渦動結界没滅
「入れてくれないなら、別の入り方をするまでさ」
「聖煕、検問所や警備兵たちをどうするつもりだ?」
「俺たちだけが知っていることを彼らに示せば、俺たちがここの支配者であることを彼らも信じるだろう」
「聖煕、それなら、検問所の彼らの目の前で大剣を霊剣操に乗せて動かせばいいでしょ。時間をくれれば私が結界を展開してみせるから」
検問所の警備兵たちは、聖煕とハルマンがまた目の前に現れたのを見て、呆れるやら警戒するやらという顔をしながら、睨みつけていた。
「お前たち、俺たちの顔を忘れたわけでないだろ。それにもかかわらず、俺たちを拒んだ。どんな言葉で騙されたんだ?」
聖煕がそう言っている間に、ハルマンは検問所の周りに狭い結界を展開し始めた。
「さあ、これがいつも私の展開している結界よ。私はねえ、そこらの神邇とは違うのよ。結界展開領域を制御できるのよ」
「それで、俺が霊剣操を操すると、大剣が中を走り始めるぜ。さあ、これで俺たちが本物であることを確認できたよな」
警備兵たちは急いで警備司令を呼び出した。警備司令は慌てた様子で聖煕たちの前に出て、大げさなジェスチャーを混ぜながら謝り始めた。
「も、申し訳ありませんでした」
「わかった。陳謝を受け入れよう。それで、お前らが入場を許可した…・あいつらは誰なんだ?」
「え、あ、あの方たちは、杭州府からいらっしゃったアサシンアヤ様とその御付きの下男です」
「アサシン・アヤ? 下男?」
聖煕とハルマンは顔を見合わせた。
「どんなやつらなの?」
「それはどうでもいい。怪しいやつらがアサシンを名乗ってここを占領していることが問題だ」
「今、そのアサシンとやらは、どこにいるの?」
「全員、戦闘準備。これは訓練ではないぞ。さあ、怪しいやつらを捕まえろ、もしくは抹殺する必要もあるぞ」
僕は、検問所での怒号に気づいて、アサシンの居室に駆け込んだ。
「検問に帝国アサシンが来ているぞ。そして、あの怪物は神邇ハルマンだ」
「わかったわ」
僕はトーブの姿を済ませると、そのまま部屋を飛び出し、囚われ人たちや少年少女たちの許へ走った。これから始まる戦闘と混乱に乗じて彼らを解放するためだった。タエはヒジャブを翻し、検問所へと降りていく。これから僕らは命がけで急ぐ必要がありそうだった。
「あ、お前、ジブチでの女」
鉢合わせをしたハルマンの怒号が聞こえた。聖煕から少し離れた隠れた空間にハルマンが隠れているに違いない。大剣を構えた聖煕と、居室にあった大剣を構えたタエ。二人の間に緊張と殺気が漲りつつあった。そのうちに霊剣操による戦いが始まる。
僕は、囚われ人たちに声をかけた。
「帝国のアサシンたちが戻ってきた。ここから結界断層を突破する」
「僕たちをどうするんですか?」
「君たちを、だけではない。あの結界断層の中の仲間たちを、だ」
「でも、僕たちにはあの結界断層の中に入れません」
「あの渦動結界の渦動を別の渦動で一部無効化、破壊する」
「検問所でアサシン同士の戦いが始まっています」
検問所での戦いの様子を見て帰って来た少年が、息せき切って大声で叫んだ。それを聞いて、年長者の少年が驚いたように声を上げた。
「アサシン同士?」
「ええ、二人とも同じ言葉を使っています」
「そうだろうな」
僕は彼らの興奮を沈めるように、静かに指摘した。
「そのうち、君たちが世話したアサシンがここに来る。その時がチャンス。みんな準備しろ」
林聖煕の霊剣操とタエの霊剣操が両方詠じられている。その不協和音が姉タエの剣と弟聖煕の大剣の飛翔を乱し、持ち主たちの意図とは別に、外郭の城壁に突き刺さったまま動かなくなった。
「俺の大剣が・・・・。お前・・・、女アサシン、何者か?」
聖煕ばかりでなくハルマンまでが、呆然としてタエの前に姿を現した。それを見たタエは、霊刀操の空剣を発動し、聖煕や警備兵たち全員を吹き飛ばした。間髪を入れずにハルマンを拘束し、僕と少年少女たちのところへ引っ立てて来た。
「さあ、あんたならこの渦動と反対のベクトルで渦動を起こせるわよね。そう、この部分だけね」
「へえ、私がそんなことをすると、どうして考えたのかしら?」
「あんたの昔の男をここに呼び出してあげるわ」
「え?」
戸惑うハルマンの顔を見ながら、タエは大声で名前を呼んだ。
「オンゼナ!」
しばらくすると、オンゼナが、砂漠の嵐を思わす東風とともに現れた。
「しばらくだな。ハルマン。絶姫、よく俺を呼び出せたな」
「あんたはかつて私が幼い時に私に唾を付けたわよね。そして、60年前にも私に唾を付けたでしょ。だから私たちの前に姿を現すことができたのよ。論理的な結論よ」
「へえ、頭がいいんだねえ」
「いいえ、あんたのしつこさを覚えているだけよ。だから、ハルマンを前にすれば、あんたは必ず現れる。そう考えていたわ」
「お見事だ。さて、なぜ俺をここへ呼んでくれたんだ?」
「ハルマンに、この目の前の渦動結界と逆のベクトルの渦動を発動させてくれないかしら」
「なるほど、わかった。簡単ではないが、彼女にそうさせてみるよ」
オンゼナはハルマンを見つめ、ハルマンは何やら操られるように返事をした。
「わ、わかったわよ」
しかし、ハルマンの起こした反対ベクトルの渦動結界はあまりに弱く、結界断層を薄くすることができただけだった。
「ハルマン、あんた、全力を出しているのかよ?」
タエは、ハルマンの実力を知っているゆえに、彼女の結界の強さを疑っていた。
「ハルマン、お前は全力を出すんだよ。絶姫、少し待ってくれ」
ハルマンは驚いて僕たちを見つめた。
「そう、私ね、西姫の娘、絶姫よ」
「た、絶姫・・・・・」
ハルマンの驚愕の目をオンゼナが捕らえ、命じた。
「汝のなせる技を示せ。最大に、最大限に」
催眠とは違う魅惑・魅了の技と言うべきもの。オンゼナの最も得意とする色技だった。それによってハルマンは当初の数倍の渦動を起こした。それと同時にタエの空剣が全ての渦動を吹き飛ばす。それはちょうど六星老人がタエに説明したとおりのことだった。
「霊剣操といわれるものの対極の言葉。それは霊刀操。それは時を止め、渦動を粉砕する」
結界断層が消えると、そこに少年の一人が入り込む。中から大勢の旅団の顔なじみたちが出てきた。籠城の戦士達、アムハラの民やオモロ達。アムハラの残りの者たち。彼らは残りの民の一部だった。そして、残りの民となって残っていた啓典の民たち、アラビア、ペルシア、エチオピア、ユダヤ、ギリシャ、トルコ、スラビア系、ラテン系、ゲルマン系、そして、ケルト・・・。
そして、ジャクランも担架に乗せられて出てきた。彼は生きていた。
オンゼナは出てきた旅団のメンバーを見て、驚いた。
「滅びたわけではなかったのか。驚いた…俺を守護に導いた彼から聞いた言葉、『エッサイの根』と同じだ・・・」
「さあ、脱出しましょう」
僕を先頭に、皆は闇夜にまぎれて城跡を脱出した。
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夜中のトランシルバニア・ブラン城。怒号が響き渡る。
「誰が突破したのか? あれほど念入りに封じた渦動結界を。しかし、どんなやり方をしたのか? クァレーンを呼べ」
鳴沢の怒号とともに、ブラン城の地下からソプラノ声が響き渡る。
「師匠、鳴沢様。師匠の渦動結界が一部欠けましたね。しかし、誰が・・・・」」
「今の私の結界は、単に吹颪の大剣によって渦動を粉砕しようとしても、渦動は崩れない。また、反対ベクトルの渦動を衝突させたくらいでは消えないはずだ」
「師匠、その両方を用いた場合はいかがでしょうか」
「確かにそれら二つが揃えば・・・・」
「それはよい。しかし、どうやれば、その二つが用いられるというのか。反対渦動と渦動粉砕の息吹
が同時に使われることがありうるだろうか」
「可能性はあると考えます」
「どのような可能性があるというのだ。私の渦動結界と反対のベクトルの渦動をぶつけるということだが…それは渦動である限り、神邇の技。私の眷属であるはずの神邇に帝国の敵は存在しない」
「そして、渦動粉砕の息吹は、つまり吹き颪の大剣を使った技、つまり60年前の旅団の工作員渦動没滅師の技です。私の生まれる前に、その技を持つ者たちは師匠によって根絶されているはずですね。それは師匠が私に教えてくださったことです。つまり、その二つともないはずですね」
「そうだ。私自身がそれを確認できる」
「しかしながら、師匠。それが二つとも起きたということは、その二つの原因となる者たちが再び現れたということになりますね」
「やはりそうか。お前もそう考えるか」
「それが論理的な結論であると考えます」
「だが、誰だ…・・」
「それは、何とも言えません」
「私の、総督の私の知らないところで・・・・」
鳴沢は龍の姿をクァレーンの前にさらし、怒りを発した。
「それならば、一番と二番の神邇を派遣して、その一帯をもう一度封じてくれよう。クァレーン、お前がその二人を選定せよ」
「わかりました」




