二人をそろって襲撃する動きが始まっていた。武装警察の林康煕。国術院から派遣された林正煕とそして、正煕の妻西姫とが周囲に展開していた。


「今はここを、帝国を脱出することを考えましょ」

「そ、そうだな」

 二人は合図とともに外に飛び出た。それを待っていたかのように武装警察隊と林康煕、そして林正煕とその妻がいた。

「林康煕・・・・」

 僕は正面の林正熙を睨んで叫んだ。しかし、呼びかけを受けたはずの男はその横の歳上の禿頭を見た。

「父上、明らかに私を父上と間違えています」

 これは予め思い出しておくべきことだった。僕の時の感覚は、二十年ほど遅れているはずだ。

「そうらしいね。お前、若い時の宇喜多秀明に似ているな。お前は秀明の子供か?」

 彼らは、僕より驚いている。これは何かに使える。だが、その横の女、林正熙の妻に、僕と絶姫はさらに驚いた。

「西姫!」

 西姫はいぶかしげな顔をした。

「確かに私は西姫よ。でも、あんたは誰。どこの男だい。私はあんたなんか知らないよ」

 僕にとって、それはショックな言葉だった。

「やっぱりね、記憶を操作されているのね」

 絶姫のその指摘に僕は驚いた。そして、西姫の次の言葉にも驚いた。

「そこの娘、いやあんたのことは知っているよ」

 絶姫はその言葉に驚いた。

「私のことを覚えていてくれたの?」

 だが、絶姫の喜びの声は、次の言葉で否定された。

「あんた、私の講義に出席していたじゃないの。そういえば、急に出席しなくなったわね。あんた、国術院の学生じゃなかったの?」

「そうね、国術院の学生ですよ。でも、もう国術院にいる必要がなくなったの。必要な知識は得られたからね」

「そうなの? 本当はあなた、帝国の人間じゃないわね」

「そうですね。私のことを知っていらっしゃるの?」

「そう、あなたのことは知っているわ。旅団の工作員ね」

「いいえ、それは不十分な答えなのですが…・」

 絶姫はため息をついた。その反応に西姫は怒りを発した。

「そんなのどうでもいいわ。あんたたちは帝国の敵。ここで返すわけにいかない」

 西姫はそういうと、僕たちに殺到してきた。ほかの者たちも一斉に襲い掛かってくる。そのタイミングを見越して、絶姫は閃光弾と発煙筒を投じた。その直後、絶姫は僕の腕を強く握ったまま、まるで下調べをしていたかのようにためらいなく細い路地を走りつつ、僕を街の外へ一気に連れ出した。

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